第64話
ヒルデが虚空に浮かぶ剣をつかみ、テオドールの首をめがけて横一線に奔らせる。それより早くテオドールは膝を抜いて倒れ込むように接敵。頭上を風が通り過ぎると同時に間合いを殺し、倒れる勢いと体重を乗せながら拳を胸に打ち込んだ。
鎧通しと呼ばれる当身技は、衝撃を体内に留め、爆発させる。即座に手を開き、重ねて掌底を打ち込むが、今度は魔術も乗せて、吹っ飛ばした。
刹那の二連撃。音を追い越した打撃はドンッ! と一発鳴るだけだ。
ヒルデの体が飛ぶ。対するテオドールは構えながら残心。
ヒルデは自分と同じ西部騎士の戦闘民族だ。この程度の攻撃で仕留めきれるとは思っていないし、あえて殺さない程度に威力は留めてはある。実際、ヒルデは殴り飛ばされながらも光の剣を振るっていた。その刀身は鞭のようにしなりながら、テオドール目掛けて伸びてくる。
(ま、
剣のように見えて遠距離兵装だろう。そもそも近接武器特化の
鞭のようにしなる刃を躱そうかと思ったが、下手に躱せばリーズレットを巻き込みかねない。咄嗟に
「なにやってんだい!」
リリアが叫び、他の冒険者たちも構えた。テオドールはリーズレットをリリアのほうに押しのける。リリアもリーズレットは任せろと言いたげにうなずいた。
テオドールの打撃で壁にたたきつけられたヒルデは血反吐を吐きながらも立ち上がる。
「はははは! さすがだな! それでこそだ!」
楽しそうに笑っているのが、本当に西部騎士だな、と思った。いくら頑丈とはいえ、先ほどの攻撃ですぐに動けはしないだろう。今なら会話も可能ははずだ。
「西部騎士だと聞きましたが、いきなりなんですか? 名乗りもせずに斬りかかるなんて……」
「私の名はヒルデ・ヴァンダムだ」
テオドールの眉間に力がこもる。
「まさかヴァンダム家の……」
「思い出したか?」
テオドールはため息まじりに「ああ」と答えた。
「俺の名はテオドール・シュタイナーだ。あなたに恨まれる理由には心当たりがある」
「シュタイナー……? 名を変えたか?」
「いろいろあってね。まあ、心当たりはあれども、だからって殺されてやるわけにもいかない」
「知ったことか」
ヒルデが歪な笑みを浮かべた瞬間「待ちなさい」とリーズレットが声をあげる。そのまま割り込むようにテオドールとヒルデの間に立った。
「私はリーズレット・ペンローズ。父はフレドリク・ペンローズ侯爵です」
その言葉にヒルデは浮かせていた剣を消した。
そのままヒルデは膝をついて、目を伏せる。ペンローズ家は西部における大貴族である。男爵家のヴァンダム家が、無礼を働いていい相手ではなかった。それを言えば、アルベイン家もヴァンダム家より爵位は上ではあったのだが……。
ともあれ、西部貴族は上下関係を遵守する。遵守したくない場合は実力をもって下剋上をするしかなく、それが成されない限りは、基本、上位の者に逆らうのを良しとはしない。
「知らぬとはいえ、無作法なことをいたしました。ペンローズ様……お許しを」
「シュタイナー卿は私の侍従よ。ここは私の顔を立ててくれないかしら?」
「ですが、その男は……」
「ヴァンダム家になにがあったかは理解してるわ。でも、せめて正々堂々と決闘で決めるべきでしょう。それが騎士の作法じゃないかしら?」
「……正式なモノであれば、受けていただけると?」
「それでかまわないかしら? テオドール」
リーズレットの問いかけに「はい」とうなずいた。
おそらく勝てる。
(――と、慢心するとビャクレンの時みたいに痛い目を見かねない)
全力で対処すべきだと結論づけた。
(とはいえ、たしかにこの人、有用な戦力にはなるんだよな……)
先ほどの一合で実力は理解できた。この場にいる他の冒険者よりも、基礎スペックのレベルで勝っている。西部の現役騎士の中でも上位に食い込む実力者だろう。
さすがはレベル四百代。勇者クラスに手のかかりそうな人材だ。
(殺すに惜しいな……)
決闘になってしまえば、殺すしかなくなる。
(それも含めて絵図を描くしかないか……転生者相手にしてるってのに、西部騎士には恨まれ、使える軍は烏合の衆……どう勝てって言うんだよ……)
面倒事ばかり増えていく、と思いながらも表情には出さなかった。ヒルデはテオドールを一瞥し、鼻を鳴らすとドサリと乱雑に椅子に座った。
「なにをしてる? 早く会議をはじめろ。私は忙しいんだ」
その傍若無人な振る舞いに何か言いたそうなクロウだったが、舌打ちを鳴らし、椅子に座った。リリアはため息まじりに椅子に座り、リーズレットも自分の席についた。ジャンヌだけが笑顔を貼り付けたまま口を開く。
「壊した部屋の修繕費、ヒルデさんに請求しますね」
「小鬼殿が防ぐのが悪い。折半にしろ」
「えー……?」
思わず声が漏れてしまうが「文句があるなら、今すぐ決着をつけてもいいんだぞ?」と喧嘩を売られた。なるほど、確かに厄介な人柄だ。和を乱すことを楽しんでいる節すらある。
「……わかりました。すぐに支払えるかわかりませんが、それでも良ければ」
とリーズレットが受け入れた。テオドールは侍従として止める演技をする。
「ですが、リーズレット様……」
「いいのよ。あちらも退いてくれたのだし、こちらも譲歩すべきでしょう?」
その言葉にヒルデはかすかに眉間を寄せた。これで貸し借りは無しということなのだ。騎士という生き物は貸し借りや筋道を大切にする。そこがズレていると軸が無いと言われ、騎士道にあるまじき行為となるのだ。
そのうえ、この場にいる幹部たちに、リーズレットがこの場を納めたという印象を与えられる。実際、命がけでテオドールたちの間に割って入ったのだ。クロウのリーズレットを見る目も、小馬鹿にしたモノではなくなっていた。
「では、続きをはじめましょう、ラース。司会、お願いするわね」
リーズレットの溌剌とした声に、剣呑とした雰囲気が明るくなった。
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