第67話

 テオドールが正当な戦で決着をつけるのではなく、転生者の暗殺を考えたのには訳がある。


「二人も気づいてると思うが、ミルトランの冒険者たちでは転生者軍に勝てる可能性は極めて低い。事前情報が正しいとした場合、こちらの兵数は300前後で、相手は千から千五百だ。攻城戦じゃあ、明らかに兵数が足りないし、籠城しても向こうは、こちらの三倍強から五倍の兵数だ。普通に落とされる」


 一般的に城を落とす場合、三倍の兵数が必要とされており、野戦の場合は二倍の兵数差になると覆すのが難しくなる。あくまで一般論であり、奇計の類を使うことで不可能を可能にすることはできるが、ほぼ博打だし、決戦が一月後となると準備ができない。こちらの指示通りに動かない可能性があるため、策を練ったところで想定どおりには行かないだろう。


 そのうえ、ミルトラン軍の命令系統は統一されておらず、各々が利益を得ることに躍起になっているのだ。傭兵の寄せ集めと言えば聞こえはいいが、これまでの経験上、傭兵団など数合わせ以外の何物でもない。頼りになるのは日ごろから訓練している麾下の兵団であり、そんなものはこの場にない。


 烏合の衆のうえ、兵の質も悪い。神機オラクルという秘密兵器はあるが、盤面を覆せるとは思えなかった。


「まともに戦をしても勝ち目なんてあるはずがない。よって、敵の頭を直接叩く。そのために俺とアシュレイは三十五階層の転生者軍に忍び込む必要がある」

「僕も!?」

「アシュレイの功績にするために必要だからな」


 そこでため息をつく。


「正直、暗殺という手段は騎士道的にどうなのか? と思わなくもない。卑劣な行為というのは重々承知の上だ。アシュレイ、この策が成功した暁には君の功績になるが、卑怯者という誹りを受ける可能性もある。君の意見を聞きたい」

「……僕は戦なんてしたことがない。でも、テオが言うとおり、冒険者軍に勝ち目が薄いのはわかるよ。それに、周りになんと言われてもかまわないよ。どうせ、僕と母さんの評判はもともと最悪だしね」

「わかった」


 と、うなずいてからリーズレットを見た。


「転生者は色ボケ野郎だ。リーズを連れていけば、必ず手を出される。君は綺麗だからね」

「なっ!」


 顔を真っ赤にしてのけぞっていた。おべんちゃらではなく客観的事実を述べただけだ。


 そもそも未婚の貴族令嬢にとって処女性とは武器である。閨閥政治において他所の血が混ざる可能性は忌避されるのだからしかたがない。跡取りができた後は、互いに夫婦以外のパートナーを作ることはザラにあるが、それまでは貞操を守るべきというのが貴族の風潮だ。


 よって、もしリーズレットの貞操を守り切れなかった場合、フレドリクが怒るだろう。フレドリクを敵に回すのだけはテオドールとしても避けたかった。

 頭脳戦で勝てる気がしないからだ。


「だから、君を転生者の近くには連れていくわけにはいかない」

「わ、私を守るためってこと……?」


「ああ、そうなる。それに、可能ならミルトランの冒険者をまとめあげてほしいんだ。リーズなら、それができると思うし」


 暗殺をより確実にするためには、冒険者軍の動きも重要だ。可能な限り、テオドールがコントロールできるようにしておきたい。テオドール本人にはそれができないのなら、できそうな者に任せるよりなかった。


「……要するに私は一人で動く。だから、テオたちは護衛できないから、いざという時は天慶スキルで切り抜けろってことね?」


「ああ、そうなる。リーズが嫌だと言うなら、別の策を考えるが……」

「やるわ」


 即答だった。


「私ならできると思っての判断なんでしょ?」

「ああ、むしろ君にしか頼れない」


 不安が無いと言えば嘘になる。だが、それは誰に任せても同じだ。こういう思考をシャンカラは上から目線と言うのだろうが、しかたがない。

 それでも信頼はする。


「やりきってみせるわよ。これでも西部で女城代してたんだし。修羅場には慣れてるわ」


 覚悟を決めた顔をしていた。

 西部の貴族令嬢は、みんな腹が据わっている。


「ありがとう。ついでにこれを」


 そう言って、テオドールはアーティファクトの指輪を差し出した。


「なにこれ?」

「戦闘向けじゃないけど、一種の神機オラクルだ」


 リーズレットは目を見開く。


「この指輪をハメた者同士で意識の共有ができる。口ではなく思考でコミュニケーションができる道具だよ。しかも、距離は関係ない。その辺の魔術式が難解すぎて把握できなかったんだけどさ……とにかくハメてくれ」


 リーズレットが指輪をハメ、テオドールも指輪をハメる。


(コール・リーズレット……聞こえるか? リーズ。今、君の心に直接語り掛けています)

「え!? 頭の中でテオの声がする!」

(声に出さず、君も頭の中で思考してくれ)

(えっと……これでいい?)

