第81話

 テオドールはできうる限りの人脈を使い、カズヒコを歓待した。


 これまでバンドラーの執務を担っていたため、様々な方面に顔が利くようになっていたし、今回のカズヒコ来訪に備えて、制圧した都市から様々な人材や物品を集めていた。


 手に入る限り最高の酒と食材と料理人。高級娼婦に吟遊詩人。特に吟遊詩人志望のテオドールは、歌声にはこだわり選別した。


 最初、カズヒコは目を抉られながらも犬のように媚びへつらうテオドールを人前でバカにした。「プライドも無いのに騎士を名乗るのか?」とか「お前の姫とやらも卑しいんだろうな」とか、こちらの尊厳をへし折りたい一心で面罵された。


 だが、この程度の罵詈雑言などテオドールには響かない。


 スヴェラートという暗君のもと働いてきたので、どこ吹く風である。むしろ、スヴェラートの時はどうあがいても逆らう先は闇だったが、最終的にぶっ殺してオッケーな相手なので、その時を想像するだけで、微笑むことができた。


 そんな日々が一ヶ月も続くと、次第にカズヒコもテオドールを重用しはじめた。


 テオドールはなんでもこなすのだ。


 それこそジャッカスではできない無理難題を、テオドールはどうにか形にする。

 墜とせと言われたら都市を落とすし、あれが食べたい、これが飲みたいと言えば、時間はかけても目の前に持ってくる。場合によっては先読みして行動していた。


 更にヒュミナと呼ばれる褐色混血エルフの奴隷が、テオドールを信頼しはじめたのだ。彼女は軍議の場には必ずおり、直接発言することは無いが、カズヒコに耳打ちし、アドバイスをしていた。


 ある種の軍師的立ち位置となれば、テオドールの戦術眼や戦略眼を正当に評価してくる。あまり近づきすぎて、カズヒコの勘気に触れたくないので、ほぼ会話はしないが、ヒュミナがカズヒコにいろいろ耳打ちするたびにカズヒコのテオドールに対する当たりが柔らかくなっていったのだ。


 当然、テオドールもカズヒコへの絶対的忠誠心を全面に押し出していた。


 ヒュミナに疑われないよう、それも自分の本来の姫のためだということも隠さなかった。


「カズヒコ様が我が姫とご婚姻なされれば、私もカズヒコ様に引き続き仕えることができますね」

「聞くところによると美人らしいな。お前がそこまで言うなら、俺の女にしてやってもいいぞ」

「その時は、私からも姫を説得します。まあ、カズヒコ様との婚姻を断ることなどいたしますまい」


 という具合に姫と結婚してもらい、これからもカズヒコ様の下で働きたいですアピールをし続けた。


(ヒュミナはまだ警戒しているだろうけど……)


 頭が回るなら、露骨なまでに媚びへつらうテオドールを信じはしないだろう。だが、それでいい。ヒュミナが自分を警戒する分、ある意味、隙だらけなアシュレイへの警戒は薄くなる。


 いつの間にか、テオドールがカズヒコの横にいる頻度は、ジャッカスより増えていった。二月経つ頃には「テオ」と愛称で呼ばれるようになり、ある程度の信頼を勝ち取れた。


(さて、そろそろ仕掛けるか……)


 アシュレイにヒュミナを含め、カズヒコの奴隷たちを寝取らせる作戦である。最悪、ヒュミナだけでいい。アシュレイがヒュミナを落としてくれれば、残りの三人は女タラシの冒険者を放り込むつもりだった。


(愛情でヒュミナをコントロールできるようになれば、ヒュミナを通じてカズヒコをコントロールできる……)


 可能ならば、自分が信じていた奴隷が他に男を作って逃げ出す、などの事件を起こさせたい。アシュレイには無理だとしても、そう偽装させることは可能だろう。


 愛した者に裏切られるという精神状態に陥れてしまえば、女性に対して疑心暗鬼になるだろう。そこでヒュミナとカズヒコの関係に大きな亀裂を入れてしまえばいい。


(そうなった時、カズヒコが頼れるのは同性の友人だ)


 友情と信頼という感情でテオドールに対する依存度をあげていく。そうやってカズヒコのメンタルを揺さぶっている状況で、ミルトランとの戦を起こす。


 戦場でうまいことカズヒコを孤立させた瞬間に、自分がカズヒコの首を取る。

 信じていた友であり、部下であるテオドールに裏切られた時、カズヒコはどんな顔をするのだろうか?


(可能なら、ジャッカス含めた幹部連中も全員裏切らせたい!!)


 そこまで来ると、さすがに情報が漏れる可能性があるので自粛するが、もう全員に裏切られてフルボッコにされるカズヒコを見たかった。


 我ながら性格が悪いとは思うが、やはりスヴェラートを想起させるカズヒコのことは、好きにはなれないのだ。


(そういえば、スヴェラート様は今頃どうなってるんだろう?)


 なんやかんやで優秀な人材は多いのだし、うまく使えていれば、フロンティヌス公爵家も問題なく運営しているだろう。


(うまく使えていればな……ていうか、カズヒコにやったような媚びへつらいをスヴェラート様にもしておけば、あそこまで嫌われることは無かったのかな……)


 若かったのだと思う。今なら、もっといい関係を築けるかもしれない。

 そんな可能性を思い描いてから「無いわ~」と思った。


(ま、スヴェラート様の代わりにカズヒコ様には、ひどい目に遭ってもらおう。悪党だし、これっぽっちも良心が痛まない)


 今から、謀略の結果を想像するだけで、目の前のクズの無茶振りを笑顔でこなせるというものだ。


(さあ、アシュレイ。俺がこの阿呆を娼館で接待している間、ヒュミナたちに近づくんだぞ。君ならできる。ベッドドラゴンになって、墜としてくるんだ!)


 悪人の尊厳破壊を想像するだけで楽しい。スカッとする。そして、その計画が少しずつ進んでいるのが、また嬉しい。ワクワクする。


(これぞ、NTRの計なり……)


 などと考えながら笑顔でカズヒコにへつらうテオドールだった。

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