第76話

 ダンジョン内都市を落とした後、テオドールはジャッカスと共にバンドラーへと戻ることとなった。

 そのまま崩壊した都市の再建計画に着手することになった。


(人足が足りない……)


 明らかに現場作業員が足りなかった。それも無理は無い。元からいた市民を殺戮しているのだから。

 しかたがないので、テオドールたちが落とした都市から人手を借りる形で、どうにか数を合わせた。建設の陣頭指揮をできる人材もいなかったので、テオドールが現場に立ち、テキパキと進めていく。


 幸い、城を作ったり、補修したこともあったので建築の知識は職人並みにあった。騎士にとって建築学は必修の学問である。それがわからないと、まともな城が建てられないのだから。


 職人の質が悪いのでモチベーションをあげるため、三食振る舞い、働き次第ではボーナスも与えるなどして作業効率を上げていった。


 予想外なことにアシュレイが、様々な事務処理をスムーズにこなしてくれるため、非常に助かった。予算管理や兵站管理に工数管理、更には現場の治安維持(人足どもはすぐに喧嘩をする)など、テオドールの仕事は山積されていた。


(騎士の頃を思い出す……)


 戦争にもよく出ていたが、平時はほぼ事務仕事だ。だいたいが予算と兵站の管理をし、領民の不平不満を聞きながら問題を対処する。更には後々起きる諸問題のために、事前に対処をするなど、頭脳労働の割合のほうが多い。


(まあ、西部の頃よりはマシだな。一つの都市の建築だけだろ? あの頃は直轄地だけでも、大変だったしな……)


 更には家臣団の統率にマネジメント業務も含まれていた。家宰に任せるべきこともあったが、一度、下剋上されかかったので、全幅の信頼を置くというのは無理だったのだ。


 そんなブラックな仕事場で鍛えられていたため、バンドラーの都市再建計画は順調に推移していった。少なくとも首領である転生者を呼び、ある程度の兵を詰めておくことができる程度にはなっていた。


「あ、あの、テオドール様、こちらが、その、まとめた書類になります」


 作業現場で進捗を確認していたら、長い黒髪の少女が話しかけてきた。名前はキャシー。テオドールが悪漢三人から助けた娘だ。あのまま放置というわけにもいかず、どうやら文字も読め、算術もできるらしいから、事務員として連れてくることにしたのだ。

 これが予想外な拾い物で、なかなかに有能なのだ。


 更には料理の腕もよく、テオドールとアシュレイの専属料理人として重宝していた。

 テオドールは微笑みながら書類を受け取る。


「ありがとう。確認しておく」

「は、はい……」


 あの一件がトラウマになっているようでキャシーは男性恐怖症を発症していた。テオドールやアシュレイには慣れているが、それ以外の男性がいるところには出たがらない。

 今日、この場に来たのも珍しいくらいだ。


「一人で帰れるか?」

「あ、はい、大丈夫です……その、今日は……えっと、お帰りはいつに?」

「いろいろやらねばならないことがある。遅くなるようなら、アシュレイと共に先に休んでいてくれ」

「いえ、起きてお待ちしております」


 ペコリと頭を下げ、作業員たちから逃げるように小走りで通りに消えていった。テオドールはすぐさま注意を書類に落としつつ、現場監督からの報告を聞き、生じた問題に対して助言を返していく。


「進んでるようだな、テオドール」

「5パーセントの遅れだよ、ジャッカス」


 答えながら振り返れば、赤ら顔のジャッカスが立っていた。


「また酒か? 仕事をしたらどうだ?」

「俺の仕事は戦と冒険だ! それに今は有能な右腕がいるからな。面倒なことは任せる」

「まあ、俺はかまわないが……」

「頼りにしてるぜ、相棒」


 最近は再建計画以外の仕事もテオドールが巻き取っていた。主に兵站管理や都市の治安維持。行政関係のほとんどをテオドールが決定し、進めている。

 ジャッカスは最終決定をするだけで、酒を飲み、女を抱き、飯を食っていた。


(ま、そのおかげで現場の信頼は皆無だが……)


 そうなるように仕向けてはいる。


 ジャッカスにとって使える人材だと自分をアピールし、実際、ジャッカスから政務の権力を徐々に自分へと移行しているのだ。そのくせ、ジャッカスは気分でちゃぶ台返しをしようとする。

 それに不満を持った者がテオドールに相談しにきて、テオドールがジャッカスを説得するというのがおなじみの流れとなっていた。


(そろそろ乗っとれるだろうな……)


 そんなことを考えはするものの、テオドールの目標はジャッカスなどという小物ではない。そのうえにいる転生者だ。


「そういえば、そろそろ一月経つぞ。ミルトランを攻める期限じゃないのか?」

「それは無理だろうな。ま、あんな宣言、軽い脅しみたいなもんだ」

「まあ、それならそれでいいが……」


 実際、効果はある。

 一月で来ると思わせて来ない。というのは緊張と不安と慢心を招く。

 転生者軍の情報に流され、動かないといけないという時点で、ミルトラン側は受け身だ。それだけで、アドバンテージは転生者軍にある。


(そこまで考えてるとなれば、やはり転生者は頭が回るな……)


 戦というのは始まる前から、始まっているものだ。心理戦に情報戦に経済戦。最終的なまとめとして武力衝突に至る。

 その点、ジャッカスは戦がヘタだし、被害を出す。


(職務のほうでは既に俺への依存が始まってる。このまま酒浸りにして決定さえ嫌がるようになったら、傀儡化は完了だな……)


 とはいえ、なんだかんだで冒険者たちからは人望のある男だ。


 このままうまい具合に駒にできるよう、気に入られておく必要がある。そのためなら、無茶な量の仕事を振られてもかまわない。


(西部の頃に比べれば、この程度の仕事、楽すぎる。あの頃はマジで地獄だったからな……)


 有能な人材は有能な人材で下剋上を狙ってくるから怖い。

 とにかくバランスを取りつつ他人に仕事を振り、それでいて誰も信じない。とにかくストレスで疲労感がハンパなかった。


 それに比べれば、普通に考えて無茶な工期と予算だから、なんだと言うのだ?

 そんなもの、家臣に命を狙われる恐怖よりマシではないか。


(仕事って楽しいんだな、知らなかった……)


 などと思いながらバンドラーの政務に対し辣腕を振るうテオドールだった。

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