第77.5話 A
ミルトランにおいてリーズレットは雑務を処理していた。
戦用の兵站管理に人員管理、軍団編成の命令系統の見直しなどを、ラース直下のもと行っていた。
金や物品の流れが見えてくればくるほど、ミルトラン側のずさんな管理や現場の人間による汚職の横行が目に見えてくる。すぐさまラースには相談するのだが、ラースはそれを問題としては捉えていなかった。
知った上で黙認しているようだ。
告発するのは簡単だが、それをやったところで周りに敵を作るだけである。リーズレットも黙殺しつつ、いざという時のためにラースを刺す弱みとしてストックしておくことにした。
そんな風に組織の腐敗を目にしつつも、リーズレットはリリアたち幹部ともうまくやっていた。話を聞き、小さな貸しを作っていく。予算管理の実務も小さな事務も請け負っていたので、貸しを作りやすい。
その中でも特に親交を深くしていたのは西部騎士のヒルデだ。
ヒルデのパーティーはヒルデをリーダーとした女性冒険家だけのグループだった。この手のパーティーでよくあることだが、同性愛者たちのパーティーとなる。
そのため、容姿端麗なリーズレットは何かと好かれることとなり、ヒルデは理由をつけてリーズレットを連れ歩くことが多かった。リーズレットに同性愛の気は無いが、嫌悪するとまではいかない。政治的に必要ともなれば、一線を越えない程度に科を作るくらいはできた。
嫌われるより好かれるほうがいい。
利用できるモノはなんでも利用し、アドバンテージを取るのが西部における生存戦略だ。姫であろうと騎士であろうと、そこは変わらない。
「リーズ様、リーズ様……」
と酒に酔うとヒルデはリーズレットにしなだれかかってくる。酔った振りをしながら抱き着いてくるのだが、そこは気付かないフリでスルーしていた。実際、ヒルデがリーズレットを性欲の対象として見ているのは、出会った瞬間から察していた。
だが、テオドールには言っていない。
変な心配をかけたくないからだ。
「またこんなところで呑んでるのか?」
呆れたような声に振り返れば、シローが立っていた。
「あら、シロー、珍しいわね。どうしたの?」
「いや、最近、あんたとヒルデを場末の酒場で見かけるって噂になってたからよ」
「なんだぁ、貴様ぁ……私とリーズ様の……ひっく……邪魔をするのかぁ?」
「大丈夫かよ、あんた……」
「大丈夫に決まっているだろうっ!!」
シローは呆れたように肩をすくめる。リーズレットは苦笑を浮かべつつ店員を呼び、支払いを終えた。それに気づいたヒルデが体を揺らしながら口を開く。
「リーズ様ぁ、どこにぃひっく! 行くんですかぁ? あなたの騎士はぁ……もう……限界です……」
「酒場の上で休んだら?」
「連れてって……」
甘えた声に「店の人に頼んでね」と答える。下手に部屋へ連れていこうものなら、その勢いのまま押し倒されかねない。
「なんだ、帰るのか?」
「ええ。もし、よければ送っていってくれないかしら?」
「ああ、最初からそのつもりだよ。あんたは対テオドール用の最終兵器だからな」
シローたちはヒルデのせいでテオドールがミルトランからいなくなり、転生者軍についたと思い込んでいた。そのため、テオドールとの戦闘を避けるためにはリーズレットが必要だと言う認識なのだ。
リーズレットも逃げるつもりは無い。誤解が生じたせいだから、話すチャンスさえあれば、テオドールを説得すると約束している。
シローはリーズレットを連れ立って酒場を出た。
「あんたみたいな姫様に、あの酒場はきつくないか?」
「もう慣れたわよ」
「そいつはすごい。俺でも、あんな地獄の底みたいな飲み屋は御免だね。ヒルデも姫様連れ歩くなら、もう少しマシな店に行けばいいのによ」
呆れたようにシローが言う。
「けっこうヒルデと呑んでるのか?」
「五日に一回くらいのペースね。私が相手をしないと機嫌が悪くなるし……」
「高級娼婦か何かと勘違いしてんじゃねーか、あいつ……」
「言っておくけど、手は出させてないわよ」
「ま、そっちの話には踏みこまねーさ。ただな、あの辺の店は治安が悪い。もう少しマシなところに行ったほうがいいぞ?」
「……お店とか知らないのよ。お酒飲むわけじゃないし」
「あんたみたいな姫様なら、中央通りの店なんかがオススメだな。シャレてる店でよ、俺も女を落とす時には使わせてもらってる」
「あら、浮気? リリアやシャンカラが怒るんじゃないの?」
「だから、最近は行ってねー。あ、そうだ、招待券持ってたんだ。使うか?」
「……あなたが使えば?」
「いや、二人用だからよ。リリアとシャンカラ二人を一緒に誘えないだろ。どっちかだけ誘えば、片方の機嫌が悪くなる」
「そういうものなのね……」
「それに武器持ち込み禁止の店でな。俺はどうにも落ち着かなくなる」
「そういう店なのね……」
招待券を受け取りつつリーズレットは黙考し、かすかに微笑んだ。
「でも、一緒に行く相手、いないもの」
「ヒルデと行けばいいんじゃないのか? どうせ、定期的にガス抜きにつきあわないといけないんだろ? だったら、少しはマシな店を使えよ」
「……ええ、そういうことなら、それもいいわね」
笑いそうになるのをこらえつつ申し訳なさそうな表情を作った。
「ありがとう。使わせてもらうわ。でも、タダでもらうのも悪いから、お金払うけど?」
「いや、いいよ。どうせもらいもんだしな」
そんな会話を交わしつつ二人は夜道を進んでいった。
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