第70.5話

 リュカはマグダラス商会の邸宅にテオドールの関係者を呼び出していた。当然、レイチェルとそのメイド二人も招待しているし、一応、義理としてベアルネーズたち西部騎士道クラブのメンバーにも声をかけている。


 客間のソファーにレイチェルが座り、その背後に二人の従者が立っている。ベアルネーズたち五人にも一応、椅子は用意しておいた。そんな中、ベアルネーズがうなだれつつ沈痛な面持ちで口を開く。


「姐さん、まだ先生から連絡もなにも無いんですか?」


 ベアルネーズの問いかけにリュカは無表情に「はい」とうなずいた。いつの間にか「姐さん」呼びになっていたが、特に気にしないでおく。


「先生……」


 赤髪のロジャーがうめくようにうつむいた。


「おい、ロジャー、泣くってのはどういうことだ? お前、まさか先生が死んだとか思ってるんじゃねーだろうな?」


 ベアルネーズの言葉にロジャーが目じりの涙をぬぐう。


「あのお方が死ぬわけねぇ。俺が悲しいのは、今、この瞬間、先生のお力になれねぇこの状況が悲しいんだ……」

「バカ野郎!」


 ベアルネーズがロジャーをつかんで殴り飛ばした。ロジャーが盛大に倒れる。


「なに諦めてんだ! 先生の力になれねーわけねーだろ! どんな状況でも俺たち西部騎士道クラブは!」


「胆力! 体力! 筋力! 知力!!」


 叫びながらロジャーが立ち上がり、ベアルネーズに殴りかかる。殴られたベアルネーズも叫び返す。


「理屈で考えるな!」


「「「「「力で考えろ!! 命を燃やせっ!!」」」」」


 脳筋化した元不良貴族バカ五人が叫んでいた。こういう暑苦しいところが、西部騎士に似てきている。その証拠に脳筋西部騎士である女獣人騎士パフィーも「うんうん」とうなずいていた。


 五人とも初級冒険者の実習試験を合格はしている。その際、テオドールとの約束どおり、トップの成績でだ。どうやら五階層まで行き、レッドドラゴンも討伐してきたらしい。西部騎士における元服の偽程度の難関はクリアーしたのだ。


 だが、そのせいか、もともと若干足りない頭に西部の風が浸食している気配があった。


 リュカは小さなため息をつきつつ「いいですか」と口を開く。


「私もテオ様が死んだとは思っていませんし、やれることがあると考えています」

「なんでも言ってください、姐さん。力になります!」


 ベアルネーズの言葉に再びため息が出てくる。


「テオ様を罠にハメた男は既にこちらで確保済みです。ですが、どれだけ尋問しても口を割りません。ですので、この男を餌にこちらも罠を張ることにしました」


 中央の蟲であるビャクレンは精神魔術で人格を完全に消しているため、これ以上の情報を得ることはできない。


「この餌を助けに来るであろう中央の蟲どもを迎撃。組織ごと殲滅する計画です」


 不意にパフィーの犬耳がピクリと動く。


「やりすぎると今後が面倒でない? 最悪、王家に弓引く形になるかと思うわふよ?」

「反対ですか?」

「うんにゃ。むしろ賛成。覚悟を聞いただけですわん」


 ニンマリと笑っていた。


「王家相手に喧嘩するなんて、最高に楽しそうだし!」


 パタパタと尻尾を振っていた。隣に立つ褐色肌のエルフ、カーマがため息をついた。


「パフ、楽しそうだからって王家相手に戦はダメでしょう?」

「えー? だって、アルベ……シュタイナー様はレイチェル様のつがいだよ? 主人の情夫は主人みたいなもんだわん?」

「言い方ぁっ! 情夫言うな!」


 二人のやり取りを聞きつつレイチェルは苦笑いを浮かべていた。


「それに、最近、暴れてないし、ここらで派手に戦遊びでもしないとストレスが溜まっちまうわん」


 カーマが殺気のこもった目でパフィーをにらむ。


「ああ? 聞き捨てならねぇぞ、クソ犬がぁ……てめぇ、レイチェル様の護衛が嫌だってのか? いつから仕事選べるほど偉くなったんだ?」

「レイチェル様は好きだわん。でも、体を動かさないとなまっちゃうし。あと、私、カーマより強いし」

「この駄犬がぁぁぁっ!!」


 いつものようにカーマとパフィーの殴り合いがはじまった。毎度のことなので、リュカとレイチェルは気にしないが、ベアルネーズたちは全力で引いていた。「なにあれ? 見える?」「わっかんね。速すぎる」「西部ってメイドも強いのか?」「西部だからな」「ほんと西部は地獄だぜ」などと口にしていた。


 そんな連中を無視してリュカはレイチェルへと視線を向ける。


「レイ様、これはテオ様一の家臣としての面子の問題。ある意味、私の問題とも言えます。そのうえで、情けなくもレイ様のお力をお借りしたくて、この度はお呼びいたしました」


 レイチェルは少し考えてから微笑を携えながら口を開く。


「リュカ様、これは私の問題でもあります。ひいてはローエンガルド家の面子にもかかわってくるかと。是非、協力させてください」

「ありがとうございます。ですが、パフィー様がおっしゃったように王家との問題に発展する可能性はあります。そうならないように努力はしますが……」


「……そうですね。最悪、私の首で許してもらいましょう」


 レイチェルはニコリと微笑んでいた。リュカは慌てて口を開く。


「おやめください。それはテオ様が悲しまれます」

「でしたら、リュカ様も短慮はお考えならないように」


 こちらが命がけだと言うことを見抜かれていたようだ。


「リーズレット様のご実家には私からも働きかけておきます。ペンローズ侯爵も、さすがに父とぶつかりたいとは思っていないでしょうし」


 リュカがあえて触れていなかった厄介事であるリーズレットの件まで、レイチェルは見抜いている。こういう人の願いや考えを状況把握だけで類推する能力がレイチェルは高い。


「大丈夫ですか?」

「隠居してる父にも少しは働いてもらいましょう」

「……申し訳ございません。助かります」

「気になさらないでください、リュカ様。それに、テオ様が御一緒なら、リーズ様も安全でしょうし」


 リュカもそう思っているので「そうですね」とうなずいた。


「私もリュカ様のように強ければ、敵に対してケジメをつけることができるのでしょうが……」

「いえ、レイ様のお力は私が無力な政治の場でこそ意味を持ちます。むしろ、そちらのほうがテオ様のお力になれるかと」

「そう言ってくれてありがとう。リュカ様、西部の頃のように今夜は夜通し話してもいいでしょうか?」

「是非」


 と、うなずく。

 テオドールの妻をしていた頃は、よく二人で寝所を共にし、ベッドの上で夜通し話しながら眠ったものだ。会話の内容は、主にテオドールのためになにができるか? というものから年頃の少女らしい他愛ない雑談、テオドールの不能を直すために何を試すべきか? などの相談まで多岐にわたっていた。


「リュカ様、テオ様のためにお互いがんばりましょう」

「はい」


 リュカは力強くうなずいた。

 自分と同じ思いを持っているレイチェルがいるだけで、少しだけ不安が消えたような気がした。

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