第93話

 万象融解す屠殺戮の焔槍ヴェーラ・アラドヴァルで大地ごとカズヒコの魔力を吹き飛ばした。土砂が舞い上がり、土煙が目の前に広がる。それでも魔力感知サーチに引っかかった。


(やたらめったら魔術を使っても、かえってこっちの魔力を消費するか……)


 新たな槍を倉庫ボックスから取り出し、構えた。

 土煙の中にゆらぐ影。魔力の塊だったモノが実体化していく。


 黒い影のようなモノが人の形を成していた。その表皮は光を浴びると、虹色の光沢を帯びる。人の形をしているとは言うが、口は無く、三つの目があった。赤い瞳孔の眼球。腕は二本。足も二本。四肢は人の形を成しているが、指は無い。


 尽く穿ち鏖殺す天翔ける雷槍ヴェーラ・ブリューナクを投げ撃つ。帯電する槍は光となって黒い影を狙うが、突き刺さる前に左手に指が生じ、槍をつかまれた。同時に電圧と電流をあげたが、黒い影に変化は無い。


(ドラゴンでも死ぬくらいの電撃なんだが……)


 雷を使う魔術は、どうやら効果が無いらしい。


(これは相性、悪いかな……)


 テオドールの得意な魔術は雷を操る魔術だ。人の脳も心臓も微弱な電気信号によって動いている。だからこそ、電気で誤作動を起こせるし、破壊もたやすい。心臓を動かすのも止めるのも、雷を使えば造作も無いのだ。

 要するに、目の前の影の怪物には電気信号で動く臓器が無いということになる。心臓と脳が無いのかもしれない。


「あんた、カズヒコ様か?」


 三つの目がテオドールを凝視した。無かったはずの口が生じる。


『テオドォォォォォル!!』


 口の前に魔力を感知。とっさに横に跳んだら、足を熱波がかすっていった。光の濁流が地面を抉りながら放たれた。


(なんだ今の……)


 超巨大な熱光奏射ライトニングだろう。光線が通り過ぎた地面は焼けただれ、木々は燃えていた。とっさに魔力感知サーチで影の怪物を分析するも、魔力量が減って気配がない。というか、最大魔力量が多すぎて、テオドールでは計り切れないと言ったところだろう。


(魔術を使わせて魔力切れを狙う戦法も無理……)


 考えながらも影へと踏み込み、神剣を抜いた。突き出される影の手刀を斬り飛ばし、その流れのまま首を刎ね飛ばす。嫌な予感がした。地面を蹴って逃げるのでは遅い。

 咄嗟に魔術で空気を圧縮爆発させ、強引に体を後ろへと飛ばす。


 影の胴体から生じた刃が、テオドールのいたところを横薙ぎに薙いでいた。


(全身凶器ってなると、武器の技術やリーチもクソも関係ない……)


 いくらテオドールが槍術に長け、神剣が天級の技術を与えてくれるとしても、それは基本、対人間や魔物を想定した技でしかない。


 存在自体が暴力みたいな怪物を前にして、技術も兵装も無かった。


『本当に気に食わん奴だ……』


 刎ね飛ばしたはずの腹から生えてくる。一瞬だけ、カズヒコの顔に変わり、影の水面を動くように首の位置へと移動した。


『貴様だけは許さんぞ、テオドール! 苦痛という苦痛を味あわせ、殺してくれと懇願するまでいたぶっ——』


 土さえ溶かす火球操炎・改参ギガ・フレイムで影を焼く。


『話を聞けぇぇぇっ!!』


 怒声を発しながら影の腕を伸ばし、たたきつけてくるが躱す。


(雷も剣も炎もダメ。次は――)


『貴様だけじゃないぞ! 貴様の仲間もまとめ――』


 絶対氷結アブソリュート・ゼロで、足元から凍らせていく。周囲の水蒸気を凍らせ、カズヒコの体を膝まで凍らせた。


『だから、話を聞――』


 人の形をした氷像ができあがった。だが、魔力感知サーチで確認したところ、魔力が消えたわけじゃない。当然の如く、一瞬で氷が砕け散り、カズヒコは叫ぶ。


『舐めくさりやがってぇぇぇぇっ!!』


 熱光奏射・改参ギガ・ライトニングが空間を焼き飛ばす。


(なるほど、本体そのものは凍らないが周囲の空気を凍らせることで固めることはできるか……)


 とりあえず、今までのことでわかったことがある。


(物理的に破壊するのは、かなり難しい……)


 首を刎ねても死なない生き物など、もはや生き物ですら無い。ただ、テオドールは一人だけ首を飛ばされて生きていた人物を知っている。


(こいつ、先生と同じか……)


 ――ヴェーラの使徒ヴァーツヤーヤナ。


 神から愛されし存在は、その恩寵によって死を超越する。だが、同時に神からの愛を失うとあっけなくその存在は消失する。


(普通、使徒って八人しかいないはずなのにな……)


 七柱神につき一人ずつの使徒。そして王神教の使徒が一人で合計八人。

 使徒が死んだという話も聞いたことが無いし、ヴェーラ神柱において、ヴェーラ教徒以外の使徒が存在できるとは思えない。


 要するに目の前の使徒はヴェーラの使徒だということだ。

 だが、ヴァーツヤーヤナが死んだとは思えないし、あれほど神に愛された女が、その寵愛を失うとも思えなかった。


(まあ、個人的な願望だな。先生が死んで、カズヒコ様が新たな使徒になった可能性がある……)


 だとしたら、状況は最悪だ。


(使徒には勝てない……)


 使徒は神そのものと言っていい存在だ。


 その気になれば、目の前の世界そのものを書き換えることだってできる。事実、ヴァーツヤーヤナは、その手の奇跡を起こしていた。彼女が不老不死なのは、その奇跡によるものだ。


(さて、どうしたもんか……)


 考えながらカズヒコの攻撃を捌き続ける。


『ちょこまかとーーーー!!』


 振り回される腕や、放たれる魔術に当たる気はしないが、テオドールとて人間だ。いくら人より強いとはいえ、体力や魔力に限界はある。


(やりようが無いわけじゃないが……)


 手持ちの魔術で対応できる気がしなかった。となれば、新しい魔術を開発しなければならない。


 戦いながら……。


(うっへぇ……普通に無理なんだが? できるのか? そんなこと……)


 内心で辟易としつつも表情には出さず、カズヒコの攻撃をしのいで逃げる。


(ま、できなきゃ死ぬだけだな……)


 腐っても天級魔術師なのだから、できないことは無いだろう、と自分を騙し騙し信じることしかできないテオドールだった。

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