第92話
クリーヴズ軍は森を背にした平野で陣を構えていた。
もとより、こちらが攻撃してくることを読んでいるかのような準備の仕方だった。普通ならば、斥候を放ちつつ進軍させるところだが、カズヒコはとにかく進軍を急がせた。
背後から三十七階層の冒険者軍が攻めてくる可能性もあるので、急ぐのはわからなくも無い。
「軍は拙速こそ大事だからな!」
と、訳知り顔で言っていた。あながち間違いではない。
ただ、そのせいでカズヒコ軍の軍勢は縦に伸びてしまったし、平野についた第一陣は、半ば奇襲のようにクリーヴズ軍に出鼻を叩かれた。
当然、クリーヴズ軍には戦車に装甲車、迫撃砲など、カズヒコ軍が持っている兵器を装備している。
軍勢が縦に伸びたせいで、戦力の逐次投入のような形になったところを、バンバンと集中砲火だ。一度、退いて態勢を立て直すのがセオリーではあるが、そんな時間も無い。
背後からリーズレットたちの軍勢が迫っているのだ。
(バカな指揮官を持つと兵士はかわいそうだなぁ……)
カズヒコの無茶な進軍のせいで、どんどん兵士が死んでいく。一応、テオドールたちは形だけでも一度、退こうと進言したが、カズヒコは聞かなかった。
「俺がヒュミナを救うんだ!!」
日替わりで娼婦を抱いていたカズヒコは、今になって愛に目覚めた自分に酔っていた。そんな酔っ払いのせいで、兵がどんどん無駄死にしていく。一応、こちらも兵器を持っているのでやり返しはするものの。なにかと故障が相次いだり、謎の爆発を起こして使えなくなるのだ。
「なんなんだ、これは!!」
事前にテオドールがしかけた爆破用のアーティファクトが発動しているだけだ。整備しようにも構造がわからなすぎて、触れないから、基本、誰も兵器には触らないのである。
いくら異世界の超兵器でも、弱点が無いわけではないし、使いすぎれば劣化し、ガタが来る。テオドールは気付いていたが、整備を徹底すべきだ、とかは進言しなかった。
――この日のために。
「伝令!! 冒険者軍が接近してきてます!!」
半泣きの伝令兵にカズヒコが目を見開いて叫ぶ。
「なんだと!?」
リーズレットたちが追いついたらしい。まあ、当然だろう。
こちらの位置はテオドールが流しているのだから、迷う必要が無い。
「嘘を言うなっ!!」
カズヒコは叫びながら剣を抜き、伝令兵の首を飛ばす。
「カズヒコ様、なにを……」
さすがに引いた。伝令兵には、なんの罪もない。
「こいつがありえないことを言うからだ!!」
とうとう現実を拒絶しはじめたようだ。
「カズヒコ様、一度、退きましょう」
「お前まで、そんなことを言うのか!? ヒュミナはどうする!?」
「ヒュミナ様はまだ人質としての価値があります。すぐに殺されたり、乱暴されることは無いかと」
「だとしても、この状況だぞ! お前が勝てると言うからやったのに負けてるじゃないか!!」
見事に責任を転嫁しはじめた。
「申し訳ございません。全ては私の責任です」
「そうだ! お前のせいだぞ! この責任、どう取ると言うんだ!!」
「カズヒコ様、落ち着いて聞いてください。この戦は負けです」
「ありえない。俺が負けるなんて……チート持ちのこの俺が……」
怒りのままに歯噛みしていた。
「ですが、カズヒコ様さえ落ち延びれば、こちらの勝ちです」
「なにを言っている。戦は負けなんだぞ?」
「カズヒコ様さえ生き残れば、またやり直すこともできます。再び戦力を蓄えればいい。三十五階層には、まだカズヒコ様の予備戦力も残っているではありませんか」
三十五階層を統治するためには、戦力を残さざるを得なかったらしい。実際、再び三十五階層にまで逃げてしまえば、カズヒコはやり直せると思う。
そうはさせないが。
「今回の戦は私の責任です。この命をもって責任を取ります」
「どう取ると言うんだ?」
「カズヒコ様を逃がしてみせます。ですが、約束してください。どうか、我が姫を救ってくれると」
感極まったようにうつむいた。さすがに嘘泣きできるほど演技派ではない。
だが、そんな演技にカズヒコも感銘を受けたらしく、神妙な面持ちで「わかった」とうなずく。
感情で物事を選ぶ奴は扱いやすいな、と思った。その場の雰囲気に酔わせてしまえば、こちらのものだ。
「わずかな供回りだけを連れて逃げていただきます。他の者はカズヒコ様のための足止めとします」
「ああ、それでいい。うまくやれ」
