第102話

 意味がわからなかった。


(どうしてこうなった!?)


 魔術で封印された時はキモを冷やしたが、魔力が弾かれるのに気づいて、暴れていたら穴が空いた。その瞬間、テオドールの心臓を貫いてやった。


 勝ったと思った。


 ヒルデに蘇生されたところで、死に体だったのも理解している。撫でれば吹き飛ぶと思っていた。


(なのに――!!)


 カズヒコは既に触手での攻撃をやめていた。膨大な量の魔力を頼りにひたすら魔術を放つ。だが、それさえテオドールが手を翳せば、雲散霧消し、倍以上の威力と熱量を持つ雷の嵐に叩き込まれる。


 痛みは無い。

 だが、衝撃に動けなくなる。


 動けなくなれば、距離を詰めてきたテオドールに殴られ、殴られた部位から激痛が奔り、魔力を奪われていく。


『ありえないだろ!! 俺は神から力を借りたんだぞ!!』


 チートもチートだ。神から圧倒的な力を手に入れた自分が、どうして何もできずに追い込まれている?


『ありえないっ!!!』

「ま、そう思いたければ思っておけばいいんじゃないか?」


 呆れたような口調でテオドールはつぶやき、拳を叩きこんでくる。

 その一撃でどれだけの魔力を奪われたかわからない。自分の情報が散逸していく恐怖に視界がゆがむ。


『バケモノ……』


 圧倒的な暴力。本物の暴力。カズヒコが幼い頃に感じた暴力。

 傲慢に振る舞うためのプライドさえ、瓦解させられた。


『嫌だあぁぁぁぁぁ!!』


 気づけば、駆けだしていた。


 木をなぎ倒し、とにかく速く駆ける。逃げるには、こんな体は適してないと、蛇のような姿に変わり、ひたすらに逃げる。無数に生える足は四足獣のように走ることに特化する。


 人の足では追いつけない速度で駆けた。


(逃げるんだ! そうだ!! 一度体勢を立て直せばいい!! これは戦略撤退だ!!)


 次の瞬間、何かが光った。


『え!?』


 真横に稲光を帯びた何かがいた。いや、稲光そのもの――


『なんなんだぁぁぁぁっ!!』


 瞬間、横殴りに顔を殴られ、衝撃と痛みで意識が飛ぶ。恐怖のあまり、人の姿に収斂し、木を背中にしながら、どうにか立ち上がる。


 そんなカズヒコの前には、雷をまとうバケモノがいた。

 人の姿をしているが、稲光と肉体の境界が曖昧になっている。これでは、まるで自分と同じ肉体を捨て、魔力的な存在ではないか。


「やってみればできるもんだな」


 ぽつりと言う。


「あんたのおかげで魔力そのものを弄る術式を開発できた。まあ、別に嬉しいってわけじゃないけど」


 帯電する稲光の色が変わっていく。


「要は魔力も己の体の延長上。魔術も俺という存在の中に収斂できる。だから、あんたに直接触れなくても、この稲光は――」


 黒い稲妻がカズヒコを貫いた。

 その一撃で、魔力のほとんどを奪われる。


『あぐぁ……』


「――あんたの魔力を喰らう」


 いつの間にか黒い肉体は、元のカズヒコそのものの肉体へと戻っていった。

 ヴェーラからもらった魔力が全て消え去り、残ったのはカズヒコ本人が持っていた魂の形質だけである。


『助け……て……』


 テオドールが深いため息をついた。


「命乞いをしても無駄だと、わかってるだろ?」


 わからない。わかりたくない。こんなの、あまりに理不尽だ。


『どうしてだ……? なあ、どうして俺がこんな死に方をしなくちゃならない?』

「さあ、知らんよ。あんたの選択の結果だろ?」


『選択権なんて俺には無かった! クソみたいな家に生まれて、誰も助けてくれなくて! こっちの世界に来て、人だって助けてきた!! いいことだってたくさんしてきたっ!! なのに!! どうして俺が、こんな目に遭わないといけないんだよ!!』


