第79話

 三十五階層へとつながるゲート前に冒険者たちは並んでいた。

 バンドラーに詰めている兵士、総勢356名は沈黙を守っている。そんな彼らの先頭に立つのはバンドラー軍の司令官であるジャッカスと、その右腕であるテオドールおよびアシュレイを含めた幹部たちだった。


 今やテオドールはバンドラー軍の副指令という肩書きだった。ちなみにアシュレイは事務方のトップだ。テオドールの横で嫌が応にも事務仕事をしなければならず、半泣きになりながら事務仕事を吸収していった。


 不意に空間の歪みに光が奔る。

 ゲートから現れたのは黒髪に金の甲冑を着た少年と呼べる年齢の男性だった。歳は十代だろう。テオドールより年下に見える。

 ぱっと見、平な顔つきだな、と思った。ニホンから来るコーコーセーは、概してのっぺりした顔つきをしているらしい。テオドールが戦った転生者も、同じような顔をしていた。

 これがカズヒコ・タナカだろう。


 カズヒコに遅れて四名の女性がゲートから現れた。

 種族や人種に違いはあれども、どの女性も美人と呼べる容貌をしている。腕や首に奴隷を制するためのアーティファクトを装着していた。あの中にカズヒコにとってのブレインとも呼べる女性がいるのだろう。


 ジャッカスが「よく来てくれましたな!」と笑いながら近づいていく。カズヒコは興味なさげにジャッカスを一瞥する。


「時間をかけすぎだろ? たかが一階層の制圧にどれだけかけてるんだよ?」

「へぇ、すみません……」


 ジャッカスはへつらうように笑いながら頭をかいている。


「戦車に迫撃砲。それだけじゃなく戦闘機まで用意してやったんだ。なにやってたんだよ?」

「すみません。戦闘機の運用に手間取りまして……」


 カズヒコが特殊天慶ユニークスキルで生み出す兵器は、その習熟に時間がかかる。特に戦闘機と呼ばれる空飛ぶ異跡守護者ゴーレムは、本当に難しいらしい。訓練中に一機ほど損失している。


「戦闘機も一機落としたそうじゃないか……」

「すみません。訓練中の事故で……」

「パイロットは?」

「無事です。脱出装置でどうにか」

「目の前に連れてこい」


 その言葉にジャッカスは「オイリー!」と振り返りながら叫ぶ。呼ばれた冒険者は顔に包帯を巻いていた。オイリーは顔色を青くしながら、小走りでカズヒコの元へと近づいていく。


「どうして墜としたんだぁ?」

「す、すみません……まだ慣れてなくて……」

「俺の力なら、いくらでも生み出せる。だからって無駄にしていいものじゃないだろ? なあ? それくらいもわかんねぇのか?」

「わ、わかっています……」

「俺がいた世界だと、戦闘機は一機で何百億とするんだぜ? お前の命、何人分だろうな……」

「す、すみま――」


 次の瞬間、オイリーの左腕が刎ね飛ばされた。オイリーは叫びながら左腕を押さえる。ものすごく速い抜剣と納剣だ。あの湾曲した剣だからこそできる鞘走りの速さだろう。

 異国で使われる<カタナ>と呼ばれた剣に似ていた。


「ピー、ピー、騒ぐなよ。俺はお前らみたいなヤンキーっぽい奴ら、マジで胸糞なんだよ」


 オイリーは涙を目に溜めながら、口をつぐむ。


「そうだ。それでいい。俺の望みどおりに行動している限り、お前らは恩恵を得られるし、幸せになれる。マイルドヤンキーっぽく小さくまとまって生きてけよ」


 オイリーは唇をきつく結んだまま何度も首肯する。


「いや、でもよく考えたらギブアンドテイクだよなぁ? お前から俺はなにももらってない。失ってばかりだ。お前は俺になにをくれる?」

「な、なんでも! 命の限り戦います!!」

「戦うねぇ……その腕じゃあ無理だろ?」

「か、片腕でも戦え――」


 瞬間、オイリーが青白くなった。すぐさま魔術によって氷漬けにされたのだと悟る。


「戦うしか能が無いのに片腕になったら、無意味だろ。自分が使えねぇってアピールはバカのやることだ。ま、不良なんざ、どの世界でもバカだよなぁ?」


 そう言いながら氷像と化したオイリーを蹴倒すと、オイリーは音を立ててバラバラに崩れてしまった。砕けたオイリーを見ながらカズヒコは歪な笑みを浮かべジャッカスを見ずに口を開く。


「ジャッカス、何度も言うが、俺は無能が嫌いだ。わかるか、ジャッカス? 無能ってのは俺の時間を無駄に使うって意味だ? わかるよな? ジャッカス」


 ジャッカスは笑顔を貼り付けたまま「はい」と震える声でうなずいた。


「自分が無能だって言う自覚はあるんだな?」

「いえ、そういう意味では――」

「じゃあ、どうやって――」


「カズヒコ様」


 不意に後ろに立っていた黒髪に褐色肌の女性が口を開いた。どうやらエルフの血が混ざっているらしく耳は尖っている。白いローブのような服装越しにも、その扇情的な起伏のある肢体が見てとれた。