(ああ、聞こえている。使い方は相手に呼びかけたい時にコール・テオドールと念じるだけでいい。ただし、これも魔力を使う。距離が遠くなり、通話時間が長くなればなるほど、魔力も消費する)

(なるほど……えっと、まさか、頭の中の全部が読まれてるってことは無いわよね!?)

(それは安心してくれ。話したいという意思の無い思考は相手に伝わらない)


 この辺の魔術式を解析しきれれば、あるいは敵の思考を読む魔術だって可能だと思う。だが、今のテオドールでは解析しきれなかった。


「ま、このアーティファクト、個人の戦闘では一切使えないが、戦場ではこれ以上ないほど役に立つ。伝令を使わないで情報共有できるとか、ぶっちゃけ俺の中では神機オラクルだよ……」

「そんなにすごいものなのね……」

「この指輪と新天慶スキルがあれば、リーズもいろいろ動けると思う」

「そうね。テオに相談もできるみたいだし」

「ただ、二階層も離れた相手となると短時間しか無理だと思う。消費魔力によっては、リーズからのコールはやめたほうがいいかもしれない」

「わかったわ」


 力強くうなずいていた。そこでアシュレイがテオドールに視線を向けてくる。


「僕も今からヴェーラ神と契神すれば、天慶スキルをもらえたりする?」

「いや、この魔術はリーズ用に調整してある。他の人に付与しても使えないと思う」


 一種の狂戦士化であり、精神に強く作用する。精神系の魔術式は個々人によって細かな調整が必要だった。そのため、リーズ専用の新魔術となる。


「それに、無理に契約神は変更しないほうがいい。いろいろペナルティがあるって言うし」

「そっか……」


 ため息をついていた。ちなみにアシュレイの契約神は知恵の女神マハルだそうだ。マハルは芸術と娼婦、妊娠の神であり、木の神でもある。


「まとめると、俺とアシュレイは暗殺を軸に動く。リーズはミルトランの冒険者たちをまとめるなり、彼らの中で発言権を得る立場になってほしい。俺たち暗殺チームの動きに合わせて、ミルトランの冒険者たちを動かすことができれば、成功確率はあがる」

「一月で人心掌握は難しいわよ?」


「ヒルデを使えばいい」


 しれっとした顔でテオドールが言った。


「彼女は冒険者たちの中でも出る杭だ。邪魔だと思ってる連中も多い。リーズがうまいこと彼女を御することができれば、彼女の発言権をそのままリーズに移譲することができる」

「そんなにうまくいくかしら?」

「他の幹部の弱みを握るなり、恩を売るより時間短縮になる。彼女は俺を恨んではいるが、リーズのことは大貴族のご令嬢であり、敬意をもって接するべきだと思っている節があった。あとは、そこに個人的な好感を持たせたらいい。恩を売るのが一番だな」


 リーズレットは考え込むように腕を組んでいた。


「あの手の愚直な人間は、一度、つかんでしまえば、御しやすいよ。それに騎士崩れってのは概して主従関係やお家再興に夢を持ってるものさ。その辺をうまくくすぐってやるのがいい。ただし、露骨なのはダメだ。彼女のほうからリーズの騎士になりたい、と思わせるんだ」

「うーん……わかった。いろいろ考えてみる」


 テオドールに答えを求めてこないところがいい。自分で考え、自分で決意し、行動する覚悟が無ければ、別れて行動するには不安だ。


「かなり難しいオーダーだが、君ならできると信じている」

「ええ。任せて」


 この手の策謀や政治に関しては、フレドリクの娘だけあって任せても大丈夫だろう。でなければ、西部で城代などできるわけがない。


「アシュレイも俺と一緒に敵の本拠地に忍び込むことになる。これはこれでリーズ以上に危険な任務だ。その覚悟はあるか?」

「ああ、あるよ。僕の野望のためにも、これくらいのことはしてみせるさ」


 アシュレイの覚悟も決まっているようだ。


「三人で力をあわせて、この難局を乗り越えよう」


 テオドールの言葉にアシュレイとリーズレットは力強くうなずいた。

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