第58話

 赤く視界が明滅する中、リリアは廊下を駆ける。左に曲がったところで違和感に気づいた。


(通路の構造が変わってる!?)


 来た時には無かったはずの壁が生じていた。シャンカラも気づいたようで、走りながら振り返る。


火球操炎・改弐メガ・フレイム!」


 床を滑るように迫ってくる異跡守護者ゴーレムに猛火を放つ。魔力によって粘着性を持つ炎を無視して突破してきた。


「足止めにもなんないの!?」


 シャンカラが涙まじりに叫ぶ。天井を崩すか考えたが、確実性は無い。リリアは瞬間的に魔力感知サーチを奔らせ、目の前の壁の作りが薄いことを喝破した。


「シャンカラ! 目の前の壁をぶっ壊せ!」


 シャンカラが虚空で何かを持つかのように振りかぶる。


魔術弾丸・改弐メガ・バレット!」


 放たれた魔力の塊が壁を貫く。人の頭程度の穴が開いた。


「シロー!」

「まっかせなっ!! 身体強化オーガメント! 力学操作メカニクス!」


 シローが魔術で筋力を増加させ、力学を補正。剣を抜き壁の穴から横一線。


「うおらぁぁぁぁぁっ!!」


 続けざまに人一人通れる穴を作ると、蹴破った。同時に剣がバキリと折れる。


「うあっ! 高かったのに!!」

「生き残れたら、いくらでも買ってやるよ!!」


 嘆くシローをシャンカラが引っ張る。そのまま廊下を駆け、構造物の外に出た。


「マジかよ……」


 追いかけていたのと同じ形をした異跡守護者ゴーレムが出口を囲うように展開している。


「……話せばわかったりしない?」


 シャンカラのつぶやきに「無理だろうね」とリリアが応える。なにやら聞いたことのない言葉を異跡守護者ゴーレムは発しているが、なにを言っているのかはわからなかった。


「どうする? リリア……」


 異跡守護者ゴーレムは動かない。こちらが動かないからだろうか? だが、そうこうしている内に壁の穴に引っかかっていた異跡守護者ゴーレムが、壁を破壊して追いかけてきている。


「突破するしかないだろうね……」

「でもでも、魔術効かんし!!」

「剣も無ーぞ」


 こういう時、リーダーという立ち位置が嫌になる。


 自分の決断で仲間が死ぬのだ。


 脳が高速で回っている。背後から、こちらを敵と認識している異跡守護者ゴーレムが迫ってきている。アレはダメだ。こちらを敵と認識している。捕まれば、確実に殺される。だが、今、下手に動けば、外の異跡守護者ゴーレムにも敵と認識されかねない。


「突っ立ってても死ぬ。動いても死ぬ。それなら、動くしかないだろうねぇ」


 へッと笑いながら言った。


「あーし、まだ死にたくないよぅ! ちゃんテオつまみ食いしてないし!」

「俺だってもっとうまいもん食って、いい女抱きたかった!!」


 リリアは思わず噴き出した。今際の際なのに緊張感の無い連中だ。


「まだ死ぬって決まったわけじゃないだろ? 私が正面のあれに特大の一撃をかます。君たちはうまいこと逃げな」

「リーダー、オトリになるってこと? マジ? ありえんし!」

「おい、リリア、お前、そんな殊勝なタマじゃねーだろ。そんなこと言って、一番に逃げるつもりだろ? 俺は騙されねーからな!!」


 最後の最期まで、こういう軽いやり取りができるのがいい。実際のところ、シローとシャンカラは死ぬとは思っていないのだろう。二人とも楽天的だから、無理も無い。


 だが、ほぼ確実に死ぬだろう。


 魔術も効かない異跡守護者ゴーレムなど、勝ち目がない。それが最低でも五体いる。


「少しは信用しな! 行くよ!」


 リリアが剣を構えながら踏み込む。


「――やっぱり異跡守護者ゴーレムいるじゃないですか」


 その言葉と共に目の前の異跡守護者ゴーレムが細切れに解体された。同時に両隣にいた異跡守護者ゴーレムがその登場人物へと腕を向ける。


 両手から光の刃を伸ばした少年は、異跡守護者ゴーレムの反応速度よりも速く踏み込み。光の刃を振るう。一切の手応えが無いかのように腕を振るえば、その軌跡に合わせて異跡守護者ゴーレムが解体されていく。


 異跡守護者ゴーレムの腕が光、轟音と共になにかが飛び出す。魔術弾丸バレットにも似た弾丸でもテオドールの動きは捉えきれない。


 無駄なく、それこそ典雅な舞いのように流麗に動くテオドールはあっという間に四体の異跡守護者ゴーレムをバラバラに解体していた。


「魔術効かないんじゃねーのかよ……」


 シローの言葉にシャンカラが「王魔級の魔術は効かないってことじゃね?」とつぶやいた。あの手から伸びる光の刃は、リリアも見たことがない魔術だ。おそらく本人のオリジナルの魔術なのだろう。もしくは特殊天慶ユニークスキルかもしれない。


 惚けたようにテオドールを見ていたら、不意に視線があった。


「危ないから少しどいてください」


 手でどけとジェスチャーしつつ、テオドールは槍を逆手に持って振りかぶる。


 入口からリリアたちを追いかけてきた異跡守護者ゴーレムが出た瞬間、テオドールが槍を投擲。光の帯となり、異跡守護者ゴーレムを穿ち抜いた。


 異跡守護者ゴーレムは爆発四散。


 リリアもシャンカラもシローも口を開けながらテオドールを見る。


「あぶないところでしたね……」


 シローはため息まじりにうなだれ、シャンカラはテオドールに駆け寄ると「ちゃんテオ、あーしとパコってぇ!」と抱き着く。リリアは乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。


「リリア……ありゃあ、バケモノだ……」


 シローのつぶやきにリリアも「そうだね」とうなずいた。


神機オラクル持ってようが、持ってなかろうが、勝てる相手じゃない……レベル500も嘘かもしれないねぇ……明らかにおかしい強さだ)


 今まで積み重ねてきた冒険者としてのプライドが、音を立てて崩れていくのを感じた。


(敵に回すくらいなら無条件で従うほうが利口だね……)


 リリアは深いため息をつき、シローの背中をポンポンと叩いた。


「やっぱり西部騎士は敵に回すべきじゃないね……」

「そらそうだ。あいつら、全員、イカレてるしな……」


 リリアとシローは苦笑を浮かべた。


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