第71話
アシュレイを背負ったままテオドールは全力で三十七階層を駆け、そのまま三十六階層を走り去る。マントを羽織っていたので、雨が降ろうが風が吹こうが、日中はほとんど止まらず駆け抜けた。そのおかげか、三日ほどで三十五階層に繋がるゲート付近に到着できた。
三十五階層の土地はクリスタルの含有率が高く、白かったり透明度の高い山や岩が多い。動植物や魔物などの生き物も朽ちれば、クリスタルの粒子となって消えていくそうだ。ミルトランのあった三十七階層とは、いろんな法則が違うらしい。
そんな中、テオドールたちはゲートを管理する城塞都市を見ることができる高台までやってきた。この三日の強行軍でテオドールとアシュレイの外套は旅塵で汚れている。
「あれがゲートのある街か……」
アシュレイの言葉に「そうだな」とうなずきながら遠視の魔術で確認した。
城塞都市の城壁は崩れ、煙があがっているのが遠くからでも見てとれる。
「あれって……」
「転生者軍に攻め落とされたんだろうな……」
三十六階層のダンジョン内都市も、いくつか攻撃を受けた都市が見受けられた。都市によって城壁の強度は違うが、クリスタル造りの堅固なモノでも容赦なく破壊されていたのだ。
(下手に籠城しても無駄そうだな……普通の魔術で破壊できないだろうし……)
当然、城壁はただ石を積んだだけではない。魔術に対する
(俺の使う魔術と同等以上の破壊力か……)
テオドールの
「もうあの都市は転生者軍の制圧下にあると見ていい」
テオドールの言葉にアシュレイは「そうだね」と表情を引き締めた。
「アシュレイ、君の記憶を魔術でイジるがいいか?」
「かまわないけど、なんのために?」
「精神系の魔術に長けてる奴が尋問してくる可能性もある。さすがに記憶を読める奴はいないと思うが、嘘か本当かは見抜かれる可能性がある。俺は魔術で誤魔化せるけど、アシュレイは難しいだろ?」
「……うん、そうだね」
認めつつも若干悲しげな表情だった。
「落ち込むことじゃないさ。ミルトランの冒険者たちでもできないよ。精神系は複雑な魔術だからな。ま、冒険者が進んで学ぶ魔術じゃない」
冒険者は対魔物や探索に特化した魔術や
「じゃあ、やるぞ」
「うん」
テオドールはアシュレイの額に手を添え、魔術式を組み上げた。瞬間、気を失うようにアシュレイが倒れたので、それを抱きとめる。
「アシュレイ、大丈夫か?」
「僕は大丈夫だよ……それよりリーズレット様を早く助けないと……」
偽の記憶の定着はうまくいったようだ。
今のアシュレイはリーズレットの侍従で騎士という設定だ。ヒルデに襲撃され、主君を人質に取られた結果、逃げざるをえなくなったという流れを組み込んである。
「そうだな、行こう」
そう言って二人は崩れた城塞都市へと向かった。
三十六階層の城塞都市に近づくと、ひどい有様が目に入ってくる。野ざらしになったままの遺体が転がっているのだ。都市から逃げようとした背後から魔術か何かで撃たれたのだろう。背中に傷のある女性や子供の死体が多かった。
「皆殺しか……」
死体は見慣れているが、女子供の死体には慣れることが無い。
「……テオ、こんな奴らに力を借りるの?」
アシュレイらしい反応だ。
「ああ。騎士は犬とも言え、畜生とも言え。勝つことが全てだ。俺たちはリーズ様を助けなければならない」
と、それっぽい演技でアシュレイを諫めた。だが、テオドール個人としても、このまま野ざらしにするのは気が咎める。
(どうせ、連中と接触するために目立つ必要があるしな……)
そう考えながら魔術式を構築。死体の下の土を操作した。
「埋葬しよう」
「うん、そうだね」
テオドールが魔術で土を掘り、遺体を埋める。その上にアシュレイが墓代わりに石などを置いていく。そんなことを繰り返していたら、遠くから「なにやってんだ!」と冒険者らしき男たちが近づいてきた。
テオドールとアシュレイは作業を止め、近づいてきた三人の男たちへと視線を向けた。
「弔いをしていました」
「勝手なことすんじゃねえ!」
男たちは、なにか黒い筒のようなモノを構えながら近づいてくる。
アレが噂の大量にあるアーティファクトだろう。三人の冒険者たち全員が同じアーティファクトを持っていた。黒く変わった形をしている。テオドールが今まで見たことのない代物だ。バレないように
「動くんじゃねえ! お前ら、何者だ?」
「俺たちは転生者様に頼みがあって来た者です」
テオドールの発言にアシュレイが「どうかカズヒコ・タナカ様に謁見の許可を」と続く。
「カズヒコ様がお前らの頼みを聞くわけねぇだろ」
先頭に立つ男が嘲るような口調で返答し、質問を続ける。
「で、お前ら、どこから来た?」
「俺たちは三十七階層のミルトランという都市から逃げてきました」
「ミルトランって、あの宣戦布告してきたバカどもか?」
「はい」
「どうして逃げてきた?」
「ヒルデ・ヴァンダムという騎士と私は因縁があります。彼女こそ転生者様に宣戦布告をした愚物。俺も当然、愚かだと止めたのですが、それが気に入らなかったのでしょう……」
テオドールは悔しそうに顔をゆがめる。もちろん、演技だ。
「あの売女は我らが主を人質にし、俺を殺そうとしてきたんです。やり返そうにも主を盾にされ、逃げてくるしかありませんでした……」
更に演技に力を入れていく。
「どうかあの愚かな女から我らが主を取り戻す力を貸してほしいのです! それが無理なら、あなたがたの戦陣にくわえてください!」
テオドールの言葉に三人の男たちは「どうする?」と相談しあっていた。しばらく三人で話した後、テオドールたちとやり取りしていた男が面倒くさそうにアーティファクトを構える。
「お前の気持ちもわからんでもねぇ」
そう言いながらニヤリと笑った。
「でも、報告とかめんどくせぇから死ね」
次の瞬間、黒い筒から火花があがった。
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