第62話
湯あみの一件があってからアシュレイとギクシャクしている。
先ず、着替える時もテオドールがいない隙を伺って着替えているし、話しかけると目を伏せられてしまう。
(嫌われたか……?)
一物の大きさを確認しようとしなければ良かったと後悔する中、リーズレットの反応も変だった。テオドールと目が合う度に頬を真っ赤にして、股間に視線を落とされ、勢いよく視線をそらされる。
箱入り娘の貴族令嬢に男の素っ裸は衝撃があったらしい。リーズレットに至ってはアシュレイ以上に会話にならなかった。
(俺なにかやっちゃいましたか?)
思わず内心で言ったが、言わずもがなである。
やらかしてしまったのだ。
どうにか二人との距離を元に戻そうと画策する中、リリアたちが「会議に出席してくれ」と言ってきた。
どうやら任務に出ていた他の幹部連中たちが戻ってきたらしく、今後の方針を決めたいらしい。どうやら対転生者軍には中心パーティーが五つあり、そのリーダーが幹部となっているようだ。しかも、合議制である。
(クソだな……)
と思った。
合議制は物事の決定に時間がかかる。平時においては慎重に事を進めることができるかもしれないが、戦争などの緊急時に合議制は役に立たない。政敵を葬ってでも命令系統は一本化すべきである。
おそらく、転生者軍はトップダウン方式だろう。でなければ、冒険者から反対意見が出てきそうなゲートの封鎖などするわけがない。
(組織構造的にも負けが確定してるな……)
と思いつつも会議の出席には快諾した。対外的なリーダーはリーズレットだが、その護衛としてテオドールも参加することになった。
その日の夜に食事を終えたテオドールはリーズレットを護衛しながら、ギルド会館へと赴く。当然、宿からの道中、リーズレットはテオドールを見ようともしなかったし、話しかけれると「ひゃい!」「ぴゃっ!」とか、変な声を出されてしまう。
とはいえ、大事な話もあるので「いろいろ思うところがあるのは理解するが、方針を詰めたい」と前置いて話し始める。
「基本、発言はリーズに任せる。ただ、あまり安売りはしたくない。基本、俺の指揮命令権はリーズに一任させる流れにしてくれ」
「わ、わかったわ……」
耳まで真っ赤になっていた。
「ただし、敵は作らない方向で。敵対的なことを言われても、やんわりと受け流してくれ。多少の侮蔑とかには反応しないように」
「え、ええ……」
「今回の会議で幹部連中のパワーバランスを確認したい。そのうえで、今後の方針を決めよう」
「そ、そうね……でも、期待できることは、そんなに無いと思う」
リーズレットの意見には賛成だ。
「リリアやラースといろいろ話したりしたんだけど……」
「いつの間に?」
「アシュレイを連れていったから一人じゃないわよ」
アシュレイが護衛として役に立つかどうかはこの際、置いておく。
「今後は俺に声をかけてくれ。君の身になにかあったら大変だ」
「し、しかたがないでしょ! だってテオが……」
と何か言いかけてから「つ、次からは気を付ける」とモニョモニョ言っていた。
「で、いろいろ話を聞いた結果、ミルトランの冒険者軍は烏合の衆だという結論に至ったわ」
「……だろうな」
「利害関係のあれこれや、冒険者同士のマウンティングとかいろいろあって大変みたいね。ラースは人がいいから人望があったみたいで、その流れでお飾りのリーダーになったって流れ。本人も自覚してる」
苦労人ということだ。
「主に幹部たちの派閥は三つ。ラースやリリアの日和見派。一番多い冒険者ギルド派。あとは西部女騎士の主戦派。日和見派は状況を見て最も利益を得られる行動をしたい人たち。ザ・冒険者って感じの思考ね。ギルド派はギルドの利権を守りたい人たち。主にミルトランに根差してる冒険者やギルドと繋がりの深いパーティー。転生者の主張はギルド利権とぶつかるから、転生者を排除するか利権は保持したい。で、最後の主戦派は最も少ない派閥ね。利権なんかどうでもいいから、転生者を倒すべし、という考え」
もっと探れば更に各々の思惑が絡んでくるだろうが、日和見派とギルド派は手を結べる可能性が高い。双方とも利益や利権が得られればいいという点で同じだ。それが個人の利権か、ギルドという組織の利権か、の違いでしかない。
双方と真っ向からぶつかるのが主戦派だろう。利益ではなく思想や信条で動いていると思われる。その手の連中とは、基本、話し合いが成り立たない。
「主戦派って数が少ないんだろ? 枝打ちされないのか?」
もしテオドールがラースの立ち位置だったら、力を削ぐ。最悪、暗殺してでも動きやすいように組織を変える。
「その中心人物が厄介な西部騎士なんだってさ。レベルは四百代で
「それは厄介だな……」
殺すには惜しい人材だ。
が、和を乱す程度によっては排除すべきだろう。確かにレベル四百代は、かなり稀有な人材だ。だが、
テオドールもアルベイン家の家督を継いだ際、何かと文句を言ってくる上、下剋上を企画していた家宰を事故死に見せかけ暗殺したことがある。能力があるから、と言って人材を贔屓してはいけない。
組織の歯車として機能するかどうかのほうが重要だ、というのが主君やリーダーに求められる考え方だ。それを表に出してはいけないが、根っこの部分で家臣は駒であるという考えを捨ててはいけないのだ。
リーダーに優しさは必要だが、甘さは不要だ。甘い主君は組織を腐敗させる。スヴェラートのように。
ラースは甘さを見抜かれたから、お飾りのリーダーとして据えられたのだろう。状況によってはラースも枝打ちすべきだというのがテオドールの考えだ。優柔不断なリーダーは悪臣以上に質が悪い。
「とりあえず、ざっくり状況は理解した」
「テオのほうで情報は集めてなかったの?」
「俺は俺でここ数日、新しい魔術を開発してたんだよ。あと、拾った指輪の解析だな」
「だから、ずっと寝てたのね……どんな魔術?」
「まだできてないから完成次第、伝えるよ」
今後のことを考え、必要になる魔術だった。ちなみに指輪の解析は、まだ終わっていない。
「とにかく、敵は作らないように振る舞おう。君ならうまくやれるだろ? リーズ」
「そうね。穏便に進めてるわ」
柔和に平身低頭で油断させる。
いつでも背中から刺せるように。
それが西部式の政治のやり方だった。その辺のことはリーズレットも理解しているだろう。テオドールと目が合う度に顔が真っ赤になってしまうリーズだが、あのフレドリクの薫陶を受けた女傑なのだ。
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