第73話

 都市の名前はバンドラーと言うらしい。

 崩れた城壁の周囲では、テオドールの万象融解す屠殺戮の焔槍ヴェーラ・アラドヴァルの爆発騒ぎで、兵士たちが右往左往としていた。


 城壁内の都市部は、壊滅の一言に尽きる有様である。

 多くの家が破壊され、燃やされていた。どうにか残った建物は兵士たちが使っているのだろう。バカ騒ぎのような笑い声が、どこからともなく聞こえてきた。時々、男の怒声と女性の叫び声が混ざっていた。


 戦場暮らしの長いテオドールにとっては見慣れた光景ではあるが、気分がいいものではない。しかたがない、と心を殺して受け流していく。しかし、隣を歩くアシュレイはテオドールのように器用に振る舞うことができないようで、沈痛そうな面持ちで顔をしかめていた。


 そんな中、元ギルド会館と思われる建物へと連れてこられた。


 中に入ると胡乱な面持ちの冒険者たちが、一斉に視線を向けてくる。テオドールを連れてきた男二人が、奥のテーブルに座っている人物へと駆け寄っていった。


 顎から頬にまでヒゲを生やした男だ。樽のように太い体をしているが、贅肉ではなく筋肉だろう。男二人の報告を受け、髭面の男がテオドールたちへと視線を向けてくる。そのまま手で「こちらに来い」とジェスチャーしてきた。


 テオドールとアシュレイは威圧的な冒険者たちの中をかいくぐるように男の元へと歩いていく。二マトルほど手前で「止まれ」と男が言った。値踏みするような視線をテオドールたちに投げてきながら顎髭を手で弄っている。


「……うちの斥候を一人殺したんだってな?」


 かすれた声で淡々と尋ねてきた。テオドールは神妙な面持ちを心がけながら目を伏せた。


「悲しい結果でした。こちらが対話を求めたのですが、いきなり攻撃されたので」

「仲間に入れてほしいとか言うくせに殺すのはどういう了見だ?」

「無能はいないほうがマシでしょう?」


 その言葉に周囲にいた冒険者が「ああ!?」とか「いい度胸だな!」とか怒声を投げてくる。テオドールはヘッと短く笑いながら肩をすくめた。


「少なくとも俺たちはバカで無能じゃない」

「仲間殺しといて、二人で来るとかバカじゃないのか?」

「バカじゃないさ。その気になれば、ここにいる連中、皆殺しにできる」


 更に周囲の殺気が増した。瞬間、髭面の男が大声で笑った。


「はっはっは! 大きく出たな。まあ、たしかにそんなに強いなら喉から出るほど欲しい人材だ」


 言いながら「野郎ども、ジュウを使わず、こいつら殺せ」と命じる。

 瞬間、周囲にいた男たちが襲いかかってきた。


(さすがに殺すのはまずいな……)


 と思いながら、剣で斬りかかってきた男を蹴り飛ばした。

 魔術を乗せたため、そのまま吹っ飛び、壁にぶつかる。次から次に攻撃してくる連中を、テオドールはアシュレイを庇い、時に、アシュレイの体を使いながら、敵を素手でぶちのめしていく。

 しばらくしたところで、パンパンパンと手を叩く音が響く。


「やめだ、やめだ。わかった。あんたは強え。認めるよ」


 髭面の男の言葉に冒険者たちは、うめきながらも戦意を消す。


「あんたの実力を読めずに喧嘩売ったバカが悪い。てめぇら、今、こいつを殺すチャンスはやった。それでできなかったんだから、大人しく水に流せ」


 そう言いながら髭面の男が椅子から立ち上がる。


「ジャッカスだ。遠征軍の指揮官をしてる」

「テオドール・シュタイナーだ。後ろの彼は……」

「アシュレイ・ヒッツガルド」


 と、アシュレイに設定した偽名を述べていた。さすがにアシュレイ・ボードウィンという名前と廃王子のことを知っている者がいかねない。


「で、うちの軍に入りたいんだってな?」

「ああ。転生者様に我が主の救出をお願いしたい」


 と言ってから先ほど外で並べた嘘八百を並べていく。


「閃刃のヒルデに姫を奪われたか……ま、あのイカレ女ならやりかねねーな」


 ヒルデの名前は冒険者の中でも有名なようだ。


「どうしたら、力を貸してもらえる?」

「仮にあんたがうちの軍に入っても、カズヒコに謁見は許されねえよ。あいつも暇じゃねえし、あんたの姫様の面倒を見ることも保証できねえ。今のあんたにゃあ、発言力も権力もねぇからな」

「では、どうしたらいい?」

「成果をあげな。まだ、墜とせてない都市がある。その戦線でいい仕事をしたら、まあ、話の種ついでに紹介してやるさ」

「わかった……俺たちが役に立つことを証明しよう」

「言っとくが、俺はまだ信じちゃいねえ。怪しいと思ったら、背後から撃つ。そのつもりでいな」

「ああ、わかっているさ」


 どうにか敵陣に忍び込むことはできたようだ。


(軍規、緩いなぁ……)


 と、思いながらもなんだかんだで冒険者の軍なのだ。職業軍人のようには判断しないだろう。


「がんばろうな、アシュレイ」


 テオドールの言葉にアシュレイは緊張した面持ちで「ああ」とうなずいた。


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