「なんだい、ヒュミナ」


 ジャッカスたちに向けていた声とは違い、穏やかな声音となっていた。


「ジャッカス様は当初の予定よりも早く三十六階層を制圧しております」

「へぇ、そうなんだ。知らなかったよ」

「はい。この倍はかかるかと思っていました」

「でも、急に速くなっただろ? サボってたってことじゃないのか? こんなチンピラカス、庇わなくていいぞ、ヒュミナ」


 そこで慌ててジャッカスが口を開く。


「カズヒコ様! 実は優秀な人材が仲間になりまして! そいつのおかげで、こんなに速く進んだんです!」

「……へえ、それは誰だ?」

「テオドール! アシュレイ!!」


 ジャッカスの呼ばれたテオドールたちは目を伏せながら、カズヒコの前に跪く。


「こいつらは、三十七階層のミルトランから逃げてきたんです。主人をヒルデに捕まったとかで」

「そんなに有能なのか?」

「はい! 特にテオドールはいくつもの都市を墜としています」

「どっちだ?」


 テオドールは頭を下げたまま「私がテオドール・シュタイナーです」と声をあげる。


「なぜ、ミルトランから逃げてきた?」

「主人を女騎士ヒルデに奪われ、人質に取られました。その奪還のお力を借りたく思い、カズヒコ様の軍に入りました。横にいるアシュレイも同じ思いです」

「二人とも顔をあげろ」


 言われてテオドールとアシュレイが顔をあげる。カズヒコがアシュレイの顔を見て、目を大きく見開く。後ろにいた女性陣も揃ってアシュレイを見た。

 無理もない。

 アシュレイの美貌は同性さえ狂わすのだ。何度か冒険者に夜這いをしかけられたところを救ったりもしたほどだ。


「アシュレイと言ったな。お前、女か?」

「い、いえ。男です」

「そうか」


 もし「あとで俺の部屋に来い」とか言われ、男色の道に誘われる場合、自分はアシュレイの親友としてどうするべきか? と悩んだ。カズヒコは好色だと聞いている。


(そうなった場合、俺はどうしたら――)


 などと考えた瞬間、嫌な予感がし、テオドールはアシュレイの首根っこをつかんで後ろへ放り投げた。


 瞬間、予見した未来を受け、どうするべきか考えた。反撃すべきか? とも考えたが、もし、カズヒコの実力が自分と拮抗する場合、アシュレイは死ぬ。


 なので、テオドールは、あえてその刃を受けた。


「リア充陽キャっぽい割には、いい反応だな」


 面白そうに笑いながらカズヒコが剣を鞘におさめる。テオドールの右腕の肘から先が、ポトリとその場に落ちる。遅れて血が噴き出した。


「いきなり何を……!」


 抗議の視線を向けた瞬間、剣尖が左目の前にあった。


「敵方から流れてきたんだ。忠誠心を計るのは当然のことだろ? バカか、お前」

「二心はありません」

「だろうな。お前はあえて俺の剣を受けた。クソ生意気だが、忠誠心を疑っちゃいない。だが、その女みてぇな顔をした男はダメだ」

「なぜ?」

「顔がいい奴ってさ、なんの努力しなくても女が寄ってくんじゃん? ムカつくだろ? 女なら使ってやってもよかったが、男ならいらんだろ? その顔に二目と視れない傷をつけてやるだけだ」


 要するに美少年アシュレイへのくだらない嫉妬ということだろう。


「おやめください」

「なんだ? まさかお前の恋人かなにかか? ケツ穴確定かぁ?」

「友です。もし、彼を傷つけるのでしたら、私の目をくりぬいてください」

「へぇ、わかった」


 瞬間、左目から光が消えた。

 焼けるような痛みに歯を食いしばる。


(こいつ、マジか……マジで俺の目、突きやがった……こういうとこ、スヴェラートに似てる。超似てる……)


「テオ!!」


 叫ぶアシュレイを手で制する。


「これで……ご満足ですか?」

「ああ、満足だ。お前の顔も、リア充っぽくてムカついてたしさ。ま、これに懲りずに俺の役に立つんだな。そしたら、お前らの姫とやらも助けてやるさ。顔が好みだったら、ついでに俺の子も孕ませてやるよ」


 楽しげに笑いながらカズヒコは剣を鞘に納めた。そのままジャッカスが先導するようにカズヒコを連れていく。

 カズヒコが離れたところで、アシュレイが半泣きになりながら「テオ!」と近づいてきた。落ちた腕を泣きながら持っている。


「大丈夫だ。この程度のケガなら治癒魔術・改弐メガ・ヒールで治る」


 治癒魔術ヒールを潰す魔術式が乗った斬撃ではなかった。だから、この程度の損傷は取るに足らない些事である。ただ、目に関しては眼球をえぐり取られてしまったので、治癒魔術・改参ギガ・ヒールによる再生が必要だった。


 包帯を左目に巻きながらテオドールは内心で笑った。


(よーし、あいつは絶対ぶっ殺してやる。ただでは殺さないぞ♪ 心も体もズタボロのぼろ雑巾のようにグチャグチャにして殺してやるからな♪)


 怒りは感じない。

 そんなものはスヴェラートの相手をしていた時に燃え尽きている。

 今感じているのは、むしろ喜びだった。

 言い換えるならば、ふさわしい敵への殺意ともいえる。


(久しぶりだよ、こんなにも手段を選ばなくていい相手と出会えたのは……)


 テオドールはニコリと微笑む。

 そんなテオドールを見ながらアシュレイが震えていた。「どうしたんだ?」と尋ねたらアシュレイは首を横に振って「なんでもない」と目を伏せた。


 後にアシュレイは述懐する。「テオは本気で怒ると笑うんだ。あの笑顔は本当に怖かった」と――


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