第80話

 宿に戻ったところで、テオドールはアシュレイに左目を確認してもらった。既に治癒魔術・改参ギガ・ヒールは使用済みである。


「うん、大丈夫そうだね。見える?」

「ああ、視力は問題ない」


 言いながら改めて左目を包帯で巻きなおす。


「治ったのにまだ包帯は必要なの?」

「この傷は治癒魔術・改参ギガ・ヒールを使わないと治らないからな。俺が使えるのは治癒魔術・改弐メガ・ヒールまでだと思わせておきたい」


 こちらを弱者だと見積もらせておきたいのだ。

 後で眼帯か何かを買っておこう。


「ごめん、テオ……僕が自分で動ければ……」

「無理も無いさ。転生者様はお強いからな」

「テオでも勝てない感じ?」

「うーん……」


 まだ全ての実力を測りきれたわけではない。


「剣術の腕だけで言えば、俺より上だな。ただ、俺が槍を使えば勝てると思う」


 一般的に槍術は剣術に比べて、二倍ほどアドバンテージを取れる。槍術二倍段と言われるのも、間合いの利があるからだ。


「ただ真っ当に強くなった雰囲気じゃないな。おそらく、あの剣術の腕前も特殊天慶ユニークスキルの恩恵だと思う」


 実際、冷凍の魔術を天慶スキル詠唱無しに使っていた。

 魔術式を使っての行使だということだ。しかし、魔術式の行使を転生者がすることは珍しい。言語体系が違うため、魔術式を理解するのが難しいというのをヴァーツヤーヤナが言っていったことがある。


「鉄の異跡守護者ゴーレムの生成だけじゃなく、実力や成長速度をあげる特殊天慶ユニークスキルを持ってる可能性があるな」

特殊天慶ユニークスキルって一つ持ってるだけでも珍しいのに……」

「まあ、普通はな……ただ、相手は神に愛された転生者だ。俺たちの物差しで測らないほうがいい」


 技量成長促進の特殊天慶ユニークスキルと、神機オラクル級の異跡守護者ゴーレムを生成する特殊天慶ユニークスキル。一つだけでもデタラメな能力を、二つも有している可能性がある。


「勝てるのかな……」

「勝てないとは言わないが、厄介な相手だよ。転生者本人も強いうえ、異跡守護者ゴーレムやアーティファクトを作り出して、他者も強くできる。個人としても強いし、集団としても強い。マジで隙が無い」


 アシュレイが悔しそうに視線を落とした。


「ただ、弱点はあると思う。主に三つ」

「三つも?」

「アシュレイ、君も考えてみろ。おそらく、その部分に関していえば、君でも勝てる」


 その言葉にアシュレイが眉根を寄せた。


「身体能力や筋力は無理だろ? だとすると知力とか?」

「それが一つ目だな。あいつは、おそらくバカだ。これまでの行動や戦略はヒュミナと呼ばれた女奴隷によるものだろう。彼女が有能で狡猾なら、カズヒコから考える力を奪っていくはずだ。そっちのほうが扱いやすくなるからな……」


 テオドールがジャッカスにしたのと同じ理屈だ。

 おそらく女色の快楽を与え、うまい具合にチヤホヤして承認欲求を満たし、自分に依存させているのだろう。


「だから、ヒュミナとカズヒコを切り離すことで、カズヒコの行動は超読みやすくなる。まあ、ヒュミナって奴隷が中途半端に優秀なら、それもそれで読みやすいんだが……」


 中途半端に優秀だと間違った手を打たなくなる。

 そういう意味で言うと、行動や思考は読みやすい。ただし、こちらの思いどおりに動かすには、それ相応の厄介さがついて回る。


「とはいえ、カズヒコが真の知恵者で、アホの振りをしている可能性もゼロじゃない。だから、確証が持てるまではバカだと思わないほうがいい」

「たしかにそうだね……他の二つはなんだろう?」


 うーんとアシュレイがうなっている。


「君にあってカズヒコに無いものはなんだ?」


 アシュレイが言いにくそうに「見た目とか?」とつぶやいた。


「ああ、それが二つ目だ。カズヒコの見た目はお世辞にもいいとは言えない」

「でも、見た目が良くても戦争の役には立たないじゃないか」

「そうか? アシュレイなら大抵の女性を、その見た目で篭絡できると思うぞ。これは充分な武器だ」


 テオドールの発言にアシュレイの眉間に皺が寄った。


「そして最後の弱点は心の強さだよ。ニホンからやってきたコーコーセーというのは、基本、メンタルが弱い。だからこそ、先ほどのように暴力に酔う」

「どういうこと?」

「自分に自信が無いのさ。だから、それを周囲に証明するために、殊更自分の大きさを見せびらかす。アレでいて不安のほうが大きいんだと思うぞ。まあ、見知らぬ世界に飛ばされて生き残らなきゃいけないんだ。無理もないさ」


