第65話

 会議は踊るされど進まず、を地で行く会議だった。


 今後の方針にせよ、主戦派であるヒルデは一月を待たずにこちらから仕掛けるべきだと主張し、それにクロウやジャンヌは防戦に徹するべきだと主張する。

 どちらにせよ、戦力が足りないのは事実なので、他の冒険者や神機オラクルなどの収集を進めるということで落ち着いた。


 そんな無意味な会議が終わったところでヒルデがテオドールの元へと近づいてくる。朗らかに微笑む様は、深窓の令嬢にしか見えないくせに、放たれる殺気は西部騎士のそれだ。


「さて、正式に決闘を申し込ませてもらうぞ、小鬼殿」


 テオドールはため息をしてから肩をすくめる。


「決闘は受けます。ただ、今やれば、俺か貴殿のどちらかが死ぬことになる」

「うむ、そうだな。だが、問題あるまい」

「俺とあなたの間では問題は無いかもしれない。だが、俺は主人を外の世界に送らなければならない」

「はははは! ならば、私に勝てばいいだけではないか。仮に私が勝ったら、貴殿に変わって姫君を父上の元へと送り届けやろう」

「そのためには、転生者を倒す必要がある。貴殿は転生者と戦ったことは?」

「無い」

「俺はある。奴らの強さはデタラメだ。俺とて一人で挑んで勝てるとは思っていない。目標を達成するためには貴殿の力が必要だ。ここで殺すわけにはいかない」

「西部の小鬼が臆病風に吹かれるとは……堕ちたものだな」

「臆病なほうが長生きするものだ」

「だから、貴殿は生き延びたというわけか。我が父とは違ってな」


 笑顔のまま殺気を放たれる。さて、ここで逃げてもいいが、強気に出ておいたほうがいいだろう。平身低頭も過ぎれば侮られるというものだ。


「臆病さとは思慮深いということだ。それが無ければ死ぬだけだと思うが?」

「ほう……我が父を愚弄するか?」

「勇敢に戦った者をバカにはしないさ。ただ、貴殿はウェスティン殿とは違って、いささか思慮に欠けるようだ」


 ヒルデが笑顔のまま固まる。テオドールとヒルデから放たれる殺気に空気が張り詰めた。テオドールもすぐさま動けるように構えているし、ヒルデもそうだろう。リーズレットを含め、周囲の者が固唾をのみ込む静寂の中、ヒルデ「はははは!」と笑い声をあげた。


「うむ、諫言として受け取るぞ、小鬼殿」

「……貴殿の懐が深くて良かった。どうやら思慮深い御仁のようだ。先ほどの言葉は撤回し、謝罪しよう」


 互いに笑顔を浮かべて受け流す。当然、作り笑いである。


「貴殿の言うとおり、たしかに目下の目標は王家に弓引く逆賊だ。先にアレの首を刎ねるべきだろうな」

「同感だよ、ヒルデ殿」


「転生者の首の横に貴殿の首も晒してやろう」


「その首が貴殿のモノになるかもしれんぞ?」


 再び空気が凍ったがリーズレットが「テオドール、仲良くできなくても、そのフリはしなさい」と主君っぽく命じてきたので「かしこまりました」と目礼で答える。


「では、また後日」


 と立ち去るテオドールをヒルデは笑顔のまま、ずっと見てきたが、無視した。そのままギルド支部を出て道を歩く。不意にリーズレットがテオドールに寄りかかってきたので慌てて支える。


「リーズ、大丈夫?」

「だいじょばない!」


 と目に涙を浮かべながら睨んでくる。


「あのヒルデって騎士、本物の西部騎士じゃない! 殺気がハンパないわよ!!」

「まあ、ヴァンダム家の姫だからな……」

「やっぱり、あのヴァンダム家の縁者ってこと?」

「たぶん、そうだと思う……」


 ヴァンダム家はテオドールが貴族だった頃、滅ぼした家だ。


 もう四年くらい前の話になる。最初は領民同士の水場争いだったのが、いろいろ飛び火して貴族間の領土問題になった。


 ヴォルフリートが仲裁に入ったのだが、当時のヴァンダム家領主であるヒルデの父ウェスティン・ヴァンダムが、その裁決に不満を抱き、いろいろ誤魔化しながら約定を無視したのだ。テオドールとしても、舐められてはいけない、ということで戦うことになった。最終的にヴォルフリートもヴァンダム家の動きにブチギレ、全ての処分をテオドールに一任してきた。


 当時はテオドールも子供だったし、アルベイン家臣団をまとめきれていなかったため、見せしめにヴァンダム家の郎党は撫で斬りに処し、領地は併合した。屋敷も城も焼き討ちにしたが、領民は許した。苛烈な判断だったと思うが、家臣や主君の手前、甘い顔はできなかったのだ。


(恨まれても無理は無いか……)


 後悔はしているが、判断は正しかったと思う。下手に温情を見せたところで、どうせ別のタイミングで背中から刺されていただけだ。現に、こうしてヒルデに恨まれ、殺されかけた。


「どうするの?」

「どうにかするさ。ま、決闘するにしたって転生者をどうにかした後だ。ヒルデのことは追々考えるよ」


 そこまで言ったところで、リーズレットは自分がテオドールと密着していることに気づいたのか、勢いよく離れた。そのまま顔を真っ赤にして、そっぽを向く。


「と、とにかく! 危ないことだけはするんじゃないわよ!」


 と、プリプリ怒りながら歩いていくが、やっぱり気疲れしていたのか、再び転びかけた。そんなリーズレットを支えながら、宿へと向かって歩いていった。


(敵戦力が俺の予想より下回っていない限り、こっちに勝ち目は無いな……)


 幹部同士の話し合いでさえ、まとまっていないのだ。合議制というのは、とことん戦争に向いていない。


(手段を選ばなければ、統帥権を奪うのは可能だが……)


 魔術による洗脳などで、幹部を押さえてしまえばいい。だが、バレれば、それだけで反感を招き、組織が瓦解する。期限が一月では、真っ当な人心掌握術では時間が足りない。仮にできたとしても、敵の情報を集めるなどの諜報活動に時間を割けなくなる。


(リュカさえいてくれたら、そっちは全部頼めたんだけど……)


 いない人を求めてもしかたがない。

 今は手持ちの人材で、どうにかしなければならないのだ。


(やっぱり、あの方法しか無いか……早く新規の魔術開発、終わらせないと……)


 などと考えながらテオドールはリーズレットの体を支えながら歩いていた。

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