第75話

「はっはっは! 助かったぞ、テオドール!」


 ジャッカスがご機嫌そうな笑い声をあげながら、テオドールの肩を乱暴に叩いた。そのまま手に持っていた木のジョッキに入った麦酒を豪快に飲み干す。


 テオドールたちが攻め落とした城塞都市を接収し、戦勝の宴を開いているのだ。落としたばかりの城で宴会をするのは危機管理的にどうなのか? と思わなくも無いが、多少の慰撫も必要なのだろう。


 都市の広場に松明を掲げながら、戦利品を並べる様は軍隊というより山賊と表現したほうが近い。最低限の死体などは片づけられているが、まだ家屋の焼ける焦げ臭さが辺りに漂っている。


 樽に入った麦酒や葡萄酒を男たちはコップで無造作にすくっていた。奇声をあげる者、踊りだす者、歌う者など、とにかく弛緩している。


「ジャッカス、大丈夫なのか? まだ生き残りはいるんだろ?」

「残ってるのは玉無しどもだけだ。骨のある男は、お前がやっちまっただろ」

「窮鼠だって猫を噛むぞ」

「無茶な一騎駆けするくせに随分と心配性だな。安心しろ、きちんと警戒はしてる」


 実際、この都市の主戦派だった幹部クラスの者をテオドールとアシュレイで討ち取った。それでも抗う者たちをジャッカスたちが殲滅し、市長を名乗る男が完全降伏の白旗をあげたのだ。


「今まで戦で負けたことは?」

「カズヒコがいるんだぞ? 負けるわけないだろ」

「だろうな……」


 だから警戒が緩いのだろう。勝利の美酒に酔いすぎて、頭がフットーしているのかもしれない。どいつもこいつも酔っ払いだ、と思いながらも口にはしなかった。


(ま、実際、反抗してくる者は少ないだろうな……)


 残っているのは女子供に老人などの非戦闘員だけだ。


「ほら、呑め! この街、戦は弱かったが、酒はうまい」

「ああ、いただいてるよ」


 テオドールは酒が苦手だ。

 酒を飲むと判断が鈍るし、毒殺の危険もある。一応、振る舞われた酒を手にしているが、ほとんど飲んでいなかった。隣に座るアシュレイはチビチビと舐めるように葡萄酒を呑んでいる。


「たった半日で落ちるとは俺も思ってなかったぞ。さすがは西部騎士だな」


 ジョッキで乾杯しつつテオドールは苦笑を浮かべた。


「アシュレイのフォローがあったからだ」

「おう、アシュレイ、お前もお疲れ! 女みてぇな顔してるが、やる時はやるんだな」

「え? あ、ああ。当然だろ」


 酒気のせいか、それとも松明の灯りのせいか、アシュレイの頬がかすかに紅潮していた。


「ジャッカス、俺とアシュレイは成果をあげたと思う」

「ああ、値千金だ」

「我らが主君の件をカズヒコ殿に伝えてほしい。せめて謁見を許してくれないか?」

「焦るな。戦果の報告は伝えておくし、近いうちにカズヒコもバンドラーに来るはずだ」

「そうなのか?」

「件の女騎士が宣戦布告してきたからな。自ら出るつもりらしい」


 そう言いながら麦酒を飲み干す。


「その前にあの街を直さなきゃならねぇ。死体も片づけねーとな……」

「築城や建築の経験ならある。現場監督は任せろ」

「お、やる気だな。頼むぜ、冒険家ってのは喧嘩と殺しの仕方しか知らね―奴ばっかだからな」


 そう言いながらテオドールの肩に回していた腕を放した。


「明日からは俺の右腕として働いてもらうぞ、テオドール」

「ああ、かまわない。アシュレイも一緒でいいか?」

「おう。かまわねーが、なんだ? お前、男色のほうが好きなのか?」

「違う。アシュレイは有能だからだ」

「そうか、まあ、腹が据わってるのは俺も理解してる。明日から頼むぞ」


 と言いながら他に飲んでる冒険家たちに笑いながら声をかけていた。雑だが、人望はあるようだ。


「アシュレイ、明日からまた忙しく……」


 振り返れば、アシュレイの顔が真っ赤だった。


「あれ? 大丈夫?」

「目の前が……グルグル回って……るぅ……あははは……」


 完全に酔っぱらっているようだった。テオドールはため息をつく。


「休もう、アシュレイ。寝床まで送っていく」

「グルグルだぁ……」


 フラフラするアシュレイを強引に立たせて、そのまま肩を貸すように広場を離れていった。占領下の都市において寝床というのは、割と自由だが、寝込みを襲われる可能性もあるため、慎重に選ばなければならない。