「逃げ道は私とアシュレイが先導します。もし、途中、敵と接敵しましたら、私がカズヒコ様の代わりとなって残りましょう。そのために甲冑の交換を」
「ああ、わかった。影武者ってやつだな」
その場で鎧を交換した。
(バカだな、ほんと……)
カズヒコの鎧は魔術障壁を持つアーティファクトであり、テオドールが来ている鎧はただの鎧だ。順調に戦力を削ぎ落としている。
「そちらの剣も」
と手を差し出したら、カズヒコは眉間を寄せた。
「この剣はヴェーラ神からもらったものだ……」
「俺が偽者だとバレないためには必要なことです。もし、敵と遭遇することがあれば、その時はカズヒコ様にお返しいたします」
「……わかった。しかたがないな」
カズヒコの持つ剣は神から下賜された神剣らしい。だからこそ、テオドールでさえ、カズヒコの剣技には勝てないと思ったのだ。どうやら持つ者の技量を底上げする神剣らしい。
「では、先に行ってくれ、アシュレイ。俺は最後の命令だけ伝えてくる」
「うん、わかった。では、カズヒコ様、僕についてきてください」
「供回りの者はどうするんだ?」
「数は少ないほうがいいでしょう。先に逃げてください」
その言葉を受けて、アシュレイはカズヒコを連れ立ち、陣幕から出ていった。その後、テオドールは神妙な面持ちで戦闘の継続を命じた。
幹部たちにはカズヒコ逃亡を伝えず、玉砕の命令を出すつもりだ。下手に逃げられ、いざという時にカズヒコを守られても困る。可能な限り全ての障害を排除し、確実に勝てる状況を作る。
それが戦というものだ。
(さて、最後の詰めに入るか……)
そのままテオドールも馬に乗り、逃げたカズヒコの後を追って駆けた。
少しばかり駆けた場所でアシュレイと待ち合わせしていたのだ。丘から平野を見下ろせば、カズヒコ軍は未だに戦闘を続けていた。遠くのほうからリーズレットたち冒険者軍の軍勢が近づいてきているのが見える。
(こりゃあ全滅かなぁ……)
組織のナンバー2が全力で裏切ると、こうも簡単に崩壊するのだな、と痛感した。
(騎士や貴族を続けるなら、誰も信じちゃいけないよな……)
などと思いつつ合流ポイントへ向かう。木の切り株に座りながら水を飲んでるカズヒコをみつけた。アシュレイは緊張した面持ちでテオドールを見ている。
(そんな目で見るなよ、アシュレイ、悟られる)
そう思いながらもテオドールは安心したような顔でカズヒコへと近づいていった。
「テオ、戦はどうなった?」
「もし、逃げていなければ、冒険者軍に背後を突かれていましたね。ですが、今ならまだ間に合います。少しでも遠くに逃げましょう」
「ああ、わかってるよ。あいつらの犠牲のためにも、俺がやり直さなきゃな……」
カズヒコが立ち上がり、自分の馬へと近づいていく。
テオドールに背中を向けた瞬間――
「ボックスオープン、ナンバー427」
手元に生じたのは、アーティファクト。ただ切れ味がいいだけの剣。一切の魔力を拒絶する魔術断ちの剣でもある。
「ああ、そうだ――」
こちらに振り返ったカズヒコの首を一撃で刎ね飛ばした。
魔力で気取られる可能性もあったので、筋力強化の魔術は使わない。ただの技術だけの一閃。更に空中を舞う首に向けて剣を奔らせる。空中で四度ほど斬ってから、魔術式を並べ、
だが、そんな生物としてデタラメな存在でも、首を刎ね飛ばされれば、死ぬ。
テオドールでも死ぬ。
だから、西部では強者と戦った際、必ず首を切り落とすのだ。
だが、念には念を入れ、土を操り、巨大なハンマーを作りあげ、勢いよく体にたたきつけた。カズヒコの体はひしゃげ、血しぶきをあげる。
すぐさま
完全に魔力が途絶えたことを把握。
更に念には念を入れて、
テオドールは残心をしつつ深いため息をついた。
「終わったな」
言いつつアシュレイに視線を向ける。
「よし、さっさと逃げてリーズレットと合流――」
「テオ!!」
アシュレイが叫ぶ。テオドールだって叫びたかった。
(嘘だろ……)
焦げ付いた地面がボコボコと音を立てて盛り上がっているのだ。しかも、途絶えたはずの魔力を再び感知。魔力の波長的にカズヒコと同じモノだ。
「アシュレイ、逃げろ」
言いつつテオドールは
(まだ奥の手を持ってるとか、これだから転生者は嫌なんだ……)
辟易としつつもテオドールは覚悟を決め、魔力の塊めがけて
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