 心の強さで言えば、アシュレイのほうが腹は据わっているし、テオドールの敵ではない。


「カズヒコは強い。でも、崩せないわけじゃない。俺と君が全力を出せば、余裕で倒せる」

「でも、どうやって?」


「俺は今日の出来事など無かったかのように、カズヒコに媚びへつらい、懐に忍び込む。ジャッカスを篭絡するのと同じ方法だな。ただ、今回は女奴隷という障害がある。彼女はおそらく俺を警戒するだろう。そこでアシュレイの出番だ」


 テオドールはアシュレイにニコリと微笑みかけた。


「君はヒュミナを含めたカズヒコの性奴隷たちを寝取ってくれ」


「はあ!?」


 叫ばれた。


「アシュレイの容姿の良さなら、大抵の女性はすぐに落ちるだろうさ。それに彼女たちだって、本気でカズヒコを愛しているとは限らないだろう? あとは、アシュレイのスキル次第だが、ベッドテクで骨抜きにするも良し。恋愛感情で心を縛って操るも良し」

「いやいや無理だよ! そんなのできるわけないだろ!」

「君がやるしかないんだ、アシュレイ。俺が不能じゃなきゃ俺がやってるよ」


 アシュレイほど整ってないにせよ、テオドールの容姿も悪いわけではない。


「でも、バレたら終わるじゃん!」

「俺がうまいことカズヒコのスケジュールを支配するさ。協力しあえば、逢瀬の時間はいくらでも作れる」

「でも、隷属のアーティファクトもあるし!」


 奴隷の首輪や腕輪には魔術式が施されている。

 主人を裏切ったりすると奴隷の命を奪ったり痛みを与えるものだ。


「たしかに隷属の首輪とかは厄介だな。自分で魔術式を書き換えることは難しい。でも、首輪をしてる本人以外なら、書き換えは可能だ。簡単なことじゃないが、俺ならできる」


 腐っても天級魔術師なのだ。それくらいできて当然である。


「でも、その……だって、僕……誰かと……つきあったこととか……無いし……」

「だったら今夜にでも娼館に行くか? そこで訓練を積むのも――」

「そ、そこまでしなくていいよ!!」

「そうだな。まあ、多少初心に見せたほうが、心の擦り切れた性奴隷には刺さりやすいだろう」


 人は自分に無いものを求める。

 心を殺し、性奴隷として振る舞わなければならない彼女たちは、薄汚れた性欲より、純粋な愛や恋慕こそ刺さる可能性があった。


「本当にやるの?」

「……王になりたいんだろ?」


 テオドールの問いかけにアシュレイは「うん」とうなずいた。


「でも、さすがに四人は難しいんじゃあ……」

「カズヒコにできるなら、アシュレイにだってできるんじゃないのか? 難しいようなら、媚薬なりなんなり使う方法もあるし……」

「いや、いくらなんでも、それは、かわいそうじゃないかな?」


 言いたいことはわからないでもない。


「いいか、アシュレイ。彼女たちは恐怖によってカズヒコに縛られている。君がやろうとしていることは、そんなひどい扱いを受けてる女性を救う行為だ」

「だったら媚薬とかダメだろ!」

「救われるだけじゃなく恋愛の多幸感と性的快楽も提供してあげるんだ。なぜ、そんなに躊躇するんだ?」

「いや、その……だって、僕だって……その……好きな人……いるし……」

「恋愛感情と性欲は別物だろう?」

「いや、一緒だよ! まさか、テオってそんな感じなの!?」

「いや、俺の場合、性欲が無いから。あっても発散できないから」

「……ごめん」


 目を伏せられてしまった。


「アシュレイが無理なら俺が魔術で脳に直接快楽を叩きこむって方法もある。ただ、自我が崩壊気味になるから、あまり使いたくはない。それこそ、かわいそうな結果になる」


 テオドールはため息まじりに腕を組んでアシュレイを見据えた。


「手段を選べるのは、いつだって強者だけだ。俺たち弱者は勝つために、あらゆる手段を講じなければならない。慈悲や道徳心は価値があると思うが、戦争中においては邪魔にしかならないぞ」


「わかってるよ……」

「それでも、アシュレイが嫌だって言うなら、他の方法を考えるさ。テキトーに女タラシな冒険者を見つけて、うまいことマッチングするなりなんなりすることも可能だし」


「いや、いいよ。僕がやる。やってみるよ」


 不承不承そうではあるが、覚悟を決めてくれたようだ。


「頼むよ、アシュレイ。二人でカズヒコを倒そう」

「うん、そうだね……二人で倒そう」


 疲れたような微笑を浮かべるアシュレイに、テオドールは思わずドキリとしてしまった。同性さえ惑わす魔性の美貌を持つのだから恐れ入る。


「さあ、とことん追い込んでやろうぜ。あの転生者が全員に裏切られた時、どんな顔をするのか今から楽しみだな♪」

「テオってほんと怖いところあるよね……」


 アシュレイの言葉にテオドールは「はははは」とテキトーに笑ってごまかした。

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