第88話
「どういうことだ!?」
カズヒコの怒声を受け、報告者のジャッカスはすくみ上がった。
「いえ、ですから、その……カズヒコ様の奴隷が逃げまして……」
「ありえない! あいつらが俺を裏切るなどあるはずがないっ!!」
怒りの形相で打ち震えるカズヒコを放置しておいたら、そのままジャッカスを殺しかねなかったので「カズヒコ様、おちついてください」と口を挟む。
「俺は落ち着いている! ありえないことをありえないと言っただけだ!」
「どちらにせよ、リーシャ様たちを見つけだすのが先決でしょう。ジャッカス、捜索を進めて――」
「いや、ジャッカスではダメだ。テオ、貴様が行け」
「わかりました。最善を尽くしますが、敵とリーシャ様たちが繋がっている可能性もあります。その場合、命の補償はできかねますが」
「ダメだ! 貴様が直接陣頭指揮を取れ! お前なら、どうにかできるだろ?」
「はっ!」
頭を下げて、カズヒコの部屋を後にした。廊下に出たところでヒュミナとすれ違う。
「知っていたのか?」
とヒュミナに尋ねるが「なんのこと?」と返された。
「君の同僚がそろって逃げた。カズヒコ様はご乱心中だ。うまく落ち着かせろ」
「言われなくてもやるわよ」
「……もし、君が同僚の手引きをしたなら、早めに言え。庇えなくなる」
「あら、優しいのね?」
「連座でアシュレイにまで責が及ぶのを避けたいだけだ」
「でも、残念ながら私は無関係よ」
「カズヒコ様はそうは考えない」
「でしょうね……」
ため息まじりにカズヒコの部屋へと入っていった。
(まあ、全部、俺が仕組んだんだけど……)
ヒュミナ以外の奴隷たちと冒険者を、それとなくマッチングさせた。一線を越えさせてしまえば、後は簡単だ。カズヒコにバレかねないと思わせるように仕向ければ、勝手に逃げ出す。問題は逃げるタイミングをどれだけ合わせるかだったが、逃げられるタイミングなど限られている。
アホでも気づくようにカズヒコの他都市への視察を喧伝したのだ。あとは、逃げ出すための手はずを整える業者が必要となる。
実は、これまでに二十七階層にいるリーズレットの息がかかっている者たちを、何人かバンドラーに潜り込ませていた。彼らに逃げ出すために必要なモノをテオドールが用意させたのだ。
当然、防諜部隊もバンドラーにはいるが、その責任者がテオドールなのだから、全力で見逃されていた。
そして、追跡者のテオドールが全力で見当違いのほうを探すことで、奴隷とその相手のスケコマシ冒険者たちは二十七階層へ逃げ延びることができる。
(多少、俺の覚えは悪くなるかもしれないが――)
カズヒコの部屋から何かを壊すような音が聞こえてきた。癇癪を起こしたカズヒコがヒュミナやジャッカスに当たり散らかしているのだろう。
奴隷たちを逃がした責任はジャッカスとヒュミナにある。
テオドールはカズヒコと共に他都市の視察に行っていたのだから、逃がすことなどできない。
(あの二人は更に評価が下がる。問題ないだろう)
最近はカズヒコの夜の相手をするのも、テオドールが用意した娼館の女たちだ。テオドールが把握している限り、ここ一月ほどカズヒコはヒュミナに手を出していない。
飽きた可能性はある。
人間というのは刺激を強めれば強めるほど、元の刺激では満足できなくなる生き物だ。特に快楽が伴うこととなると、相手は一人より二人、二人より三人、と乱痴気騒ぎを求めるようになっていく。
(主人を女と酒で溺れさせて、判断力を奪うのは奸臣の常套手段だからな……)
ここまで綺麗にハマってしまうカズヒコを見ていると、時々、不能で良かったな、と思う瞬間があった。少なくとも、女色にハマる隙が無いのだ。
(さて、逃げた奴隷を見つけられなければ、あとは、開戦の準備だな……)
メンタルを追いやられている時に、次から次へとアクシデントを起こさせる。判断力を奪うことで、わかりやすい快楽を与えてくれるテオドールへの依存を高めていく。
(ここ数ヶ月の成果が結実しそうだ……)
まだ油断はできないが、カズヒコがヒュミナとジャッカスに対して不信感を抱いてくれれば、ほぼ勝ちが決まる。
(最後まで油断はしないけどさ……)
今後の流れを頭の中に描きながら、テオドールはカズヒコの邸宅を後にした。
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