第87話
テオドールはアシュレイに頼み、ヒュミナと会談する機会を作ってもらった。
執務室に入ってくるなり、敵意を隠さない視線にさらされたが、想定どおりの反応だった。そのまま「座ってくれ」と応接用のソファーに腰を下ろすようにうながす。
「アシュレイは?」
「今回は不要だ」
冷然とそう伝えつつテオドールは執務机の椅子から立ち上がって、ソファーに腰を下ろす。向かい合ったところで、憎悪のこもった目でにらまれた。
愛するアシュレイをいたぶり独占する悪漢だと思っているのだからしかたがない。
「そう睨まないでほしいな」
「アシュレイを解放してください」
「おや? 単刀直入とは君らしくないな……」
嘲るような笑みを浮かべる。無論、演技だ。
「彼女は、あなたのような人間にふさわしくありません」
「アレは俺を好いている。君に近づいたのも、ただの友情だろう? なのに、君はアレにご執心のようだな」
「アレという言い方はやめなさい」
「俺に言わせれば、具合のいい道具だ。愚かで使い勝手がいい。気に入ってはいたんだが、悪い虫がついて回ってるみたいだな」
「……本当にどうして男というのはクズばかりなんですか」
「そんな男に媚びを売っているのは君も同じだろ? 少なくとも、俺とアシュレイの間には愛情は存在している。嘘の愛を紡ぐ君のほうが、よっぽどクズだと思うが?」
と、悪党らしく厭味ったらしく言う。無論、演技である。
「まあ、いいさ。そんなにアレが欲しいのか?」
「アシュレイをモノ扱いしないでください。彼女はあなたのようなクズにオモチャにされていい子じゃない」
「女同士をどうこう言う気はないが、アレにその気は無いぞ?」
「だとしても、力になりたいと思うだけです。あなたのように欲望でしか人を見ない人間にはわからないでしょうね」
「奴隷として主人の性欲を利用している君が言うことか?」
「生きるためです」
「だとしたら、俺の行動も生きるためだ。有用な人間の感情をコントロールして操れなければ、西部では生き残れない。そのために愛情というのは、実に使い勝手がいいんだ。人は愛のためなら、なんだってする。今の君のようにね」
「外道……」
「認めるよ。俺は外道だ。目的のためなら手段を選びはしない。そう、手段を選ばないんだ」
ニコリと笑顔を貼り付けながら本題に切り込む。
「俺に軍務の決定権を与えるよう、カズヒコ様に進言しろ」
ヒュミナが射抜くように睨んでくる。
「現状、カズヒコ様の目的を達成するために貴様の権力は邪魔だ」
「なにが目的ですか?」
「言っただろ、俺の主人を助け、俺に屈辱を与えたあの女騎士に復讐する。あの女にやり返してやらねば気がすまんっ!!」
怒りの形相でヒュミナを睨む。無論、演技である。
「よって、貴様の感情で俺の計画を覆されても困る。無駄な権力闘争はしたくない」
「嫌だと言ったら?」
「貴様とアシュレイの関係をカズヒコ様に伝える。まあ、貴様は助かるだろうが、アシュレイは死ぬだろうな。さすがに、貴様に手を出したとなれば、俺も庇い切れないだろう」
信じられないモノでも見るような目で見られた。それはそうだろう。必要ならば、自分の愛人さえ殺すと言っているのだから。
「本気で言ってるのですか?」
「ああ、本気だ。可能ならば、俺も穏当に進めたい。全ては君次第だ。君が権力に固執しなければ、これから先、アシュレイとの逢瀬を楽しめばいい。なに、仮にカズヒコ様にバレたとて、女同士だと知れれば許されるだろう。まあ、手を出される可能性はあるがな」
「まさか、そのために男装を……?」
「アレは俺のモノだ。いくら、カズヒコ様とはいえ、やりたくはない。だが、貴様が俺の願いを叶えてくれるなら、俺はもうアレの嫌がることはしない。貴様が嫌だと言うなら、抱くのも控えよう」
不能なくせに何を言っているのだろう? と我ながら思う。
「何を選んで何を捨てるか、選びたまえ」
ヒュミナは無言のままテオドールを睨んでくる。テオドールは勝ち誇ったかのような微笑を携えながらソファーにもたれかかった。
「……わかりました。カズヒコ様に進言します」
「正しい判断だ」
ニコリと微笑む。
「ただ、裏で下手に動かないほうがいい。俺が死ねば、アシュレイも死ぬ。そういう呪いをアレにはかけている」
「そんなことはしませんよ。あなたと話してわかりました。あなたは私以上の外道です。人と人とも思わない怪物。戦う気なんてありませんよ」
「そうであることを祈るよ。俺もアシュレイには死んでほしくないからね」
そう言ってから「話は以上だ」と微笑んだ。
「ああ、それと、アレとの逢瀬は、今までのように隠したほうがいい。アシュレイが女だとバレれば、カズヒコ様が手を出してくる。わかっているだろ?」
「ええ、わかっています。アシュレイは私が守ります」
ヒュミナはソファーから立ち上がった。
「カズヒコ様からも、あなたからも」
テオドールは微笑を携えたまま肩をすくめる。
「あなたも約束してくださいね。もう二度とアシュレイには指一本触れないと」
「約束しよう。ただ、それも君の行動次第だ」
「わかってます」
それだけ言って、ヒュミナは執務室を出ていった。彼女が出るまえで陰険な悪党らしく微笑を貼り付けていたが、出てった瞬間、虚脱する。
「疲れた……」
ため息まじりにソファーにもたれかかった。
(無理な演技をする交渉って疲れる……いつ失敗するかわかったものじゃないし……)
とはいえ、ヒュミナの行動を縛ることには成功した。今後、アシュレイとヒュミナの関係は、全てアシュレイに任せるより他なかった。
(さて、次は他の奴隷たちを裏切らせるか……)
うまくやらないと死人が出るので、こちらもこちらで大変だった。
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