第78話

 ある日、ジャッカスが慌てた様子で執務室へと飛び込んできた。「テオドール!」と名前を叫びながらの入室に、キャシーがビクッと反応する。


「どうした、ジャッカス……これ以上仕事を増やさないでくれよ」

「悪いが、こっちの業務が最優先だ」


 言いながらニヤリと笑う。


「とうとう俺らの大将が三十六階層ここに来る!」

「カズヒコ・タナカが?」

「本人の前では様呼びしろよ。ものすげぇ短気だからな、あいつ……」


 そういうジャッカスはカズヒコと呼び捨てをしていた。


「とにかく歓迎パレードだ。大将を派手に迎えないとな」

「規模にもよるが、予算は既にカツカツだ」

「戦利品横流ししてただろ? 市場の税収もあがってるって話だし、そのアガリを使えよ」

「無いことも無いが、常備兵の給金用にとっておきたい。戦が始まれば、更に金がかかる」

「細けぇこと言ってんじゃねぇ! いいか! 俺らの大将が着陣するんだ! 派手に祝ってご機嫌うかがっとくべきだろ! だいたい、てめぇも姫を助けたいんだろ?」


 ため息が出てくる。


「たしかに総大将の着陣は士気があがる。だが、そこから先はどうするんだ? すぐに進軍を開始するのか? そうでないなら、士気をあげても無意味だ」

「それは知らねぇよ……」

「三十五階層の兵は連れてくるのか? 補給はどうなる? 一応備蓄はあるが、準備期間が足りなさすぎる」

「そこをどうにかするのがてめぇの仕事だろ!」


 無茶振りだなぁと思うが、西部時代で慣れている。だが、言わなければならないこともあった。


「ご機嫌とりは確かに重要だ。円滑な関係を築くためにな。だが、その後、そのくだらんおべっかのせいで兵站管理に支障を来せば、それこそ信頼を失うぞ?」

「その時はテキトーな奴に罪をおっかぶせればいい」

「……本気で言ってるのか?」

「本気だよ。あのな、お前がどんな期待をカズヒコに抱いているが知らねぇが、あいつは強いだけのクズだ」


 堂々と言い切っていた。


「……そうか? 戦略的に極端な間違いを犯してるとは思えないぞ」


 王国対策のためのゲート封鎖に、ミルトランへの揺さぶり、更に冒険家にアーティファクトを装備させ、戦術の面にも革命を起こしている。

 性格がクズだとしても、頭はキレるというのがテオドールの評価だった。


「それは、カズヒコが囲ってる奴隷のおかげだよ。一人、頭のキレる女奴隷がいる。そいつが、カズヒコをうまく操ってるのさ」

「軍師がいるということか……だったら、その女のご機嫌こそ窺うべきじゃないのか? 頭がキレるなら、こちらの愚行も見抜くだろ?」

「かもしれねぇが……結局、カズヒコの力で最後は勝つ。責任問題ってのは負けた時に生じるもんだぜ?」


 どんぶり勘定、ここに極まれり。

 仮に何かしらの損失が生じても、ジャッカスは責任を取るつもりがないようだ。最悪、テオドールをトカゲの尻尾として切り捨てるかもしれない。

 実際、どのような組織でも、責任を取らない者が生き残るのが世の常だ。


(ま、そこまで愚かではないか……)


 今やバンドラーはテオドールがいなければ回らなくなっている。最近は事務仕事だけではなく、ジャッカスが行っていた軍務もテオドールが処理していた。

 主に魔物狩りや、占拠したダンジョン内都市間の流通護衛任務だ。何度か都市に魔物の群れが攻めてきたが、その時はテオドールとアシュレイで無双して追い払った。


 今や、バンドラーの冒険家たちのリーダーは名実ともにテオドールとなっており、ジャッカスはお飾りのリーダーとなっている。

 この状況をジャッカスがどう考えるかわからない。自分の地位を脅かす者としてテオドールを排除しようと動く可能性もゼロではなかった。

 当然、網は張っているが、そういう動きは無い。今のところは。


「俺としては反対だが、あんたには借りがある。あんたの顔を立てろと言うなら、まあ、やってやれんことはない」

「助かるぜ、テオドール! 派手に頼むぜ!!」


 嬉しそうに肩を叩いて抱きしめてから部屋を出ていった。


(現場指揮官としては有能なんだろうが、捉え方が矮小な戦術レベルだな……善人でもないが、嫌いにはなれないんだよな。扱いやすいし……)


 というのが、今のところのジャッカスに対する評価だった。戦略家とまでは行かないし、そうならないように誘導してきてはいる。現状、酒と女食に溺れているが、カズヒコ・タナカがバンドラーに詰めるとなれば、行動は変わってくるだろう。


(そうなれば、傀儡化が解けるかな? ま、そうなる前に転生者の懐に入ればいい)


 戦略を考えているのが本人ではなく、囲っている女奴隷だという新たな情報も手に入った。実際、会って話してみない限り、判断できないが、そこがカズヒコ・タナカの弱点の可能性がある。


(遅効性の毒が回るように内から人間関係を壊していくか……)


 内心でほくそ笑んだ瞬間、嫌気が差してきた。


(リーズには悪いけど……これじゃあ、あの陰険フレドリクと同じだな……)


 騎士時代から、こうやって他人を信じず、悪だくみをしていたから、家臣がついてこなかったのかもしれない。いや、そんなことは無い。


 信じたら信じた分だけ裏切ったり、謀反をかましてくるのが、西部騎士だ。情だけでも利だけでも繋いでおけない狂犬相手に油断するのは、それこそ愚かなのだ。


(ま、相手がなんであれ、西部流でうまくやるしかないんだよな……転生者が扱いやすい人間だと助かる)


 頭の中で転生者対策の絵図を描きながら、同時に事務処理をこなすテオドールだった。

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