第90話
テオドールは三十六階層にあるダンジョン内都市は全て制圧下に置いてあった。そこに三十七階層から、冒険者軍が攻めてくるとなると、普通に考えて勝ち目は無い。
カズヒコ軍の総兵数は5000近くに膨れ上がっており、対する冒険者軍はいいところ千人という数だ。
野戦で五倍差の兵数を覆すことは、ほぼ不可能である。
となれば、冒険者軍は各個撃破をもくろむのが普通だろう。
そんなことはバカでもわかるので、カズヒコ軍としてはすぐにでも各都市の兵士を糾合し、迎撃するという流れとなった。
「愚かな連中だな。俺が出るまでもないんじゃないのか?」
馬に乗るカズヒコは退屈そうにボヤく。
「普通に考えて、五倍差の兵数を見抜けないほど敵がバカだとは思いません。なにかしらの策があると見ていいでしょう」
「だとしても、たかが
「
「お前は心配性だよな、テオ」
呆れたように言いながら「まあ、確実に勝つ必要があるしな」と言った。
既にどういう形で各都市のカズヒコ軍が陣を敷くかは連絡済みである。三十七階層からの三十六階層に繋がるゲートは既に冒険者軍に占拠されており、彼らはその近くの平野に布陣していた。
野戦をしかけてくるということだろう。まあ、ゲートを保有している都市は、城壁も無いため、籠城戦は選びにくいし、何より野戦でしかけてもらわないと困る。
(まだ連絡が来ないか……遅いな……)
などと考えながらテオドールも馬上から周囲を見渡していた。そこで慌てた様子で馬で駆けてくる影が見える。テオドールは微笑みそうになるのを抑え、怪訝そうに眉根を寄せた。
「伝令! 伝令!!」
「どうした? なにがあった?」
「ジャッカス様が裏切りました!!」
「なんだと!?」
と、とりあえず叫んでおく。
「あのクソがぁぁぁっ!! あいつまで俺を……」
「落ち着いてください、カズヒコ様。まだ誤報の可能性もありますし、仮に裏切られ、敵と合流されても二千程度。対するこちらは四千はいます」
「ジャッカスは殺すな! 必ず生きて俺の目の前まで連れてこい!!」
それは無理だ、と思いつつもテオドールは「かしこまりました」とうなずく。
ジャッカスは既に死んでいるだろう。
カズヒコの奴隷たちを逃がした咎を受けたジャッカスは他のダンジョン内都市に飛ばされた。その都市の統治を命じられたのだが、既にテオドールが冒険者軍の者たちを都市の内部に忍び込ませてある。
ジャッカスはタイミングを見計らって暗殺されているので、裏切ってはいない。
裏切ったように見せかけ、都市の軍は動かないのだ。もし、仮にカズヒコ軍が生き残った場合、事前に暗殺していたジャッカスの首を差し出し、都市は許しを乞う。仮にカズヒコ軍が負けそうになったら、その勢いのままカズヒコ軍を横から攻めるという作戦だ。
どっちに転がっても、その都市は勝ち馬に乗れる。
(よーし、あっという間に兵を千人減らせたぞぃ♪)
内心でほくそ笑みながら兵を進ませた。そのまま夜になり、夜営することになった。カズヒコのために娼婦や酒も用意しているが、他の兵たちはお預けである。当然、カズヒコに対していい感情は抱かないだろう。
だが、ここまで来ると、最早感情のコントロールなど些事でしかない。
テオドールが休んでいると「大変です!」と伝令の兵士が駆け込んできた。内心では「計画どおり」と思いつつも「どうした?」と慌てて跳ね起きるフリをする。
「夜襲です!! ファムリアからの兵が夜襲を受けました!!」
ファムリアはテオドールが攻め落としたダンジョン内都市である。当然、今回の戦にも参加する軍勢だった。
「……夜襲程度で潰れはしないだろう? カズヒコ様から受け賜わったアーティファクトがあるんだぞ?」
「全て破壊されたそうです! 銃火器による対応はしたそうですが、夜ということもあって同士討ちとなり!!」
生き残った者がわざわざここまで逃げてきたそうだ。
「なんということだ……」
愕然とした風を装い、頭を抱える。
(まあ、ファムリア軍の夜襲する場所は俺がリーズに流してるわけだが……)
装備から兵数に至るまで細かい情報を通信のアーティファクトで共有している。それだけで戦車や戦闘機、装甲車両を持つカズヒコ軍には勝てない。
「いや、だが、ありえない! カズヒコ様から兵器を賜わってるはずだ! 戦車や装甲車も用意していたのではないのか!?」
テオドールの問いかけに伝令は「ですが、負けてしまったのです!」と混乱気味に叫ぶ。その答えを伝令の兵に求めてもしかたがない。
答えはテオドール本人が知っている。
(事前にいろいろ仕掛けてあるんだよなぁ……)
全ての兵器に爆発するアーティファクトを仕掛けてあった。確かにカズヒコが召喚する兵器は強力だが、それ故に直すことができない。どういう仕組みで動いているのかも、テオドールでさえわからなかったのだ。
逆に言うと、一度、無力化してしまえば、それでお終いだ。
戦車はキャタピラ、装甲車はタイヤ、戦闘機はコンソール、と呼ばれる部位を破壊してしまえば、それだけで使えなくなる。
さすがに戦車と真正面から魔術で撃ちあうのはテオドールでさえ避けたいことだが、キャタピラなりタイヤなりを狙うだけなら、誰にだってできる。
これまで、弱点を晒しながらもうまく行っていたのは、弱点があると認知されていなかったからだ。
この数ヶ月のうちにテオドールはカズヒコが召喚する兵器を研究し、対策を練ってきた。そして、その情報は当然リーズレットにも共有されている。
「詳細な被害報告を出せ」
「救援は?」
「いや、下手に向かえば同士討ちの可能性すらある。下手に動かないよう通達しろ」
「はっ!」
伝令の冒険者はうなずいてテントを出ていった。
(さて、ブチギレるカズヒコ様のご機嫌でも取りに行くかな……)
今回の奇襲で五百から千の兵を失っただろう。生き延び、本隊へと逃げてくる者もいるだろうが、一度負け癖のついた兵士は、しばらく使い物にならない。
勝つことより、生き延びることを考えるようになるからだ。
それだけ敗北という経験は人の心に影を落とす。
(ま、計画どおり。どんどん弱体化していってるな。うん、この調子、この調子。こっちの軍は既に二千五百から三千にまで減った上、強力な兵器も壊された。それどころか敵に接収された可能性すらある。この損失は大きい)
テオドールは剣だけを携え、カズヒコのいるテントへと向かって歩いていく。
(普通に考えれば、あの辺の異世界兵器は使い方に訓練が必要だ。でもねぇ、リーズが忍び込ませてた連中は、動かせるようになってるのよ。戦車とかさ。怖いね♪)
などと考えながら、これまで準備していたことが見事に決まっていくのがたまらなかった。策略とは、こうあるべきである。
(さ、あと少しだ。あと少し削れれば、趨勢が変わる……)
カズヒコにブチギレられるのを理解しつつも楽しくなっている自分に気づく。
(最後まで俺と踊ってもらうぞ♪ カズヒコ様♪)
微笑みそうになるのを抑えつつ、神妙な面持ちでカズヒコのテントを開けた。
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