第91話
「どういうことだよ!? なんで、そうなるんだ!?」
案の定、カズヒコは奇襲による部隊壊滅の報告を聞いて、ブチギレた。
「申し訳ございません。今後の方針ですが、仮にファムリアの軍勢が壊滅していた場合、我々の総数は二千五百から三千になります。対する敵軍は千から二千。そのうえ、こちらにはカズヒコ様の兵器があります。計算上は勝てるかと」
「……なんだ、勝てるのか?」
「はい、計算上はジャッカスと敵軍が合流したとしても、数でも兵装でもこちらが上です」
「だったら報告なんてしなくていい」
「はっ! 申し訳ありませんでした。このまま進軍でよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわないよ。でも、敵は皆殺しにしろよ。俺に逆らえばどうなるか、教えてやらないとな」
「はい。かしこまりました」
目礼し、テントを出ていく。
(いや、普通に考えて、この時点で全体の三割強を喪失してるんだよな。まあ、合流前だけど……)
などと考えつつ、カズヒコを除いた幹部たちが待つテントへと向かう。軍議をするためだ。
一般的に言えば、この時点で戦略に支障を来たしている。
撤退を進言してくる者もいるだろう。
そういう逃げの意見を潰すためにカズヒコから言質を取ったのだ。
(さて、引き続き、各個撃破をしてくれよ、リーズ)
テオドールは沈痛そうな面持ちを意識しながら、陣幕へと入っていった。
その後、喧々諤々の議論が重ねられたが、最終的に「カズヒコ様が進軍しろと言っていた」という意見で、戦争継続が決められた。
朝になり、落ち延びてきたファムリア軍の兵を回収しながら合流ポイントへ向かう。だが、その途中で再び伝令がテオドールの元へとやってきた。
「クリーヴズ軍が引き返しました!!」
「なんだと!?」
テオドールは叫ぶ。無論、演技だ。
クリーヴズはテオドールが落としたダンジョン内都市の一つだ。これと言った事前工作はしていないが、それほど損害を出さずに併合し、カズヒコの遊興費を捻出するために重税を課していた。
当然、死ぬほどカズヒコ軍のことを嫌っている。
そんななか、冒険者軍からも使者が送られているはずだし、何よりジャッカスの裏切りに昨夜の奇襲による潰走は伝わっているはずだ。
テオドールとリーズレットの読みどおり、自ら進んで裏切ってくれた。
(これでマイナス千。そして、この状況でカズヒコ様の動きは……)
ほくそ笑みそうになるが、落ち込んだ風でカズヒコに報告する。
「クリーヴズにはヒュミナがいるはずだぞ?」
「……おそらく討ち取られたか裏切り」
カズヒコに胸倉をつかまれた。
「ヒュミナが裏切ることなどあるはずがないっ!!」
実際、ヒュミナが裏切ったかどうかはわからない。
ヒュミナもジャッカス同様、奴隷逃亡の責任を問われ、クリーヴズに送られた。ジャッカス同様、手勢をほとんど連れていかせなかったので、戦力を持ってはいなかった。
暴力装置を持たずに権力という幻影だけ持つ女に、土壇場における決定権など存在しない。さすがに殺されはしないだろうし、おそらく丁重に扱われているだろう。
人質として――
ということを掻い摘んでカズヒコに説明したら、カズヒコが叫んだ。
「今よりクリーヴズ軍を潰す!!」
予想どおりの決定で笑いそうになったが、慌てて「考え直してください!」と叫ぶ。
「クリーヴズの動きは未だ不明です。もし、このまま都市に戻るなら、今は放置が懸命です」
「俺にヒュミナを見捨てろって言うのか!?」
「違います! 今は置いておき、冒険者軍との戦に備えるべきです。下手にクリーヴズと敵対したら、それこそ冒険者軍に背後を突かれます! 仮にそうならずとも、クリーヴズ軍との戦闘後に冒険者軍との戦闘となるでしょう。こちらに損失もでるでしょうし、士気もさがります」
「ヒュミナは俺の全てだ」
感極まったように、そんなことを言ってのけた。
その全てと表現する女を忘れて、昨日の夜も娼婦を抱いていたじゃないか、と思ったが、無論、言わない。
「貴様がなんと言おうと俺はヒュミナを救う!! これは絶対だ!!」
テオドールは内心でガッツポーズをしつつ「お考え直しを!」と食い下がるが「うるさい、黙れ!」と一喝された。
「この状況を招いたのはお前だぞ、テオドール!!」
「それはそうですが……」
本当に、まったくもってそのとおりなのだから、何も言い返せない。
「もし、ヒュミナの身になにかあれば、貴様も無事では済まさんぞ、テオドール……」
思い切り睨まれたので、テオドールは怯えたように目を伏せた。
「はい……わかりました……」
負け犬のようにシュンとしつつも頭の中で計算する。
(二千五百から三千の兵数が、千五百から二千弱にまで減ったな……)
もし、このままクリーヴズ軍と戦う場合、クリーヴズ軍はおよそ八百から千人。そして、冒険者軍は千から千五百。足して二千弱から二千五百ということになる。
(数の上ではこちらが劣勢になった)
更に旧ジャッカス軍が、勝ち馬に乗ることを選べば、敵勢が千人ほど増える。
(無視して冒険者軍と戦ってれば、まだ互角以上に戦えてたんだけどねぇ♪)
カズヒコはテオドールの想定どおりに動いてくれた。
ここまで計画どおりだと、もしかしてカズヒコはテオドールたちの作戦を全て知っているのではないか? と勘ぐってしまうほどだ。
(人って何かを失う時って一瞬だよなぁ……)
などと思いながら変更された命令を部下たちに伝えた。
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