第70話
時は二日前にさかのぼる。
テオドールはヒルデを荒野に呼び出していた。
白銀の甲冑騎士は申し出に応じ、臨戦態勢で現れた。
「ははっ! こんなにも早く決闘を申し出るとは、貴殿も私との決着を待てなかったと見える!!」
「いや、今回は決闘の件で呼んだんじゃない」
ヒルデの表情が一瞬で不機嫌そうなものに変わった。
「なんだ、せっかく準備してきたと言うのに……無粋な男だな」
「それは悪かったよ」
「じゃあ、なぜ私を呼び出した?」
「貴殿とて、ミルトランの冒険者で転生者と戦をして勝てるとは思っていないだろ?」
「まあ、無理だろうな」
さも当然と言いたげな顔で言っていた。
そう思ってくるくせに、すぐにでも開戦しろと言っているのだから頭がおかしい。
「だが、戦となれば転生者とて戦陣に出てくるだろう。雑兵を露払いに使い、私が大将首を取ればいい」
要するに一騎駆けの突撃というわけだ。
西部騎士でも矢面に立って武功をあげるタイプの騎士なのだろう。レイチェルの侍従であるパフィーと気が合いそうだ。
「その方法は俺も考えたが、確実じゃない」
「では、他にどんな方法があるというのだ? 戦の素人をまとめたところで、盾にもならん。厄介なことに己は強いと誤解しているのが冒険者という生き物だ。命令も素直に聞いたりしないぞ?」
そこまでわかった上で乾坤一擲の突撃に全てを賭けたということか。
実に刹那的な生き方で、嫌になるくらい西部騎士だ。
「戦で勝ち目がなければ、取れる手段は限られてくる」
「なるほど、では、暗殺か?」
ヒルデは無表情につぶやいた。
「俺とアシュレイで敵陣営に潜り込み、隙を突いて仕留める」
「死ぬぞ? 仮に貴殿が転生者を討ったとしても、千人近くの中級冒険者がいる。いくら、貴殿が勇者殺しの強者とはいえ、数の暴力には勝てまい」
実際、そのとおりであるが、単騎突撃しようとしていた人間に言われたくはない。
ともあれ、中級冒険者相手となると、
百人くらいまでなら、どうにか突破できるかもしれないが、千人は無理だ。
ほぼ確実に途中で魔力が切れる。
「そうだな。だから、一月の間に敵軍の幹部クラスにまで駆け上がる。信用を得た状態で戦に出る。貴殿ら、冒険者軍には雑兵の露払いを任せ、その戦闘中に転生者の首を取る」
ヒルデは、探るような目つきでテオドールを凝視してきた。
「どうして、この策を私にだけ言う? 幹部会議で献策すればよいではないか?」
「俺は連中を信じていない。敵方とつながっている可能性もある。ギルド派も日和見派も状況によっては転生者軍に転ぶ可能性が高いだろ? それに、敵がバカでなければ、ミルトラン内にも蟲はいるはずだ。その点、貴殿は信用できる」
「はっ! 自分の命を狙う者しか信用できんとは、業深い男だ! が、その考えは概ね正しい」
楽しげに笑っていた。そんなヒルデに頭を下げる。
「貴殿を騎士として信じた上で、俺の策を手伝ってほしい」
「報酬は?」
「ヴァンダム家の再興」
「貴様の力添えなど無くても叶えてみせる。西部の小鬼を仕留めたとなれば、欲しがる家も多かろう?」
「そう言ったところで証拠が無ければ信じてもらえまい? 決闘前に果たし状の一筆を書く。それを証とすればいい」
「……ふむ。たしかにな。貴殿の首を持ち歩こうかとも考えていたが、腐ってしまえば意味がない。よかろう。貴殿の話に乗ってやるぞ」
不敵に笑いながら続ける。
「で、私は具体的になにをしたらいい?」
「俺が冒険者軍から追い出されたという体裁にしたい。そのうえで、主君であるリーズレット様を人質に取られたと……」
「それで助けを乞う形で転生者軍に入るということか?」
「ああ。貴殿と俺に因縁があるのは周知の事実だ。貴殿が暴走し、俺とアシュレイが脱退。その流れのまま、リーズレット様を取り戻すために転生者に助力を乞う」
「ペンローズ様は置いていくということか?」
「でなければ、貴殿とて俺を信じることなどできないだろ? それに、噂では転生者は色狂いらしい。リーズレット様を連れていくことなどできまい」
「たしかにな。よかろう。テキトーな理由をつけて、貴殿を派手に襲撃してやる」
「ああ、頼む」
「興が乗って殺してしまうかもしれないが、その時は謝罪しよう」
「それは、こちらも同じだよ。貴殿とて手を抜きすぎて、俺に仕留められるなよ?」
「はははは! 言うではないか!!」
笑いながら睨んでくる。
「貴殿は私が必ず殺す。そのために冒険者に身を落とし、この数年を生き抜いてきたのだからな。転生者如きに殺されるなよ?」
「ああ、俺は誰にも殺されたりはしないよ」
「ペンローズ様は私のほうでも気にかけておこう」
「それは助かる」
「貴殿を殺したあと、かの令嬢を連れて西部に凱旋するためにも、仲良くしておくさ」
と、いうやり取りがあって、テオドールはヒルデに襲撃されたのだった。
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