第63話
ミルトランのギルド会館の二階には、大型の会議室があった。その部屋には円卓があり、椅子が車座のように並んでいる。テオドールたちが来た時にはリリアとラースを含めた幾名かが到着していた。
リリアとラースはリーズレットの視線を向けてくる。リーズレットは笑顔で二人に挨拶をしに近づいていくと、軽く雑談を交わしていた。リリアとラースも初対面の頃から、だいぶ柔和な雰囲気でリーズレットと対している。
(コミュニケーション能力、高いよな……)
リーズレットは誰からも好かれるタイプの人間だ。
基本はいつも笑顔で明るく、気品と愛嬌がある。そのうえ、差別は絶対にせず、それが主君であろうと浮浪者であろうと、全ての人に対して敬意を持って接するのだ。親密になれば言葉や態度は砕けてくるが、相手を尊重するという態度を崩すことが無い。
そのうえ、どれだけ自分に余裕が無くても、その仮面だけは脱ぐことが無かった。実際、ダンジョンに入ってからリーズレットの機嫌が悪くなったのはテオドールに対してだけで、後は常に平素を装っていた。
更に自分から進んで他者と関わっていくため、いつの間にか知り合いが増えており、能力も高く聞き上手だから相談も増え、頼りにされていく。
素の性格というより、彼女なりの生存戦略の結果、手に入れたスキルだろう。
西部では男女問わず、戦いの連続である。アンジェリカのように我儘気儘に振る舞っていては、いざという時に手を差し伸べてくれる者がいなくなる。そうなれば、末路は悲惨なものになるだろう。
味方を多く作る、というのがリーズレットの戦略方針であり、その結果として若いながらも政治家としてフレドリクからも重宝されるようになったのだ。
(折衝はリーズに任せておいたほうがよさそうだな……)
リリアやラースに気に入られているようだし、リーズレットの対人スキルがあれば、そう遠くない先、ミルトラン冒険者軍の中でも発言権を得ていくだろう。
実際、リーズレットもその方針で動いているから、リリアやラースに取り入る動きをしているようだった。
(外交のことを考えないでいいのは楽だよな……)
その分、テオドール自身は他のことに注力できる。
などと考えている内にメンバーが集まってきた。
しばらくして、全員席についたかと思いきや、椅子が一つだけ空いており、その空席を見てラースがため息をついた。
「ヒルデはまたか……」
そのつぶやきにジャンヌが「遅刻でしょうね」と苦笑を浮かべる。会議に参加するメンバーはテオドールを入れて、七人。それに遅刻者を含めて、計八人だ。
「まあ、いい。刻限だ。はじめよう。先ずは、新たな仲間を紹介しよう」
ラースの言葉を受けてリーズレットが立ち上がる。
「リーズレット・ペンローズです。後ろの者は従者のテオドール・シュタイナー。共に西部出身です」
「いきなり会議に参加させる理由を知りたいな、ラース」
黒髪で目元に傷のある男が、かすかな怒気を含めながらラースに問いかける。
「彼女の騎士テオドールのレベルは400以上ある。ヒルデと同じ上級冒険者だ。実力的には申し分ないだろ?」
「だとしても事前に説明は欲しかったな」
「それはすまなかったよ、クロウ。忙しくてね、そこまで気が回らなかった」
露骨な嘘を述べながらラースは続ける。
「さて、各々、任務に関する報告をしてほしい。先ずはリリアから」
リリアが
「そこで私たちはリーズレットたちに助けられたのさ。実力は保証するよ」
リリアの後押しもあり、テオドールたちを見る目の色が変わっていく。一目置かれ始めているようだ。そのまま他の幹部も自分や仲間があげた成果を報告していく。
「転生者軍に忍び込ませた蟲役との連絡は取れなくなった……」
ガタイのいい男の報告に空気が重くなる。そこでリリアが「ガブラン、敵の能力について何かわかったことはあるのかい?」と質問する。
「推測でしかないが、三十五階層に跋扈している鉄の
リリアが「鉄の
「そうか、あんたは全開の定例には不参加だったな……」
とガブランは前置いて続けた。
「三十五階層には、それまで存在していなかった鉄の
「攻撃手段を持ってるのかい?」
「全て把握してるわけじゃないが、あると見るべきだろうな。あと、なんか変な杖みたいなもんを冒険者たちが持ってたよ。それを使うところを見かけたが、
「いくつもってどれくらいだい?」
「向こうの冒険者全員って思えばいいんじゃないのか? 少なくとも、こちらが確認した連中は全員が装備していた」
「敵は全員アーティファクトで武装してるってこちかい?」
「アーティファクトかどうかはわからん。アレが転生者の
テオドールもリリアから転生者は召喚術の
(これだから転生者は……)
細かい戦力までは把握できないが、かなり厄介な能力である。
(飛行魔術は再現不能魔術じゃん……)
疑似的に飛行のように見せる魔術はあるが、大地からの楔を完全に断ち切る魔術は存在しない。だが、一部竜種は、翼ではなく魔術で飛行しているモノがいる。これらの飛行魔術は、ゲートや
「向こうはこっちの倍以上の戦力で、全員が
リリアのつぶやきに空気が重くなる。
誰が考えたって勝てる相手じゃないのだ。
「ヒルデがいないから言うけど、白旗あげたほうがいいんじゃないのかい?」
リリアの言葉にラースが「それは無理だな」とため息まじりにつぶやく。
「既に、そのヒルデが正式に宣戦布告している。その後、敵に投降した者はどうなった?」
今まで発言していたガブランがため息混じりに「
