第69話
リーズレットとあれこれあってから数日経った。
テオドールは自室のベッドで横になりながら考える。
最近、リーズレットがテオドールになにかと引っ付いてくるようになった。
アシュレイや他人がいるところでは、表面上はこれまでと変わらないのだが、通信のアーティファクトを使って恋人同士の睦言のような言葉を投げてくる。更に人がいなくなると、ひっついてくるし、何かしら二人きりになってキスをする流れに持っていこうとするのだ。
これまでと同じ人なのかな? と思った。何度も思った。何度も思いすぎて脳が誤作動を起こしたほどだ。
リュカやレイチェルの自分への愛情を疑ったことは無いが、二人とはまた違った種類の愛情表現であり、対応が難しい。普段、毅然としているのに「テオにゃん! にゃんにゃーん」といきなり甘えてくるリーズレットを見る度に、どうリアクションしたらいいのかわからなくなってしまうのだ。テオドールは結婚もしたことがあるし、女性経験もある。だが、一般的な恋愛というモノを知らないため、とりあえず「リーズにゃん、にゃんにゃーん」とオウム返しでその場を取り繕っていた。
(女性というのは本当に難しいな……)
敵の思考なら読める。だが、今のリーズレットはテオドールにとって理解不能な何かだった。だが、嫌いというわけではない。好意を向けられているのは理解できるため、好ましくは思っているし、かわいいとも思っている。
あるいは、そういう自分の新たな感情に戸惑っているのかもしれなかった。
(まあ、リーズレットとの関係はいろいろアレになったが……とりあえずは大丈夫……きっと大丈夫!)
告白された瞬間から、今回の策を全力で後悔する程度に情を感じていた。リーズレットが死ぬことを考えるだけで、胸が引き裂かれる思いだ。
だが、今さら「やっぱりやめよう」とは言えない。言ったところで別の案があるわけではないのだ。
(まあ、後はなるようにしかならん……)
などと考えていた瞬間、嫌な予感にベッドから跳ね起きる。
瞬間、壁がバラバラに切り裂かれた。鞭のようにしなる光の軌跡がテオドールの寝ていたベッドまでも解体する。どうにか、躱しながら叫び声をあげた。
「アシュレイ!」
テオドールの声にアシュレイも跳ね起きる。
同時に魔術による炎弾が部屋に撃ち込まれた。すぐさま
月夜をバックに白銀の甲冑騎士が屋根の上に立っていた。
「ヒルデ・ヴァンダム……」
テオドールがポツリとつぶやく。アシュレイは「なにが起きたの!?」と混乱中だ。ヒルデから視線を外さず、テオドールは叫ぶ。
「アシュレイ! 荷物をまとめて逃げる! 俺の分の鞄も持っていってくれ!」
「わかった! リーズは!?」
「いや、リーズはいい! もともと置いてく予定だ……」
答えながらヒルデへと視線を見る。ヒルデは八つの光の剣を自分の周囲に浮かせていた。不意にフット楽しげな微笑みを浮かべる。
「殺すつもりだったが、やはりそう簡単にはいかんか……」
「あいにくこっちもそう簡単にやられるわけにはいかないからな」
「まあ、いい。最近、
「周りの被害を考えろよ……これだから西部騎士は……」
「はっ! 言われずとも!」
ヒルデは歪んだ笑みのまま炯々と双眸を輝かせた。
「切り刻むのは貴殿だけだ!!」
両手に持った光の剣が鞭のように伸びてくる。
下手に躱せば、逃げる準備をしているアシュレイに当たってしまうので、
(捌きにくい!!)
剣や槍のように直線的な動きではなく、手の振りに必ずしも連動しているわけではない。それが読みにくい。テオドールも両手で
「さすがだな、小鬼殿。初見でここまで我が剣をしのいだのは貴殿が初めてだ」
「お褒めにいただき光栄だよっ!」
背後でアシュレイの気配が消えた。部屋を出たのだろう。
守る者がいなくなれば、こちらも戦いやすい。
「ボックスオープンナンバー01!」
両手で光を捌く中、テオドールの右肩くらいの高さに槍が生じる。そのまま自然落下する槍を足で蹴り上げ、水平に対空させた。
瞬時に魔術式を構築。
同時に槍の石突を蹴り飛ばした。
――
絶命の熱を帯びた光条がヒルデめがけて飛んでいく。
反応しきれないヒルデを守るように浮いていた六刃が槍の前で交差する。光の刃は火花を散らしながら砕け散る。だが、どうにかテオドールの投げ槍も受け流した。光の槍は虚空へと飛んでいく。
一瞬の無音を切り裂くようにヒルデが哄笑する。
「はははは! なんだ、今の
楽しそうに笑うヒルデにテオドールは思う。
(戦闘を楽しむところが西部騎士っぽいんだよな……)
内心はどうあれ、勇猛果敢に戦うのが西部騎士である。
(ま、今ので
任意と自動の二律型の兵器だ。攻撃に関しては任意であり、迎撃は自動。
(あの感じだと攻撃も自動で行えそうだな……)
双剣攻撃のみと思わせ、それに慣れさせた上で残りの六刃による自動攻撃も行われるのだろう。任意攻撃より攻撃の精度は落ちるかもしれないが、八つの剣が八方から襲ってくるとなると、かなり厄介だ。
(本気を出されたら、俺が持ってる防御系の魔術で対抗できるか?)
土や石を任意に操作する
だからこその
そもそも虚空にいきなり生じる剣は魔力によって構成されている。だからこそ、同じ魔力を固めた
(防御系の魔術って、そんなに使わないからな……)
今までは
(新しい防御系の魔術を開発しないと、対応しきれないぞ、これ……)
正直、体術や魔術の力量でいえば、ヒルデに勝っている。
だが、
(まあ、宣言どおり被害を最小限に抑えたいから、双剣だけなんだろう。そのおかげで、どうにか受け流せているが……)
西部騎士故のムチャクチャな戦い方を選べば、全力攻撃がいつ飛んでくるかわからない。そうなる前に――
(逃げるか……)
アシュレイが逃げ切ったのを悟った瞬間、テオドールは再び槍を
「二度も食らうか!」
叫ぶヒルデの前で槍は爆散。閃光を放つ。
「なっ!」
叫びながらヒルデが目を閉じる。
(ま、こっちはこっちでいろんな魔槍術があるんだよ。同じ槍が飛んでくるとは思わないことだ……)
内心で言いつつ、全力で戦闘を離脱した。
逃げる背後からヒルデの声が届く。
「待てぇぇ! テオドール・アルベイン!!」
待てと言われて待つかよ、と考えながらアシュレイに合流。そのままアシュレイを抱きかかえるようにして、魔術を構築。
全力疾走で、ミルトランから脱出した。
しばらく走ったところでアシュレイを、下ろした。夜の荒野には当然ひと気は無く、星と月明かりだけが頼みだ。城塞都市ミルトランの灯りも、今は星々よりも遠く小さくなっている。
「どういうこと? いきなりなんだったの?」
というアシュレイの疑問も最もだ。
「ほら、俺とリーズが参加した幹部会議で西部騎士にカラまれたって言ったろ? そのカラんできた騎士だよ」
「ああ、あの……いや、決闘する予定だったんだろ? あんなの、完全に不意打ちじゃないか!」
そこにはいろいろ理由がある。
あの襲撃は狂言なのだ。
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