第105話

 決戦後のカズヒコ軍は潰走していった。

 大将であるカズヒコの死亡も伝わり、それに呼応するように各ダンジョン都市は冒険者軍に白旗をあげる。そんな中、先にジャッカスを殺して裏切った都市も、リーズレットに使者を送ってきたし、ヒュミナを人質に取っていたグリーヴズもヒュミナの身柄を手土産に代表者が現れた。


 縄で縛られたヒュミナが連れてこられたところに待つテオドール。

 そんなテオドールを見て、ヒュミナは膝をついたまま憎悪混じりに視線を投げてくる。


「やはりあなたが……最初から裏切って……!」

「否定はしないよ。最初からカズヒコを殺すつもりで近づいたんだ。アシュレイも同じだ」


 ヒュミナが目を見開く。そして悲しげに笑った。


「……打ち明けてくれていたら」

「裏切ったか? 俺はそうは思わない。お前はきっと自分の身かわいさにアシュレイを裏切ってただろうさ」

「なにを根拠に」

「カズヒコ様を裏切ったのはあんただからだよ。あんたは奴隷としてカズヒコ様に忠愛を誓う契約を結んでいた。それを裏切り、アシュレイに懸想した。あんたがカズヒコ様を愛して無くとも、契約に対する裏切りだ。裏切る奴は何度も裏切る。裏切らない奴は一度も裏切らない。そういうもんだよ」


 ヒュミナは眉間に深い皺を作りながらテオドールを睨む。そして、うなだれた。


「……アシュレイは無事なんですか?」

「ああ、無事だ。彼がカズヒコ様の首を取った。英雄だよ」

「……そうですか。やはり、アシュレイは私を救ってくれたのですね」

「そう思いたいならそう思えばいいさ。で、リーズレット様、彼女の処遇はどうなさりますか?」


 人前ということもあってテオドールは敬語でリーズレットに尋ねた。


「ヒュミナと言ったわね? あなたがカズヒコの参謀として辣腕を振るっていたという報告に嘘は無い?」

「……ええ、本当です。あの方の望みに応えなければ、私に未来は無かった」

「自分の未来のために、多くの者を戦に巻き込んだという自覚はあるかしら?」

「……私は、ただ幸せになりたかっただけです。そんな権利も奴隷には無いのですか?」

「権利の話は法の話よ。法の話で言うなら、奴隷には奴隷としての権利しか無いわ。ただ、個人的に誰もが幸福を望む自由はある。でも、あなたは方法が正しくなかったわね」

「……正しければ、幸せになれるんですか?」

「さあ、それは私にはわかりかねるわ。私だって、戦を指揮したわけだし、完全に正しいわけではないもの」

「だったら、私はどうしたらよかったんですか!?」

「勝てばよかったのよ」


 しれっと残酷なことを言っていた。でも、こういう考えが西部の風潮だ。


「あなたは負けたから、悪だし、負けたから間違ったの。勝っていたら、立場は逆転していたでしょうね。その時は、あなたたちが正義で、あなたたちの選択が正しかったことになる」

「そんなの、屁理屈ですよ……」

「でも、真実よ」


 そう言ってリーズレットは床几から立ち上がり、ヒュミナに近づいていく。敵に大将が近づくのは危険なのでテオドールは咎めようとしたが、リーズレットに手で制された。

 そのままリーズレットはヒュミナに近づき、腰間から剣を抜く。


「なにか言い残すことはあるかしら? ヒュミナ」


 ヒュミナはテオドールを睨んだが、何も言わずに苦笑を浮かべ、うなだれた。


「そこのバケモノに呪いの言葉でも投げようかと思いましたが、どうせ気にもしないでしょう」


 そう言ってから、深い息を吐いた。


「何も悔いはありません」

「わかったわ」


 リーズレットが剣を振りかぶり、勢いよく振り下ろす。


「っ!」


 ヒュミナが目を閉じ、息をのむ。だが、首に触れるか触れないかのところでピタリと刃が止まっていた。


「今、私はヒュミナという女奴隷を斬りました。あなたは、もうその名前を捨てなさい」


 ヒュミナが目を見開きながら顔をあげる。リーズレットは剣を持ったままヒュミナの前に膝をついた。


「同じ女として、あなたの成してきたこと、あなたの戦いには敬意を表します。あなたほどの人物を、こんなくだらない戦いで露と散らすのは実に惜しいわ」

「な……にを……」

「あなたは自由よ。好きに生きなさい。できれば、私の元で働いてほしいけど、テオとの確執もあるし、無理は言いません」


 そう言ってからリーズレットは剣でヒュミナの縄を斬った。解放されたヒュミナは惚けたようにリーズレットを見ている。そんなヒュミナにリーズレットはニコリと微笑んだ。


「よく一人で戦ってきたわね。あなたは偉いわ」


 ヒュミナの両目から涙がこぼれた。そのまま嗚咽を漏らしながら、ヒュミナは崩れ落ちる。


(落ちたな……)


 とテオドールは思った。緊張と緩和。自分のほうが強者だと示しつつも、自尊心をくすぐる手法には圧巻される。ヒュミナのヘイトは全てテオドールに向いているが、リーズレットには向いていないというのが大きい。


(さすがはフレドリクの娘なだけある……なんだろう? 覚醒させちゃいけない人を覚醒させちゃったかもしれん……)


 もともと政治家としての才はあったが、この数ヶ月でより高みに至っている気がした。


(まあ、ヒュミナもリーズレットの新しい家臣になるだろうな。武はヒルデで知はヒュミナか……おっかねぇなぁ……)


 リーズレットとは対照的に二人に恨まれている自分はなんなんだろう? と思ったが、深くは考えないようにするテオドールだった。







※この作品と同じ世界観の新作『転生してきた勇者の悪霊が俺に憑りついて最強にするとか言ってくるんですが、俺は強くなりたくない ~勇者による大魔王育成計画~』を始めました。

合わせてお読みください。

https://kakuyomu.jp/works/16817330651286526061

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