第91.5話

『俺たちの想定どおりの動きだ。このまま背後を突いてくれ』

『ええ、わかったわ。無理しないでね、テオ』


 必要最低限の通信を終え、リーズレットはアーティファクトを切った。使用後、ドッと疲労感に襲われるが、それでもテオドールの声を聞けただけで、心は満たされる。


「リーズ様、手はずは整っております」


 金髪の女騎士ヒルデは静かに声をかけてくる。かつては冒険者たちの間でも軋轢ばかり起こしていたが、リーズレットに忠誠を誓ってからは、振る舞いが変わった。口調や礼儀も貴族然としたモノに代わり、常にリーズレットを立てるように行動している。

 ヒルデがリーダーを務めていた冒険者パーティーは、そのままリーズレットの近衛騎士団に変わり、今ではリーズレットの手足のように働いてくれていた。


「ありがとう、ヒルデ。転生者軍の動きは、こちらの想定どおりよ」

「あの転生者、阿呆だとは思っていましたが、ここまで愚かだとは……」


 とはいえ、時々こうして、荒くれ者らしい毒舌が出てくる。


「テオが内側から破壊してるんだもの。組織として機能不全を起こしてもしかたがないわよ」

「あまり批判染みたことは言いたくありませんが、まどろっこしい手段ですね。私が聞いた小鬼殿とは思えない」

「テオは戦術家でもあるけど、政治家だし、策略家よ。私のお父様の薫陶を受けてるんだもの」

「できれば、敵として戦いたかったものです」

「それは嫌よ。私にとって二人とも大切なんだから」


 その言葉にヒルデは微笑んだ。


「あの男に飽きたら、私が女同士の愉しみ方を教えてさしあげましょう」


 騎士の誓いを立てた直後は鳴りを潜めていたが、ここ最近、特にこの戦争が終わりに近づくにつれ、ヒルデのリーズレットへのアプローチが露骨になっていた。


 テオドールとリーズレットが再会したら自分がお払い箱になるとでも思っているのかもしれない。


 ヒルデから過去の出来事は全て聞いている。そこから類推するに、ヒルデは人間不信の気があるようだ。特に男性に対して。だから、自分の有用性をわかりやすい性愛などで確立しようとするのだろう。

 リーズレットとしては、半ば母親のように慈愛をもってヒルデと接していた。そうした方が、この有用な女騎士を十全に扱えるからだ。そんな風に人を計ってしまう自分に嫌気もするが、それが西部貴族という生き物だ。


「セクハラはやめてちょうだい。あなたのことは好きだけど、それは家族としてよ。恋人じゃないわ」

「ええ、存じ上げておりますとも。それでも、我が愛しの君のためならば、喜んでこの命を捧げましょう」


 現状、強く拒絶するのも得策ではないので「家族として好き」で留めてはいる。外に出ることができたら、ヒルデが好みそうな女性をあてがって気を逸らそうとは思っていた。だが、今は、まだその時ではない。


(テオのために利用できるモノはなんでも利用する……)


 それが自分に向けられた好意だろうとなんだろうと関係ない。


「それにしても、敵も憐れだ。我々と違って、総大将が愚かですからね」

「そうね。お飾りの総大将より頭が空っぽなのは困るわね」

「お飾りだなんてとんでもありませんよ、リーズ様。あなたこそ、冒険者たちの中心です」


 リーズレットはヒルデの武力をバックに、冒険者たちをまとめあげた。時には強気に、時には穏やかにイニシアチブを取っていき、どうにか派閥争いをやめさせ、組織を一本化させることに成功した。


 それでも派閥自体は残っているので、完全にリーズレットが思いどおりに動かしているわけではない。そこはヒルデの武力や武威を利用させてもらった。


 結局、誰もヒルデには逆らえないのだ。


 そのヒルデが忠誠を誓っているリーズレットにも逆らえなくなったと言っていい。組織の在り方として問題は多いが、短期間の運用ならば、多少、強引な手を使わざるをえなかった。


「鹵獲した兵器も使うわよ。ラースたちにはそう伝えて」

「承知いたしました」

「おそらく戦場につく頃には、クリーヴズの兵と転生者軍はぶつかってるはず。急がないと転生者軍が勝っちゃうから、タイミングが大事ね」

「とにかく駆けさせましょう。遅れた者は置いていく。置いていかれれば、魔物に殺される可能性もありますからね。死に者狂いでついてくるでしょう」

「疲労困憊で使い物にならないなんて嫌よ?」

「勢いさえあれば、多少の疲労など問題ありません。昨夜の夜襲では大勝利。士気も高い。この勢いを利用したほうがいいでしょう」

「あなたがそう言うなら、戦は任せるわ」

「はい。お任せください。必ずや、リーズ様に勝利を捧げてみせます」


 そう言いながらリーズレットの手を取り、その甲に口づけをしてくる。


「だから、こういうのは……」

「あなたの心が小鬼殿のモノであることは承知しております。それでも慕うことだけはお許しください」


 捨て犬のような瞳で言われると、強く言えなくなってしまう。いかにテオドールのことを愛しているとは言え、ヒルデはリーズレットから見ても美人だ。時々、ドキリとしてしまうことが無いと言えば、嘘になる。


(テオ、早く迎えにきて! でないと、私、ヒルデに落とされちゃうかもしれないわよ!!)


 などと思いながら、前の前にはいないテオドールへと強く念じるリーズレットだった。

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