「向こうからも正式に宣戦布告をされたしな。一月後に三十七階層に攻めてくるそうだ。投降しても無駄だとな。皆殺しにするから、楽しみにしていろ、と仲間の首と一緒に届いたよ」
リリアは頭を抱えながら「あの騎士バカが……」とつぶやき「他の連中には言ったのかい?」と尋ねる。
「言えるわけないだろ。言えば、崩壊だ」
クロウが吐き捨てるように言った。そのまま鋭い視線をリーズレットへと向けてくる。
「お嬢さんも軽い口は尻軽以上に信用を失うぞ? 場合によっては、あんたの命も軽くなるかもな」
「肝に銘じておくわ」
リーズレットは平然とした様子で答えていた。
「クロウ、ジャンヌ、あんたらはまだ戦うべきってスタンスなのかい?」
「逆に訊くが、リリア、あんたは退くべきって考えなのか? そうなれば連中の奴隷だぞ?」
クロウの言葉にジャンヌが続ける。
「従わなかった方々がどうなったかご存知でしょう?」
その言葉にリーズレットが「どうなったの?」と尋ねる。リリアがため息まじりに口を開いた。
「三十五階層にはいくつか都市がある。転生者が押さえているのは、下層へつながるゲートを囲った都市だ。それ以外の都市は、当然、反抗した。その結果、男は殺され、女は奴隷だ。その惨劇を見て、従うことを選んだ都市も、為政者などの中心人物は皆殺しにされたそうだ。しかも、少しでも見た目のいい女は転生者の奴隷にされるそうだよ。リーズも気を付けるんだね……」
それもしかたがない。
これまで観測された転生者は例外なく奴隷が好きだ。
実際、テオドールが戦場で遭遇した傭兵転生者も女奴隷を買い取って傭兵団にしていた。女性とは言え、傭兵なので容赦なく
だが、転生者は普通じゃない。
キレるとパワーアップするのだ。
戦闘中に更に強くなるというデタラメな成長をされた。殺すのが難しそうだったので、テオドールが殺した女奴隷の死体を魔術で操り、肉の壁にするなど、メンタルを削りまくってやった。それでも殺せず、痛み分けにするのがやっとだった。
客観的に振り返ると、かなり人道や倫理的に問題ある戦術だったと思うが、手段を選んでいたら転生者には勝てないのだ。
(このダンジョンの転生者は慈悲も無さそうだな……)
転生者の振る舞いが間違っているとは思わない。恐怖による支配は効率がいい。
だが、引っかかる部分もたしかにある。
アメとムチを使い分けるのは重要だが、見境なく美女に手を出すというのは、自制心が無いだけなのかもしれない。
その辺はゴシップレベルの噂かもしれないのだが……。
「宣戦布告しちまった手前、戦うしかないってことだね……」
リリアのボヤきに重い沈黙が横たわった。
仮に逃げたとしても、この場にいる幹部は皆殺しにされるだろう。リリアやジャンヌ、リーズレットはその容貌で奴隷に堕ちれば、転生者の性玩具として命を長らえるかもしれないが、それを甘んじて受け入れるとは思えない。
「引き続き情報と戦力の拡充が必要だ」
重い空気を切り裂くようにラースが発言する。
「リリア、お前らが探索した
「それはそうだけど、まさか地図を献上しろってんじゃないだろうね? タダじゃ譲れないよ?」
その発言にクロウが舌打ちを鳴らす。
「守銭奴な生き方はかまわないが、こういう状況だ。情報の共有は必要だろ?」
クロウの発言にリリアは「はっ」と短く笑う。
「こっちは命がけで集めた情報だよ。それでも、君の言う守銭奴なりにアーティファクトは分けてやったんだ。これ以上の何かを差し出せってんなら、こっちもなにかもらわないと割にあわないねぇ」
「転生者の情報はくれてやっただろ」
「それはあんたじゃなくて、ガブランからだろ?」
「だったら、ガブランには情報回せよ」
「アーティファクトは納品してる。それで相殺さね」
案の定、冒険者軍も一枚岩ではない。
リリアたちは冒険者としての利益を重視するし、クロウたちはギルドとしての利益を重視する。リリアも最終的には地図情報を共有するだろうが、それまでに何かを引っ張ってくる腹積もりなのだろう。
地図情報に関する議論が紛糾する中、乱暴に会議室の扉が開かれた。
現れたのは金髪碧眼に白銀の鎧をまとった美女だ。長い髪の毛を結んで編み込み、後頭部でまとめていた。一瞬、エルフと見間違えそうになった白い肌に、スッと伸びた形のいい鼻筋。冒険者らしく化粧っ気は皆無だが、顔にはシミや傷一つなかった。その美貌に足る自信に満ちた佇まい。それでいて隙の無い歩き方である。
「すまない。遅れた」
悪びれもせずに微笑を携えながら入室してくる。それまでヒートアップしていたリリアとクロウは黙り込む。おそらく彼女が件の問題児、ヒルデなのだろう。
ヒルデはリーズレットを見てから訝しげに眉間を寄せ、その背後に立つテオドールを見てから、目を大きく見開いた。
「ははははは! よもや、こんな所で貴殿に会うとは思わなかったぞ、小鬼殿」
(え? 知り合い!?)
ヒルデがその整った顔に微笑を浮かべた瞬間、虚空に光の剣が生じる。
(魔術か? いや、違う。
テオドールは瞬時に戦闘モードに思考を移行。リーズレットの位置を確認しながら即座に動けるように心を整える。
「
構えろと言いながら、こちらが構えるのを待たずに斬りかかられた。
「その首、もらい受けるっ!!」
問答無用なところが西部騎士っぽいな、と思うテオドールだった。
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