「善行を積む善人が幸せになる世の中なら、世界はもう少し平和だろ? ていうか、そもそも、あんたは善人じゃない」


『お前みたいに俺は恵まれてなかった!! クソみたいな境遇に生まれたら、捻じ曲がってもしかたがないだろ!! お前らはズルい!! そうやって持ってない人間を見下す!! 俺たちが悪かったみたいに言う!! ふざけるなっ!! ズルい! ズルいぞ!!』


「……俺が恵まれてる?」


 へッと鼻で笑われた。


『そうだろ!! 頭もいい。アホみたいに強い! 誰からも好かれて! 気づかば周りに人が集まってる!! なんでだ!? どうして、俺にはそういうことができない!?』

「……あんたの人生の責任は、あんたが自分で持つべきだろ?」


 心底呆れたようなため息をつかれた。


『俺は誰からも愛されなかった!! 親にも虐待された! 愛した人にも逃げられた!! お前という仲間にも裏切られた!!』


「それで? 自分がかわいそうだとでも?」


『そう思って何が悪い!?』


「……俺の実母は幼い頃に死んだし、実父は俺に興味が無かった。継母は俺を何度も殺そうとしたし、家臣だってそうだ。七歳でダンジョンに放り込まれて、生き残れて初めて人間扱いだ。十歳で家督を継いで、それからはひたすら死地に放り込まれてきた。敵からも味方からも毎日命を狙われてきたな。メシに毒が混ざってることなんて日常茶飯事。努力しても領民には文句を言われるし、誰も褒めちゃくれない。そんな俺が恵まれてる? 愛されてきた? 愛されるように努力しなきゃ、殺されるんだから、愛されるように振る舞うさ。ほら、割とかわいそうな境遇じゃないか?」


 淡々と無表情に言葉をつむいでいく。


「でも、俺はあんたみたいに自分を憐れんだりはしない」


『そ、それでもお前には人がついてくるだろ!』


「そうなるように仮面をかぶらなきゃ、殺されるからな。ま、努力したって愛されないこともあるぞ。現に俺の本妻は俺がどれだけ尽くしたって、愛してくれなかった。女なんてそんなもんだろ?」


 さも当然と言いたげな口調に何か言い返したくなるのだが、言葉がみつからない。


『……黙れよ。お前に俺のなにがわかるんだ?』


「わからないし、わかる気も無い。裏切られた、傷つけられたとわめいてれば楽だよな? でも、それでなにか変わるのか? 誰か助けてくれるのか? 誰も助けちゃくれないだろ? いい歳して、自分以外の何かに期待するなよ」


 目の前の男の目には、輝きが無かった。


『お前は誰も信じてないのかよ?』


「信じる価値ある人間なんて、片手で足りる。そういう人だって、裏切られること前提で受け入れるだけだしな。ま、それ以外の人間に対して、期待する意味が無い。だから、俺は裏切られないし、傷つかない。最初から全員敵だと思ってるよ。ほんと、転生者って、どういうところ甘いよな……」


『じゃあ、俺はどうしたらよかったんだよ! 誰が俺を助けてくれたんだよ!?』


「自分だけだろ」


 興味なさげに手をかざしてくる。


「俺に救えるのは俺だけで、あんたに救えるのはあんただけだ」


 魔力がテオドールの手の平に集まってくる。


「……泣き言言いながら死ぬか、それとも自分に希望を見出すか選べ。その選択権くらいは与えてやるさ」


 その言葉にカズヒコはうなだれる。

 異世界に転生してきたところで、自分の結末はこんなもんかと思った。

 いや、違う。


 テオドールの言うとおり自分を信じて抗うしかない。

 どうせ、死ぬだろうが、それでも自分を救えるのは自分だけなのだ。


 カズヒコは天を見上げた。


『ヴェーラ神!! 俺に力をくれぇぇぇっ!!』


「最後の最期まで……」


 テオドールは小さく首を横に振った。


『どうしてだ!? どうして俺を助けてくれないんだ! 俺ならお前の期待にそえる! 俺ならぁぁ!!』


「……間違えてばかりだったな、カズヒコ様」


 黒い稲光が襲ってきた瞬間、意識が途切れた。またヴェーラが助けてくれると期待するが、体が動かない。闇は闇のままだ。


(嘘だ……俺は……ここで……死……)


 闇は闇のまま、カズヒコの意識を塗りつぶしていった。


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