第60話

 異跡メガリス神機オラクル探しを続けたテオドールたちだったが、それ以降は神機オラクルはみつからなかった。だが、いくつか戦闘向けのアーティファクトを見つけ、撤収とあいなった。

 異跡メガリス全体を回ることはできなかったが、全体の半分程度は踏破することができたため、これ以降は次の機会に持ち越しとなったのだ。


 そのままテオドールたちは魔物がひしめく森を無傷で突き抜け、ダンジョン内都市へと向かう。

 三十七階層の都市ミルトランは、他のダンジョン内都市がそうであるように城壁で囲まれた城塞都市だった。他の都市とは違い、城壁の更に外側には河川を利用した堀で囲っている。魔物からの襲撃に備えるためなのか、城壁上には見張りの冒険者が巡回している。


 この三十七階層で、これだけの都市を作るとなると、かなり大変だろう。どれだけの月日を経て作ったのか考えただけでも気が遠くなる。

 確かに土を操る魔術を使えば、ある程度は楽をできるだろうが……。


 堀を渡るための跳ね橋を越えた先には、巨大な木の門扉がある。釣り上げ式の扉だろう。四人ほど門番が詰めており、その誰もがリリアたちを見ると破顔した。「無事だったか!?」とか「うまくいったか!?」などと、成果を聞いてくる。リリアやシローは笑顔で受け答え、シャンカラは話しかけられるのを避けるように気配を消していた。

 門番のうちの一人がテオドールたちに視線を投げてきて、リリアに何か聞いていた。だが、リリアの返答で納得がいったのか苦笑を浮かべ、こちらへ向けていた警戒心を解く。


「行くよ」


 リリアの言葉に従い、テオドールたちも門をくぐった。

 城塞都市内は据えた臭いがした。王都のように上下水道があるわけではないのだろう。生活臭が漂っている。とはいえ、ここ数日、風呂にも入っていないテオドールたちの体臭もなかなかのモノなので、特に気にならなかった。

 リーズレットは大丈夫か? と思ったが、特に気にせず、歩を進めている。西部で政治家をしているだけあり、メンタルは強いらしい。

 不意にリリアが歩きながら「テオドール」と声をかけてきた。「なんですか?」と応える。


「アーティファクトを納品してくれた時点で、契約は満了だが、その後はどうするんだい? 私らの仲間になるとか言ってたが……」

「ちゃんテオ、なりなよ。強いし、ボスも気に入るんじゃない?」

「入ってくれれば、こちらも助かるが、どうするんだい?」

「はい。協力は惜しみません。ただ……」


 冒険者たちの状況も把握しきれていない中、信頼しきるのは危険だ。仲間になるとしても、ある程度のイニシアチブを取れるようにはなっておきたい。


「俺の実力に関しては秘密にしておいてほしいんです」

「どうしてぇ?」


 シャンカラの問いかけにテオドールは肩をすくめた。


「冒険者って喧嘩っ早いじゃないですか? 変に持ち上げられると、諍いの元になります。ましてや新参ですからね……」


 真実半分、嘘半分の言葉である。


「まあ、わからんでもねーな。確かに幹部の中にも厄介なのが一人いるしよ……」


 嫌そうな顔でシローが言う。面倒な人間がいるようだ。


「それに、どこから情報が敵側に漏れるかわかりません。俺の能力や神機オラクルは隠したほうが奇襲として有用です」


 その言葉に「わからんでもないけど、ボスにも言うなってのかい?」と返してくる。


「俺はリリアさんたちは信じてますが、そのボスなる人や他のお仲間を信じることはできません。その判断はこちらに一任させていただきたいのですが……」


 リリアは考え込むように虚空を見つめる。


「かまわないが、そのネタをバラした時、私らも知らなかったってことにしといてくれないかい? いろいろ面倒だしね」

「はい、かまいません」

「あと、紹介するにせよ、ある程度の実力者ってことじゃないと通らない。レベルは400くらいってことでいいかい?」

「はい、それでお願いします」


 その後、出していい情報の共有をしつつ道を進む。

 都市内は木製の住居から石造りの住居まで多種多様あり、更に古びた家から新築まで年代も様々だ。街の雰囲気同様、行きかう人々の人種も様々で統一感が無い。冒険者というアウトローな気質なためか、市場で飛び交うやり取りも乱暴な口調である。


 そんな大通りを抜けると、一際大きな建物があった。シンメトリーな二階建ての建物であり、立派な外観だ。どこか七神教の教会にも似ている。おそらく、冒険者ギルド関連の建物だろう。

 リリアが扉を開けると、会議室にも使えるようなホールがある。いくつかテーブルや椅子が置かれているが、人は少ない。ギルドの受付嬢らしき女性が、カウンター越しに立ち上がった。


「リリアさん!」

「やあ、ジャンヌ、今帰ったよ」


 ジャンヌと呼ばれた女性がカウンターからホールへと出てきた。そのまま喜色満面の笑みを浮かべ、近づいてくる。その動き一つとっても無駄が無いことから察するに、彼女も冒険者としてかなりの腕前なのだろう。中級冒険者以上の実力はありそうだ。


