第77.5話B

 ヒルデは、自室でみだしなみを整えていた。


(リーズのほうから誘ってくるとは……)


 しかも、場所はミルトランで最も高級なレストランである。

戦時下でほとんど開いてはいないが、たまに思い出したかのように店を開き、ミルトランの食通たちをうならせていた。


 そんな特別な店にリーズレットから誘われたのだ。


(これはなにかある……!!)


 リーズレットは覚えていないだろうが、ヒルデは昔、西部にいた頃、リーズレットを見かけたことがあるのだ。


 その頃はヒルデも貴族令嬢の箱入り娘だったし、覚えていないのも無理は無い。当時はまだバイセクシャルではなかったので、純粋に「お人形さんみたいに綺麗な子」と思った。そんな美少女と、まさかダンジョンで再会するとは思わなかった。


 初めて見た瞬間から可憐な美少女だと思っていたが、再会してもその感想は変わらなかった。いや、それ以上にもっと強くなるほどだった。


(私が男の魔の手から守らねば……)


 と思った。

 それは今も変わらない。


 そもそもヒルデが冒険者になるまでには、いろいろあった。

 箱入り娘の貴族令嬢が男性嫌いになり、女だけのパーティー組むようになったのには、波乱万丈な半生がある。


 テオドールに家を滅ぼされ、どうにか家臣によって逃がされたが、その家臣の男に騙され、汚され、蹂躙され、ひどい目に遭わされ続けてきた。最終的に元家臣の男は山賊に襲われて死に、ヒルデは運よく捕まらずに生き延びた。いや、運悪くだったかもしれない。


 ただ守られるだけの姫に、一人で生きていく覚悟も術も無かったのだから……。


(……白馬に乗った王子様なんていないんだ)


 空腹の末、干し肉をわけてもらうために自分の体を差し出した時、この世界の理を理解した。


(だったらもういい……姫として生きるのは諦めます、父上……)


 事前の約束を破り、ヒルデの中で男が果てた時、そんな決意をした。


 同時に男の首を魔術で吹き飛ばしたのだ。

 その瞬間、貴族令嬢としてのヒルデ・ヴァンダムは死に、女騎士としてのヒルデ・ヴァンダムが生まれた。


 それからは生きることが楽になった。

 殺した男の装備を奪って、そのまま使うことにした。

 獣性の法のもと、力を振るい、奪い、壊して、殺して生きてきた。

 もともと教養としての魔術や武術は学んでいたが、殺しあいにおいて生兵法など意味を成さない。


 殺すという決意のもと、命を捨てて斬りかかればいい。


 どうせ自分の人生に意味は無い。

 死ぬなら死ぬだけだ。それが望みだ。さっさと終われ。そう思いながら辻斬り強盗を続けた。


 捨て鉢になりながらも、男に襲われている女性がいれば助けた。そのまま戦い方を教えることを繰り返し、今のパーティーを形成するに至った。


 白馬に乗った王子などいない。

 犯されたり、殺される姫を助けてくれる者などこの世にはいない。

 少なくとも、自分にはいなかった。


 だったら自分がなればいい。

 か弱い姫を救える白馬に乗った王子様に――


 だから、ヒルデは女を食い物にする転生者が嫌いだった。

 そんなクズと戦おうともしない男どもも同じくらい嫌いだった。


(テオドール・アルベイン……貴様は仇だが、あのクズと戦う決意をしたことは認めてやる)


 正直、テオドールに対して感情的な意味での恨み言は、無いと言っていい。

 姫だった時は「家さえ滅ばなければ」と恨みもしたが、騎士になった後は、戦争の作法の結果だと理解している。


 ただ、自分が理想とする騎士や王子ならば、家族の仇を諦めはしないだろうと思った。ましてや、相手が強大ならば、余計に退くわけにはいかない。


 よってテオドールはヒルデにとって敵である。だから、躊躇はしない。打ち倒す。

 あらゆる手段を使って滅ぼす対象だ。


(テオドールよ、貴様の姫は私がもらう……)


 金髪の髪を結い、男用のフォーマルな服を着ていく。


(貴様の姫を私が寝取ってやる。私にリーズレット様を預けたこと、後悔するのだな!)


 などと考えながらヒルデは会食の準備を続けていった。


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