第89話

「カズヒコ様、敵が動きはじめました」


 テオドールはカズヒコの寝室に入ると、目を伏せながら報告をした。カズヒコはベッドの上に裸の娼婦三人と眠っていたようだ。テオドールの声を聞いたカズヒコは、横になったまま「うまくやれ」と手をヒラヒラ振っていた。


 結局、逃げた三人の奴隷はみつからなかった、とカズヒコに報告した。カズヒコは烈火のごとくキレ散らかしたが、三十七階層の冒険者たちの妨害にあったと嘘を言って切り抜けた。カズヒコの怒りを敵に向けさせたのだ。


 その時は敵を皆殺しにする、と騒いでいたが、次の日には意気消沈としており、今となっては半ば自暴自棄になってしまっていた。ヒュミナの話によると、三人の奴隷とカズヒコのつきあいは長いらしい。カズヒコが、こちらの世界に転生してきてから、ずっと一緒だったのだとか。


 カズヒコが作り出した銃火器を奴隷たちに持たせ、一緒にダンジョンを攻略し、ここまで大きくなったらしい。

 信じていた仲間であり、恋人たちにまとめて裏切られたということは、転生してからのこれまでを全て否定されたということだ。


 その心痛はテオドールにも想像できないモノだろう。


(とはいえ、本当の信頼関係で結ばれていたら、裏切られることも無かったと思うが……)


 人の尊厳を金に替えることはできない。

金に替えられるモノは、その瞬間から代替可能な売り物に成り下がる。カズヒコが買った愛情は、値段相応に代替可能なモノでしかなかったのだろう。継続的に契約を結ぶ価値がカズヒコに無いと判断されたから、別のもっと価値のある契約者に乗り換えられただけだ。


(まあ、貴族の政略結婚も似たようなものだしな……)


 人の愛を何らかの形で代替すれば、それは所謂、歌に出てくるような真の愛情なるモノではなくなるのかもしれない。テオドール自身、貴族だった頃は、それで構わないと思っていたし、それならそれで愛されるような努力はしてきたつもりだ。


 それを怠れば、カズヒコのように裏切られる、とわかっていた。例え妻であろうと損得勘定や政治の思惑が絡んでいるのだから、当然だ。


(外に戻れたら、俺もリュカやレイチェルを大切に……いや、まあ、今はもう妻ではないんだけども……そうだな、うん、もっと感謝するなりなんなりしよう……)


 自分で追い込んでおきながらも、へこむカズヒコを見て、テオドールも今までの自分を反省した。そういう意味で、多くの学びになったと言える。


「おそらく敵は決戦をしかけてくると思います。カズヒコ様にも出陣していただきたく思っているのですが……」

「兵器を使えばいい。どうせ、雑魚だ」

「情報によると敵勢力は、異跡守護者ゴーレムをいくつか用立てているらしいです。その戦力は不明ですが、カズヒコ様の兵器と伍する可能性はあります」

「核爆弾でも作るかな」


 投げやりな言葉が聞こえた。


「それはどういった兵器なのですか?」

「一撃で何万人と殺せる爆弾だよ。まあ、使えば、放射能で大変なことになる」


 よくわからないが、まだ、そんな危険な奥の手を持っていたのか……と内心で冷や汗をかいた。話半分で聞いても一撃で数千から数万の人間を殺せる武器など、デタラメすぎる。


「よくわかりませんが、こちらにも被害が出るのでは?」

「出るだろうな。それどころか、俺だって死ぬかもしれない。まあ、別にいいけどよ……」

「カズヒコ様、あまりヤケにならないでください」

「お前に俺のなにがわかる……」

「カズヒコ様のお気持ちをわかる、と言うのは簡単ですが、それでは納得できないでしょう。ですが、私は理解したいと考えております。私で良ければ、話を聞かせてください。その痛みを私も少しは肩代わりできればと……」


 娼婦たちに目配せし、部屋から退室させた。その後、酒を飲みながら愚痴るカズヒコの言葉をひたすら聞き、感情に寄り添った。

 自分勝手な執着だし、なに言ってんだ、こいつ? と思ったが、それでも寄り添い続けた。言いたいことを全て言わせたところで「お前に話したら、少しは楽になったよ」と、疲れた笑顔を浮かべていた。


「今はお休みください。戦の準備は私のほうで進めておきます」

「ああ、お前に任せるよ、テオ」

「はい。ご存分に英気を養ってください。ですが、決戦の時は、カズヒコ様にも出陣をお願いします。あなた様がいらっしゃるだけで、我らの士気は十倍にも百倍にもあがります」

「……ああ、わかった。俺がいないとダメだからな」

「はい。我らはカズヒコ様の兵です。カズヒコ様がいてこそ、十全に機能します」

「わかった。戦略が決まったら報告してくれ」

「承知いたしました。ヒュミナ様にはお伝えしますか?」

「いや、ヒュミナはいい……ジャッカスも外せ」


 疑念の種はしっかり実となってくれたらしい。


「わかりました。では、私の周りだけで進めます」

「ああ、うまくやれよ、テオ。使える奴はお前だけだ」

「ありがとうございます。カズヒコ様のためにも全身全霊で忠勤に励みます。カズヒコ様へ勝利を捧げましょう」


 おべっかを言いながらカズヒコの寝室を後にする。


(さーて、最後の工作を進めますかねぇ……)


 既にリーズレットたちの仲間は、バンドラーに忍び込ませてある。


(戦は始まる前に勝敗を決しておかねばならない。ヴォルフリート様がよく言っていたよな……)


 ここまでは想定どおりに進んでいる。


(けっこう時間かかったなぁ……)


 優秀な家臣がいれば、もっと早く済んでいただろう。西部にいた頃の自分は恵まれていたのだと痛感する。


(まあ、絶対戻りたいとは思わんが……)


 西部時代を思い出し、改めてため息をつくテオドールだった。


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