第77.5話C
リーズレットを迎えに来た時、ヒルデの格好に驚いた。パンツにフォーマルなジャケット姿。どこぞの貴公子とも思える姿だった。髪をアップして結っているし、その美貌故に女性だとわかるが、さすがのリーズレットも見惚れそうになる男装の麗人だった。
「お迎えにあがりました。リーズレット様」
ヒルデは騎士として隙なくリーズレットをエスコートしてくれた。リーズレットの家からレストランまで大した距離ではないのだが、わざわざ馬車まで用意した徹底ぶりである。
(露骨だなぁ……)
内心で苦笑を浮かべつつリーズレットも微笑を崩さなかった。西部にいた頃から貴族男性のアプローチは死ぬほど受けてきたので、相手の面子を潰さずにかわす術は心得ている。
ヒルデがどんな画策をしていたとしても、暴力に訴えられない限り、嫌われずにかわせると思っていた。
馬車の中で談笑している間にレストランに到着した。
普段、ヒルデに連れ出される場末の酒場と違い、建物も豪奢だし、店員も礼儀正しい。店主の怒号や冒険者同士の口汚い罵り合いも聞こえてこなかった。
そのままテーブルに通された二人は相対しながら運ばれてきた料理を口にしていく。普段は豪快な飲みっぷりを見せるヒルデだが、今日は大人しく果実酒に舌鼓を打っていた。さすがは元令嬢だ。テーブルマナーにも隙が無い。
ヒルデを改めて見てみる。同性とはいえ、下手な男性より魅力的だと思った。
ヒルデのパーティーメンバーは全員、ヒルデのファンのようなもので、みんなヒルデに恋をしていた。そのため、なにかと一緒にいることの多いリーズレットを見る目は険しかったが、直接何かを言ってくることは無い。
「今日もリーズレット様はお美しい」
酒が進んできたのか、いつもの口説き文句が始まっていた。リーズレットは微笑みながら「ありがとう」といなす。
「いや、申し訳ございません。今夜はこんなことを言うつもりはなかったのですが、どうやら酒が強いらしい……」
その言葉どおり、ヒルデの顔は紅潮していた。普段は麦酒を十杯飲んでもケロリとしているのに珍しい。
その後はいつものように強かに酔いはじめたヒルデが豪快な笑い声をあげながら騎士道を語りだす流れとなった。リーズレットは聞き役に徹し、ヒルデを持ち上げ、気分が良くなるようにうながしていく。
(こういうことをするから執着されるんだろうけど……)
誰の助けも無い状況において、ヒルデの武力は側に置いておきたい。可能ならば、完全なる主従関係を結ばせたいとも考えていた。
今夜は、そのための会食だと言ってもいい。
デザートが運ばれてきた時には、ヒルデは体を揺らす程度に酔っていた。多少の違和感を覚えつつも、同時に確信めいたものを感じはする。
「ヒルデ、そろそろ帰りましょうか? 今日はいつもより酔ってるようだし」
「うぅ……あれぇ? そんにゃに飲んでにゃいのにぃ……リーズレット様が……グルグル……してるぅ……」
招待券による会計を済ませ、外に出たが、ヒルデが用意した馬車が無かった。
「あれぇ? 私の手配した馬車はぁ……?」
「先に帰っちゃったとか?」
「ぶった切ってやる!!」
とヒルデは腰に手を回すが、そこに剣は無い。リーズレットはレストランの使用人に馬車の手配を頼めるか尋ねたが「今日は無理だそうで」と言われた。
「しかたがないから歩いて帰りましょう」
「おかしいにゃあ……ちくじょう……リーズレット様を歩かせるなんて……」
「いいじゃない。もっとあなたと話したいこともあるし」
「リーズレット様ぁ……チュウしてください」
「それはしないけど」
苦笑を浮かべつつ肩を貸しながら歩いていく。ヒルデのパーティーが詰めている家に向かって歩いていたら、不意にヒルデが「クソがぁ……」と毒づき、止まった。
「どうしたの?」
「そのままで聞いてくれ……ください……襲撃だ……」
うめくようにつぶやく。
「失敗した……
「ええ、無いわ。敵の数は?」
「後ろから三人……おそらく前からも……」
その言葉どおり、影が五つ現れた。
歩を止める。
ヒルデは深く息を吐きだす。酒気を帯びた臭いだ。
「逃げてください、リーズレット様」
「相手は八人よ。武器も無いのに勝てるの?」
「はっ! 勝てずとも戦うことはできます」
酔ってはいるが、眼光は暗く鋭くなっていた。西部騎士らしく死を見つめている目だ。
「前の五人を突破します。私が魔術で奇襲し、囲みを突破。全速力で逃げてください」
「あなたはどうするの?」
「さあ、勝てば生き残って、負ければ死ぬだけです」
そう言って駆けだす。酒のせいで、いつものような機敏さは無い。
それでも、獣のような殺気を帯びるながら。
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