 雑な連中は強引な接収をするようだが、テオドールは都市側が用意した宿を使うことにした。千鳥足のアシュレイを抱えながら歩いていたら「誰か! 助けて!」という女性の叫び声が聞こえてきた。


(げんなりしてくる……)


 武力制圧された都市は悲惨だ。乱暴狼藉が許されるのが戦の法である。


 今さら善人面する気は無いし、かつて軍を率いていた者として、ある程度のガス抜きが必要なのは理解している。だが、それは理性や理屈の判断であって、感情の部分は簡単には受け入れてくれない。


「助けなきゃ……」


 うめくようにアシュレイが言う。そのまま千鳥足でテオドールから離れていった。止める気は無い。止めたいとも思わない。正しい判断でないことはわかっている。


「俺も酔っぱらってるのかねぇ……」


 ぼやきながら叫び声の聞こえた建物の扉を蹴り開けた。三人の半裸の男が、町娘と思われる女性に覆いかぶさっていた。部屋の脇には、娘の父親か夫と思われる男性の死体が転がっている。思わず、ため息が出てきてしまう。


 しかたがないことだ。

 別に珍しいことではない。


 だが、せめて悪事を働くなら、自分の目の届かない範囲でやってほしい。


「お楽しみ中、悪いが、視界に入らないところでやってくれないか」

「ああ? なんだ、てめぇ」


 水を差されたことに腹を立てたのか、男の中の一人が短剣を握りながら近づいてくる。


「性欲のせいで死ぬのもくだらんだろ? 乱暴狼藉を働くな、と言ってるんじゃないんだ。俺の目の届く場所でやるな、と言っている」

「うるせぇ」


 短剣を突き出してきた手を取り、そのまま投げ飛ばした。他の二人が凝然と目を見開く。


「まだやるか? この都市ではもう何人も殺してる。あと三人追加してやってもいいんだぞ?」

「こいつ、まさか、あのイカレた一騎駆けの奴じゃねーか?」

「マジかよ、西部騎士の……」


 どうやらテオドールたちの活躍を知っているようだった。


「どうする? 俺の機嫌を損ねて一戦やるか? 言っとくが、西部騎士がやると言ったらやるぞ」

「ふざけんな! 調子に乗ってんじゃねぇ!」


 投げ飛ばされた男が短剣で襲いかかってきたが、短剣を持つ手をつかんで、そのまま技を決めたら、自分で持っていた短刀で自分の胸を刺していた。


「え?」

「刃物なんて使うから……」


 どうせ助からない傷なので、せめてもの慈悲としてコメカミを掌底で打ちながら電撃を奔らせ、脳を焼いた。これで即死だ。


 男が倒れたのを確認し、ため息をつく。


「お前らはどうする? 性欲が理由で死ぬことを選ぶか?」

「い、いや……やらねぇ……あんたにやるよ、この女……」


 言いながらいそいそと服を着ていく。そんな二人に「これは戦死ってことにしておけ」と言って、仲間の死体も運ばせた。部屋の隅に転がっていた娘の縁者と思われる死体にテオドールは近づいていく。


 既に事切れていた。そのまま自分の肩を抱きながら震えている娘へと視線を向ける。


「……今夜はここで休ませてくれないか? 少なくとも、今夜だけは君の身の安全は保障する。当然、俺たちも君に乱暴なことはしないと約束しよう。ま、それでも嫌なら出てくよ。俺もあいつらの仲間といえば仲間だからな」


 娘は怯えたままで何も言わなかった。


「じゃあ、勝手に休ませてもらう」


 そう言って、外の道で倒れているアシュレイを室内へと運びこむテオドールだった。


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