第77.5話E

 襲撃後、三日は満足に動くことができなかった。

 テオドールから授かった天慶スキルの反動だろう。全身が痛かったし、憂鬱な日が続いた。そんなリーズレットを心配してヒルデは宿に顔を出してきた。


 あの一件以降、ヒルデはリーズレットの本物の騎士となった。


 かつてのように口説き落とそうとすることは無くなり、純粋な憧れと忠誠心を向けてくる。幹部会議においても、これまでのように気ままな発言をしなくなり、リーズレットの発言に全てを委ねていた。


 それどころかリーズレットに何かを命じられるのが嬉しいらしく、何かにつけ「私にできることはありませんか?」と尋ねてくる。そんなヒルデの変化を見たラースたちは、それまで以上にリーズレットの言葉を聞くようになった。


(ヒルデの権力は私に移譲されたと見ていいわね……)


 予想以上の成果だと言えた。


 とはいえ、人の感情は永遠ではない。いつまで、この状況が続くかはわからないので、リーズレットは微笑みながらヒルデの心を掌握していかねばならない。


(その前に釘は刺しておかないと……)


 リーズレットはとある宿を訪れた。

 リリアがリーズレットの来訪に驚いていたが、すぐに笑顔で迎え入れてくれる。


「シローはいるかしら?」

「部屋で寝てるよ」


 そのままシローの部屋へと向かい、扉をノックする。中から声が聞こえてきたので「失礼するわ」と中へと入った。シローは寝ぐせのついた頭をかきながらリーズレットへと視線を向けてくる。


「どうした? 珍しいな」

「あなたにお礼を言おうと思って」

「なんの?」

「ほら、あなたにレストランの招待券をいただいたでしょう?」

「ああ、そうだったな。楽しめたか?」

「まさか、あなたもレストランもグルだったなんてね」


 微笑みながら言う。一瞬、シローの表情が固まったが、すぐに「なんの話だよ?」とすっとぼける。


「あなたが首謀者だとは思わないわ。誰かに頼まれたんでしょう? 無理も無いわよね、ヒルデの暴走っぷりは看過できなかったもの」

「だから、なんの……」

「いいから聞いて」


 微笑みを崩さず、シローを黙らせた。


「その首謀者は私とヒルデが定期的に食事をするのを知っていた。そして、彼女がしたたかに酔うことも。でも、いくら酔っているとはいえ、ヒルデは強いわ。神機オラクルを持ってるもの。そこで、その首謀者は策を弄した」


 微笑みながらシローのベッドに腰かける。そのまま固まるシローを見つめた。


「とある高級レストランは武器携帯が御法度。そこにならヒルデも神機オラクルや武器を持ってはいかない。ただ、彼女が自らそこに行くとは考えられない。私が誘わなければ」


 ニコリと微笑みを濃くする。


「それでも、当日、ヒルデがしたたかに酔ってくれるとは限らない。そこで、レストランとも手を組んでお酒に一服盛った。おかしいと思ったのよ、酒豪のヒルデがあの程度のお酒で、千鳥足になっていたしね。それに、頼んでいた馬車もいなくなっていたわ。おそらくお店側が帰したんでしょうね……」


 シローは無言のまま固まり、リーズレットから目をそらす。


「策を弄するなら、もっと偶然を装わないとダメよ。だって、明らかに作為のある流れだったもの」

「……ヒルデは気づいているのか?」

「安心して。招待券は私が買ったと伝えてあるから」


 その言葉にシローが「そうか」と息を吐いた。


「でも、どうして言わない?」

「あなたたちにはお世話になったから。死んでほしいなんて思わないわよ」


 シローは言葉の意図を探るような視線を向けてくる。


「首謀者にも伝えておいて。ヒルデにはもう暴走させない。彼女、私の言うことなら、なんでも聞いてくれると思うから。むしろ、あの襲撃のおかげでヒルデは私に忠誠を誓ってくれたのだから、お礼を言いたいくらいよ」


 そう言いながらベッドから立ち上がる。


「でも、また同じことを考えたりするのはオススメしないわね。私はみんなと仲良くしたいの。そう、首謀者にも伝えておいて」

「……ああ、伝えておく」

「それと、あのレストランの料理、おいしかったわ。久しぶりに料理らしい料理を御馳走してくれてありがとう」


 綺麗に微笑んでシローの部屋を後にした。


(これで楔を刺せたわね……)


 シローたちの命はリーズレット次第という状況になった。

 これで、シローを含めた首謀者たちはリーズレットに逆らえなくなる。もし、敵対行動に出れば、ヒルデに全てをぶちまけられるのだ。そうなれば、烈火のごとく怒った最強の女騎士が関係者を皆殺しにするだろう。


(でも、思った以上にうまく行ったわね……)


 実は、今回の襲撃にはリーズレットも一枚噛んでいる。

 正確に言うと、そうなるように仕向けたと言っていい。


 そもそもヒルデを排したいという感情があるのは、リーズレットも感じていた。だが、それをさせない武力をヒルデが持っているし、基本、ヒルデには隙が無い。


 そのヒルデがリーズレットと一緒の時は酒を鯨飲し、したたかに酔うということを、リーズレットはいろんなところでボヤいていた。ある種の撒き餌だ。こざかしい者なら、その状況を利用してヒルデを討ち取るということを考えてもおかしくはない。


 そうなってくれると助かるな、と思っていたところにシローから大した理由もなくレストランの招待券をもらったのだ。


 仕掛けてきたな、と思った。


(ヒルデがピンチになったところで私が助ける。テオからもらった天慶スキルなら、それが可能。ただ恩を売るつもりだったけど、まさか、あそこまで心酔されるなんて……)


 リーズレットの絵図よりもうまく転がってくれた。


(私もまだまだね……ヒルデのことをもっと知っていれば、こういう結果になることは読めたかもしれないわ……)


 この成功に慢心してはいけない。

 常に完璧を目指して精進しなければ、西部では生き残れないのだから。


 宿の出口に向かったところでリリアが「シローになんの用だったんだい?」と笑顔で尋ねてくる。


「たいした用じゃないわよ。シローから聞いておいて、リリア」


 と、首謀者に微笑みながら宿を出た。


(あなたのためにがんばったわ、テオ。全部終わったら、褒めてね……)


 テオドールのことを考えるだけで足取りが軽くなる。

 今夜は久しぶりに定期連絡の日だ。今回のことを報告すれば、きっと喜んでくれるだろう。


(大好きよ、テオ……あなたのためなら、なんだってできる)


 自然と頬が緩くなるのを感じながらリーズレットは雑踏の中へと紛れていった。

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