第84話

 ヒュミナとアシュレイの逢瀬は順調に進んでいるようだった。

 そこでテオドールは、ヒュミナがいるところで、殊更アシュレイへのボディータッチや仲睦まじげな雰囲気を出すように心がけた。


 世間一般的に言って、恋愛感情というのは障害があるほど燃え上がるモノらしい。

 ヒュミナの悋気を煽ることに腐心したが、当然、テオドールはなんとも思っていない。だが、アシュレイはガチで照れたりするので、本当にイチャついてるように見えてしまった。


(さすがは女優の子供だな……)


 アシュレイの演技力に舌を巻きつつ、ヒュミナの視線に鋭いモノを感じるようになった頃、アシュレイとヒュミナの逢瀬をやめさせた。

 それと同時にテオドールはヒュミナと廊下ですれ違った際にこう耳打ちした。


「随分と俺のアシュレイと仲がよさそうだが、アレは俺のモノだ」


 ヒュミナは嫌悪感を隠さずにテオドールを睨んできた。もし、かつてのヒュミナならば、冷静な顔で受け流していただろう。


「彼の嫌がることはやめてください」

「あいつが何を嫌がるって言うんだ? あいつが愛してるのは君じゃなくて俺だよ。これ以上の火遊びはやめることだな。君がどうなろうと知ったこっちゃないが、俺のモノにまで被害が拡がると困る」

「……友人としての同情です。下卑た妄想をしないでいただきたいですね」

「友人ねぇ。まあ、いいさ。どうあがいても、君はアレの友人以上にはなれない。俺と違ってね」


 と、厭味ったらしい男色家として恋の宣戦布告をしたりした。


 そんなわけで、計画は順調に進んでいるようだった。

 テオドールは執務室でアシュレイと向かいあうように座っていた。ちなみに魔力感知サーチで聞き耳を立てている者がいないのは調べてある。


「ほぼ、間違いなくヒュミナは君を憎からず思ってるよ、アシュレイ」

「まあ、うん、そうだね……」

「君も確信してるのか?」

「確信というか、向けられる視線が変わったのには気づいてるよ。ほら、学校の女子とかも僕にそういう目、向けてきてたし……」


 実際、アシュレイはモテていた。特に平民の女子からは手紙をもらったり、告白されていたようだ。その全てを袖にしてきたため、一部男子生徒からはやっかまれていた。


「順調だな。ここからは君次第だ、アシュレイ」

「どうしたらいいのさ?」

「会えない二人。募る想い。その壁を君が壊す。障害が崩れた時、理性もまた崩れ、感情は暴走する」


 そういうものらしい。


「俺が徹底的に君とヒュミナを会わさないように画策する。そこを君が自力で突破し、ヒュミナに会うんだ。当然、カズヒコにも見つからずにな」

「それは理解したけど……他の三人はどうするの?」


 正直、アシュレイが女タラシの如く、片っ端から女奴隷たちを堕としていってほしかった。だが、そもそもアシュレイはそういうことには向いていないようだ。核たるヒュミナのコントロールはアシュレイに任せつつ、他の奴隷たちは他の奴隷たちでテオドールが手を打っていた。


「アシュレイには黙っていたが、そちらはそちらでいろいろやってる」

「具体的には?」

「俺が直接動いているわけじゃなくて、女好きのアホってどこにでもいるだろ? 手を出しちゃいけない他人の女とかに手を出したがる奴とか……」

「まあ、いるね……でも、相手はカズヒコの奴隷だよ?」

「それでも暴走するバカがいるから、世の中は広いんだよ。ましてや、冒険者なんて危険な行為に麻痺してなきゃやれない仕事だ」


 それを言えば、西部騎士もそうだ。


「そういうバカを見繕って、思考を誘導して、カズヒコの奴隷たちと出会える場を用意はしている。ぶっちゃけ、進捗はアシュレイより速いぞ。既に一人は肉体関係を結んでる」

「クズばっかだ……」


 アシュレイはうなだれた。


「ま、バカを使うから、こちらでコントロールできないからな。カズヒコにバレるのが先か、君がヒュミナを完堕ちさせるのが先か。割と時間の勝負かもしれない」


 そうならないようにカズヒコの注意はいろいろ逸らしてある。男なんていうものは、熱中できるモノがあると、そちらに意識が傾くものだ。

 今はテオドールが作ったカジノにカズヒコはハマっていた。びっくりすくらいのツケができているが、時々回収はしてある。

 酒、女、ギャンブルは、ハマると抜け出しにくい。そのことばかり考えるようになってくれると非常に助かる。


「まあ、三十六階層の制覇ももう少しだし、三十七階層への進軍も近い。それまでには、ヒュミナを落としてほしいね」

「……仮に落とした後はどうするのさ?」

「ここぞというところで裏切らせる」

「彼女がカズヒコに殺されるかもしれないよ?」

「まあ、そうならないように努力はするさ。ただ、彼女は敵だぞ? 情を移すなよ」

「そうは言うけどさ……そんな風に割り切れないよ……」


 ため息をつきながら背もたれにもたれかかった。


「惚れたのか? まあ、それならそれで――」

「そんなわけないだろ。僕が彼女を好きになることは無いよ」

「そういう割り切りは大事だ」

「割り切りって言うか……まあ、いいけど……」


 言いつつアシュレイがテオドールを見てきた。


「テオはさ、もし、誰かがテオのことを好きになっても、ヒュミナみたいに利用しようって考えるの?」

「状況によるな」


 しないとは言い切れない。事実、事務員のキャシーがテオドールを好きなのは理解していた。そのうえで、彼女の事務員としてのスペックをフル活用するために、その感情を利用している。罪悪感が無いといえば、嘘になるが、彼女の想いに応える余裕は無いし、一般的な価値観と自分がズレていることにも自覚的だった。


 貴族社会において結婚は政治の一部だし、恋愛なんて娯楽でしかない。娯楽にかまければ、身を崩す毒となる。そんなテオドールでも、元妻であるリュカとレイチェルのことは愛しているし、二人のためなら己の死さえいとわない。

 友であるアシュレイに対してだって同じだ。可能な限り、彼のために力を貸すだろう。


 だが、その他大勢に対しては、利害関係が全てだというスタンスだった。

 領民のために善政を敷いたのも、領民を想ってではない。そちらのほうが都合よく統治できると判断したまでにすぎなかった。


 そういう風に合理的に判断しなければ、西部では生き残れなかった。

 感情は己を殺す。実際、感情の赴くままにスヴェラートと敵対していたら、西部は混沌とし、テオドールは戦の無限地獄に陥っていただろう。


「ただ、こちらも大切に想ってる人なら、俺だって利用しようなんて考えないさ。リュカやレイのためなら、俺は死ねる」

「まあ、そうなんだろうね。きっと、テオって内と外の線引きが明確なんだろうね」

「そうだな。そうだと思う。まあ、アシュレイにそうなれとは言わないが……」

「がんばってみるよ。できる限り……」


 アンニュイな表情を浮かべるアシュレイが、テオドールにはやけに艶っぽく見えた。

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