第85話
あれから順調に行っているかとテオドールは思っていた。
だが、日に日にアシュレイの顔には疲労感が増していき、目の下にはクマができる始末。とうとう思いつめた表情で「相談があるんだ」と言われた。
一日の作業後に通信のアーティファクトでリーズレットとの交信を終えたところで、アシュレイを自室に呼び出した。
寝間着姿のアシュレイはソファーに座るなり、盛大なため息をつく。
「どうした?」
「もう無理だよ……」
ポツリとアシュレイが言う。
「騙してるみたいで罪悪感がすごいんだ……」
ヒュミナに関することだろう。
「なにがあった?」
とテオドールが尋ねる。
アシュレイが言うには、ヒュミナの気持ちはアシュレイにほぼ傾いているらしい。何かと心配してくるところを、アシュレイは「テオにバレると大変だから」と袖にし続けていた。だが、とうとうアシュレイはヒュミナに「好きだ」と言われてしまったらしい。
「成功じゃないか。あとは、うまいこと彼女をコントロールして……」
「無理だよ。だって、全部嘘じゃないか……」
どう返答すべきか思案する。頭ごなしに否定したところで、口論になるだけだ。とりあえず、アシュレイの感情に寄り添ってから、うまく転がせばいい。
(なんて考えてる俺はクズだな……親友だぞ、アシュレイは……)
自分自身に呆れながら、テオドールはため息をつく。
「テオの期待に添えないのは辛いけど……」
「いや、今のため息は自分に対してだよ。アシュレイがそこまで傷ついていたことに気づかなかった。いや、気づいてたんだけど、気づかないフリをしていたんだな。すまない、アシュレイ」
言いながら頭を下げる。
「計画を変更しよう。これ以上、君はヒュミナに近づく必要は無い。俺にいろいろバレたという設定で、君を人質にして俺がヒュミナを動かす」
「それはそれでひどいよ……」
「だが、そうしないとカズヒコには勝てない」
「テオなら、勝てるんじゃないかな?」
「一対一なら、勝てないとは言い切らないが、仲間や護衛がいれば話は別だ」
テオドールはジッとアシュレイを見据えた。
「戦の基本は始める前の準備が全てだ。不確定要素を可能な限り排除し、こちらが望む形で勝負を挑む。全ての準備が終わっても尚、あとは賭けだ。想定外なことが起きることを見越して、とにかく必勝の形に持って行きたいんだ」
臆病と言われようとも、そうしないと生きてはいけない。戦術や戦略に穴があるだけ、死ぬ可能性があがっていく。
「ただ、今回のNTRの計は、カズヒコの行動を誘導するためと、最終的にメンタルをガタガタにさせるための作戦だ。ヒュミナの行動制限は俺が引き継ぐし、メンタルを攻めるのは、他のスケコマシ冒険家のほうを使う」
ヒュミナの言動さえコントロールしてしまえば、後は軍略に関する全権をテオドールに移譲させればいい。現状、合議制の形をとっているが、最終決定権はカズヒコにあり、もっというと、その裏にいるヒュミナにあると言っていい。
「まあ、恨みつらみを持たれるのは、けっこう大きな不確定要素だけど、短期間ならうまいことコントロールできると思う。いろいろ準備するヒマを与えなければ」
「そういうことじゃないんだよ……」
悲しげにアシュレイが言った。
「テオにも、人の気持ちを踏みにじるようなこと、してほしくないんだ……」
「どうしてだ? 俺がやらないと戦には勝てないだろ? それに、俺はもっとえげつないこだってしてきたぞ」
「……だとしても、嫌なんだ」
「どうして?」
「君が好きだから」
一瞬、時間が止まった。
「俺もお前を親友として好きだぞ、アシュレイ。だが、残念ながら俺に男色の気は……」
「僕は……じゃない」
「え? 今、なんて言った?」
「僕は男じゃないって言ったんだよ!!」
「は? なに言ってるんだ? お前は俺に生まれて初めてできた男友達だろ?」
「だから違うんだ! 僕は女なんだ!!」
「いやいや……」
「本当だよ!!」
不意に腕をつかまれ、胸に押し当てられた。まっ平だ。
「いや、男だろ」
「え? あ、サラシのまんまだ!!」
アシュレイが慌てて何やらゴソゴソしだす。シャツの下から布を抜いた瞬間、胸元がこんもりと盛り上がった。
「ほら!!」
言いながら手を胸に押し当てられた。柔らかかった。悲しいほどに柔らかかった。
「違う。これは鳩胸だ」
「僕のおっぱいだよ!!」
「違う!!」
「なんで認めないのさ!!」
やわらかい胸がある。手の中にある。大きさはリュカよりも大きく、レイチェルより小さいが、女性的な乳房がそこにあった。だが、認めるわけにはいかない。
「なにをバカなことを言ってるんだ、アシュレイ。お前が女のわけがない。それだと困る。非情に困る」
アシュレイが女だと、テオドールは唯一無二の同性の友達を失うことになってしまう。
「だから本当に女なんだよ! いろいろあって男として育てられてたんだよ! わかるだろ! ただでさえ、廃嫡されてるのに、そのうえ女だってなれば、絶対に王位なんて継げないじゃないか!」
「嘘だ……」
「嘘じゃない。今まで騙してたのは謝るけど……」
「そんな、どうして……騙してたんだ……?」
「言えなくて……」
「信じてたのに……」
「ごめん……」
「嘘だぁぁぁぁぁっ!!!」
思わず叫びながらテオドールは部屋から飛び出した。
「俺の男友達を返せぇぇぇぇぇぇっ!!」
自然と涙が出てきた。
もうなんか、いろんなものが全部どうでもよくなってしまう。
ひたすら叫びながら夜のバンドラーを走り、城壁をかけあがり、「うああああああ!」と発狂したように駆け抜けたところで膝から崩れ落ちる。
「嘘だ……アシュレイが女だったなんて……」
初めての友達だったのだ。
男の親友ができて、本当にうれしかったのだ。
「そうか……たしかに、こういう風に人を騙すのは良くないな……」
ヒュミナにしていたことをアシュレイにされたのだ。
「まあ、でも、女の親友がいたって変じゃ……いや、好きだとか言われたがな……」
友情すら成り立たなくなってしまった。
(親友を失ってしまった……)
悲しかったので、テオドールはそのまま男泣きに泣いた。
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