「おつかれさまです! 探索はどうでしたか?」

「ま、ぼちぼちだね。ボスや幹部連中は?」

「ラースさんは執務室にいます。他の方々はそれぞれ別の任務で空けていますね。定例会までには戻ってくる予定です」

「了解。じゃ、ラースに報告してくるよ」


 ふとジャンヌがテオドールたちに視線を向けてくる。


「そちらの方々は?」

「いろいろあってね。力を貸してくれることになったのさ。その辺も含めてラースに報告するよ」

「わかりました」


 うなずきつつジャンヌがテオドールたちに頭を下げてくる。


「三十七階層のダンジョン都市ミルトランのギルド支部長をしているジャンヌです。以後お見知りおきを」

「テオドール・シュタイナーです。よろしくお願いします」


 頭を下げるテオドールに続いてリーズレットとアシュレイも自己紹介を終える。リリアに「こっちだよ」と言われ、階段を昇っていった。二階には四部屋ほどあるらしい。そのうちの一番奥の部屋の前に立つと、リリアがノックをする。中から「どうぞ」という声がしたので「リリアだ、入るよ」と声をかけた。


 部屋の中には執務机があり、そこには銀髪の男性が座りながら事務仕事をしていた。左目を眼帯で隠しており、その下には爪で抉られたような傷痕が残っている。


(強いな……)


 と思った。単純な身体能力だけで言えば、西部の騎士の中でも上位に食い込みそうな雰囲気がある。男は書類仕事から顔をあげ、テオドールを見てから怪訝そうに眉根を寄せた。


「そいつらは?」

異跡メガリス探索で力を借りてね。そこそこ強いからスカウトしたのさ」


 テオドールはリーズレットの背中を軽くポンと押した。ここは建前上、テオドールたちの主であるリーズレットが話さなければならない。その意図を悟ったのか、リーズレットが頭を下げる。


「リーズレット・ペンローズよ。父はフレドリク・ペンローズ侯爵。二人は私の侍従よ」

「ペンローズ……西部の大貴族だな。どうして、その侯爵令嬢が中央の、しかも、三十七階層なんて深さまで来たんだ?」

「いろいろとあったのよ」


 と実習試験中の事件について掻い摘んで説明する。


「私たちは外に出たいの。でも、三十五階層でいろいろイザコザがあるんでしょ? だから、お互いに協力したほうがいいと思ったの」

「本当に戦力になるのか?」

「私とアシュレイは初級冒険者よ。でも、このテオドールは中級から上級程度の腕前ね」

「レベルは?」


 その問いかけにテオドールが「452です」とテキトーな数字を並べた。


「上級レベルだな……まあ、西部の騎士なら珍しくもないか……」


 ラースは値踏みするような視線を向けてからリリアへと視線を向けた。


「お前の見立ては?」

「かなり使える。ただ、騎士が本職だからね。このお嬢ちゃん次第さ」

「西部騎士か……」


 ため息まじりにラースが腕を組む。


「なにか問題でもあるのかしら?」

「いや、仲間の中に一人、西部出身の女騎士がいてな……かなりの実力者なんだが、いろいろと面倒くさい」


 ラースのボヤきにリリアが「使えると思うよ」と口添える。


「侯爵令嬢様なら、あの騎士道バカを押さえつけられるんじゃないのかい? 主君筋の言うことは聞くだろうさ。それに同郷のテオドールもいる」

「……西部騎士に組まれても面倒なんだが?」

「放り出して転生者側につかれたほうが厄介だろ? テオドールは上級冒険者だよ?」

「……珍しく推してくるじゃないか?」

「単純に彼らを敵に回したくないだけさ」


 ラースはシローたちに視線を向けてくる。


「シロー、シャンカラ、お前らはどう思う?」

「入れたほうがいいぞ。つえーから」

「パコりたいから、側にいたい」


 ラースは瞑目して考える。


「リリア、推薦人として責任は取れるか?」

「程度にもよるけどね。ま、腐っても騎士に貴族令嬢さ。裏切りはしないだろう」

「……わかった。お前に任せる」


 ラースはため息まじりに言い、リーズレットへと鋭い視線を向けてきた。


「リリアたちに従え。報酬や役職、任務に関しては追って伝える」


 そう言ってから「リリアたちと話がある。外してくれ」と言われたので、テオドールたちは執務室を出た。


「どうにか仲間にはなれたわね」


 リーズレットの言葉に「そうだね」と答える。ふとアシュレイが「でも」と声をあげた。


「テオほど強いのに、なんか歓迎されてない雰囲気だったね……」

「まあ、他にいる西部騎士のイメージが悪いんだろ」

「しかたがないわよ、西部騎士なんだもの」

「同郷なのに受け入れるんだね……」


 アシュレイが呆れていたが、しかたがない。

 西部騎士は頭がおかしい、はどこに行っても共通認識なのである。同郷のテオドールでさえ、引くことを平気で言うしやる。


「アシュレイ、他の西部騎士をテオと同じように思わないほうがいいわよ」

「そうなの?」

「そうよ。主君や家族、仲間以外の命なんて虫けら同然に思ってるから」


 リーズレットの言葉だけでは足りないのでテオドールが更に付け加える。


「いや、仲間どころか自分の命も虫けら程度に思ってるよ。殺しあってこそ真の友情とか、のたまう連中だぞ。あいつら、全員、頭おかしいんだよ」

「テオだって元西部騎士だろ?」

「一緒にしないでくれ。俺は、あの文化が嫌なんだ、本当に……」


 その明らかに頭のおかしい元西部騎士がいるらしい。

 先のことを考えて、ただただため息が出てくるテオドールだった。


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