第86話

 城壁の上で目覚めたテオドールは、そのまま職場へと向かった。ショックなことがあっても、やらねばならないことがある。

 とはいえ、心の整理に時間がかかりそうだったので、精神系の魔術を使って、強引にメンタルを整えた。


 そして、再び夜になり、一通りの業務を終えたところで、テオドールの執務室にアシュレイが現れる。


「その、テオ……」

「昨夜はすまなかった。驚きのあまり、暴走しちゃったよ」


 ハハハと笑ってからため息をつく。


「黙っててごめん……」

「君の立場を考えれば、そういうこともあるだろうと納得していた。ただ、どうせなら、もう少し早くに教えてほしかったよ」

「ごめん」

「まあ、いいさ。それでヒュミナの件だが……」


 テオドールは深いため息をつく。


「計画を大幅に変更しよう。昨日、俺も君から真実を告白されて、ひどく錯乱してしまった。うん、やはり策謀は良くないな……」


 愛情と友情の違いはあれども、人の心を壊すような策謀は良くないと思った。甘いのかもしれないが、自分が食らうと本当に傷つく。


「ヒュミナには君が女性であることを告白してくれ。それで、ヒュミナからは引き上げよう」

「テオ……」

「安心してくれ。ヒュミナがダメでも、他の奴隷のほうは作戦が進んでいる。カズヒコをコントロールすることはできなくても、メンタルにダメージは与えられるだろうさ。そうなれば、こちらへの依存度もあがってくるはずだ」


 人を騙すのは良くないことだが、カズヒコは別にいいやと思った。悪人なので。


「あのね、テオ……」

「まあ、ジャッカスの時と同様、今のカズヒコは政務に関しては俺に依存しきっている。本当にイエスマンの好きな男だよ……」


 疑り深いのは自分に敵対する相手に対してのみで、自分の言うこと聞く者の言葉は割とすぐに信じるのだ。扱いやすくはある。


「だからテオ……」

「安心してくれ。計画の進捗は八割を超え――」

「僕の話を聞いてよ!!」


 シャウトされたので「いきなりどうした?」と尋ねる。


「怒ってるんだよね?」

「……怒ったというより、驚いた。ショックだったよ。俺には同性の友達がいないから、君が初めての親友だったから」


 性別が変わったからと言って、友情に変わりはない。少なくともテオドールは、アシュレイへの友誼はある。


「だからって、君の夢の手助けをやめる気は無い。君が望むとおり、君が王になる手助けはするさ」


 カズヒコ討伐という武勲はアシュレイにあげさせるつもりだ。

 仮にアシュレイが女性だとバレたとしても、転生者を討伐したという事実は覆せない。玉座への道のりが険しくなったことは否定しないが……。


「どうして、許すのさ……ずっと騙してたのに……」

「許さなければ、関係が壊れるだろ? 俺はアシュレイとは友達でいたいと思ってるよ」


 それは嘘ではない。


「君はどうなんだ、アシュレイ」

「僕は……」


 ジッとテオドールを見据えてきた。


「……テオが好きだよ」

「それは、異性としてということか?」

「当然だろ」


 どう答えるべきか思案する。だが、誤魔化すのは友人に嘘をつくということだ。


「俺は君をそういう目で見ることはできない。今まで友人だと思ってたから」

「わかってるよ」

「それに、俺は平民のような恋愛感情というものも理解できない。吟遊詩人を目指す上でいずれは理解したいと思ってるが、仮にそうなるとしたら、相手はリュカやレイチェルだ」


 彼女たちを蔑ろにはできないのだ。


「わかってるよ、僕が入る隙間がないことくらい……たださ、テオが、ヒュミナを落とせとか、そういうことばかり言ってくるのが辛くて……」

「それはすまなかった……」


 惚れてる相手に、他の奴を好きになれ、とか肉体関係を持て、と命じられるのは、確かに辛いだろう。


「僕がテオを好きでいることは迷惑かな?」

「……日常に支障がでない限りは問題ないと思う」

「そう、よかった……」

「ただ、おそらく俺は君の気持ちには応えられない」

「うん、それでもいいよ。僕の気持ちを知っていてくれるなら」

「わかった」


 それだけ言ってアシュレイは執務室を出ていった。残ったテオドールはため息をつきながら椅子の背もたれにもたれかかる。


(ダンジョン入ってから、やけに好きだと言われるな……)


 リーズレットにはじまり、キャシー、そしてアシュレイだ。貴族をしていた頃は、妻となったリュカやレイチェルには言われていたが、それは夫婦として最低限のコミュニケーションなのだから当然のことだと思っていた。


 だが、それ以外の異性からは好意を示されたことがないし、示したことがなかった。


(これで恋の歌の一つでも作れるものなのか? いや、やっぱり、まだわからんな……不能だからか? 恋と性欲の違いってなんなんだ?)


 などと割と最低なことを考えつつ、一日の業務を終えた。


 次の日の夜、再び業務を終えたテオドールの元にアシュレイがやってきた。二日連続だが、今日はなにやら非常に焦っていた。


「大変だよ、テオ!」

「どうした?」


 と言いつつも、アシュレイが女性だった件以上に驚くことなど無い。


「ヒュミナに僕が女だって告白したんだけど、それでもいいって言われた!」


「なんですと!?」


 さすがに予想外な言葉だった。世の中はやはり思いどおりにならないようだ。

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