第61話

 リリアの助けもあってミルトランの宿屋にテオドールたちの部屋を二つほど用立ててもらえた。ミルトランの冒険者軍団所属となったため、宿賃は無料らしい。ただし、食事は自分たちで用意するように言われた。


 ここ十日ほど、まともに垢を落としていなかったので、湯あみ用の湯を用意してもらった。桶いっぱいのぬるま湯と布切れを前にテオドールは服を脱いでいく。そんなテオドールからアシュレイは勢いよく目をそらしていた。


「どうした? 脱がないのか?」

「え? いや、ぼ、僕はいいよ」

「いくら親友とは言え、臭うのは問題だと思うぞ。リーズもいるんだし……」


 騎士として淑女の前では、それ相応に整えるのがエチケットである。不潔な従者では主人まで不潔だと思われかねない。


「ひ、一人で洗うからいいよ。テオが先に洗えば……」

「俺のあとだと湯も汚れてるぞ?」

「だ、大丈夫だよ! なんなら、また用意してもらうから!」


 親友としては裸の付き合いをしたかったが、これ以上の無理強いは男色家と思われかねない。テオドールは「わかったよ」と言いつつ、下着まで脱ぎ、真っ裸になった。瞬間、アシュレイが「ぴぅ!」というよくわからない音を喉から出してテオドールの股間を見ていた。


「どうした、アシュレイ……」


 テオドールの股間を凝視したままアシュレイは固まり、何かを思い出したかのように目をつぶった。


「み、みみみ見てない! 僕はなにも見てない!」

「え? なにその反応? 傷つくんだけど……?」


 目をそらしたいほどの一物だったのか? と怖くなってくる。


 あるいは、テオドールの一物はアシュレイのそれに比べて小さいのかもしれない。アシュレイは心の底で「はっ! 僕の親友のくせに貧相な一物だな」と嘲笑っているのかもしれない。


(ま、まさか俺がアンジェリカ様に罵られていたのも、一物が小さいから?)


 そんなこと言われたことが無いが、アンジェリカも貴族令嬢として男性経験は無かった。他の男性とテオドールの一物を比べるチャンスは無い。湯治に行った時、温泉に入ったことがあったが、その時も裸になったのはテオドールだけだった。


(お、俺は自分のモノ以外で見たことがあるのは弟のアルベールの一物だけだ!)


 しかも、それはまだ幼い時分である。成人してからの一物を見たことがない。もしかしたら、自分の一物にはなにか問題があるのかもしれなかった。


(か、確認する必要がある! 男色家と誤解されてもかまわん!!)


 今後のテオドールの人生に関わってくる大問題なのだから。


「アシュレイ!! お前の一物を見せてくれ!!」

「いきなりなに言ってるの!?」


 言いつつアシュレイのズボンに手をかける。アシュレイは慌てて押さえて抵抗する。その勢いのままアシュレイはベッドの上に倒れてしまった。だが、テオドールも必死に追いすがる。


「ちょっとだけ! ちょっとだけ見せてくれるだけでいいから!! 俺が平均値なのかどうか知りたいだけだから!!」

「や、やめてよっ!! なに言ってるんだよ!!」

「俺だって不安なんだよ!!」

「そんなテオのほうが不安だよ!!」


「なに騒いでるのよ……?」


 不意に開いた扉。そこには湯あみを終えたと思われるリーズレットが立っていた。その目の前では裸のテオドールがアシュレイをベッドの上に押し倒し、ズボンに手をかけている。リーズレットは目を見開いて固まった。


 時が止まる。リーズレットは深呼吸を一回し、瞑目する。


「テオ、あなた、やっぱり男色家だったの?」


「ち、違うよ!!」

「助けてリーズ!!」

「あ、アシュレイ、逃げるなよ! 見せてくれるだけでいいから! 男同士だろ!!」

「だから、嫌だって言ってるだろ!」


「テオっ!!」


 リーズレットの一喝にテオドールが固まる。


「レイとリュカは知ってるのかしら? あなたが男色家だということを」


「だから違うって! 俺はただ自分の大きさが気になるだけだよ!!」

「どうでもいいけど、少しは隠せよ! リーズも見てるんだぞ!!」


 言われてテオドールはリーズレットにも見られていることに気づく。とっさに布を腰に巻いた。リーズレットは焦点のあってない目でテオドールを見る。


「テオ、一ついいかしら?」


「なんすか?」

「男性の裸を見るのは、生まれて初めてなの」

「そっすか……」

「だから、もう無理……」


 鼻血を垂らしながらリーズレットが倒れた。やはり箱入り娘にテオドールの裸は刺激が強かったらしい。


「リーズがテオのせいで!!」

「え!? 俺のせいなの!?」


 とりあえず、リーズレットの意識が戻るまでテオドールは湯あみができなかった。

 裸でい続けたせいで、軽く風邪をひいてしまった上、アシュレイに怯えられてしまい、距離を取られてしまうテオドールだった。

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