第57話

 リリアは未踏破区画に入ったところで地図を倉庫ボックスにしまった。


「ここから先は未踏破だよ。シロー、マッピング」


 リリアの命令にシローは「あいよ」と言いつつ紙とペンを取り出す。続けて魔力感知サーチを奔らせたシャンカラが「二百メートルは問題ないっしょ」と言った。

 警戒しつつ歩みを進めていく。

 不意に地図を描いていたシローが口を開いた。


「どうしてガキどもと別れたんだ?」


 シローの問いかけにシャンカラも「ちゃんテオに任せとけば楽できたのに」とボヤく。そんな二人にリリアは呆れたようなため息をついた。


「テオドール・シュタイナーだなんて名乗っちゃいたが、あれは偽名だね。あいつはテオドール・アルベインだよ」


 シャンカラが「誰それ?」と言う中、シローは「それって西部のイカレ騎士のことか?」と尋ねてくる。


「そうだよ。西部騎士の中でも特別イカレた経歴持ってる貴族様だね。十歳だかなんかで戦場デビュー。以降、ほとんどの戦で勝利。法王国には魔王候補に指定されて、勇者も殺してる」

「なにそれ? デタラメすぎて超ウケんだけど?」

「笑えない状況なんだよ、シャンカラ。君だって西部出身者がイカレてることを知ってるだろ?」


 シャンカラの笑い声が乾いたモノに変わり、すぼんでいった。


 中央冒険者の中でよく言われている「敵に回してはいけない相手」というものが三つある。


 一つ目はレベル上位の竜種。

 二つ目は未踏破階層で遭遇する未知の大型種。

 三つ目は西部出身の冒険者。


 西部出身の冒険者は仲間になれば、これ以上、頼りになる存在はいないと思えるほど戦ってくれる。それこそ仲間のためなら死を恐れず、勇猛果敢に戦う。帰属意識が強く、排他的。仲間を大切にするが、敵には容赦しないため、敵に回すとこれほど厄介な相手はいない。


 以前、リリアが酒場で呑んでいたら、知り合いの西部出身の冒険者を見かけたことがある。その男は酔っ払いの同業者にカラまれ、罵倒されていたが、苦笑いで受け流していた。だが、酔っ払いが男のパーティーをバカにした瞬間、男は笑顔のまま剣を抜き、酔っ払いの首を刎ね飛ばした。血で汚れるのが嫌だと言わんばかりな動作で無造作に遺体を蹴倒し、何事も無かったかのように食事を続けたのだ。

 それを見た時、西部出身者は本当に危ないと思った。


 いきなりキレるのだ。

 しかも、キレるという自覚が本人にあるかどうかもわからない。自分が帰属する集団、例えば仲間だったり主君だったりをバカにされた瞬間、ほぼ自動的にキレる。普通、怒りというのは段階的なモノだが、西部騎士はゼロからいきなり百になる。


「いつキレるかわからない西部騎士様だ。しかも、実力は圧倒的。三人がかりでアレに勝てると思うかい?」


 リリアの問いかけにシローは苦笑を浮かべ、シャンカラは「いや、無理っしょ」と答える。


「アレがその気になれば、私ら三人を殺して逃げることも可能だよ」

「そういうタイプには見えねぇけどな」


 シローの言葉にリリアも「ああ、それは私も同感だ」と言いつつ続ける。


「それでも、どうなるかはわからないよ。いつブチギレるかわからない西部騎士様なんだからさ。最悪の事態……事を構えることになった時のことは考えときたいのさ」

「あの二人の足手まといを押さえちまえば良くねーか? 西部騎士って主君には絶対の忠誠を誓うだろ?」

「そのくせ、下剋上は多いけどね」

「よくわかんねー連中だな……」


 そう。そこが問題なのだ。

 中央の気質と違いすぎるため、行動が読み切れない。


「仮に人質を取るとしても、それが簡単にできるとは思えないんだよねぇ。ま、三人一緒なら、私が数十秒くらいは注意惹けるかもしれないけどね……」

一人ピンなら、打つ手なしか……」


 シローのつぶやきにシャンカラが「終わってんじゃん」とため息をついた。


「だから、いざって時に逃げる隙を作る程度の戦力は確保しときたいんだよ」

「なるほどな、それで、先に神機オラクルをゲットってわけね……あるかどうかわかんねーけど……」


 シャンカラが「警戒しすぎじゃね?」と口を開く。


「ちゃんテオは、なんだかんだでお坊ちゃまだよ? 人は信じてないけど、率先して裏切るタイプじゃないね。こっちが裏切ったら、躊躇なく切り捨てるタイプだけど」

「騎士ってのは、効率よく人を殺すことばかり考えてる連中さ。損得勘定したうえで、必要なら容赦なく裏切るよ。今はその必要が無いってだけだね」


「あいかわらず、人間不信だなー。もう少し、前向きに生きようぜ? せっかくお宝目前って時なんだ。気分も楽しくしねーとよ」


 シローの言葉に「君らのことは信じてるさ」とだけ返した。


 実際、その言葉どおり、リリアはシローとシャンカラを頼りにしている。何度も冒険をしてきたし、何度も三人で体も重ねてきた。家族や恋人と言えば近すぎる。仲間と言うには遠すぎる。だが、自分の命の次に二人の命を大切だと思っていた。


 そのまま進んでいくと、これまでとは違う装いの構造物と出くわした。シローが笑いながら「お宝の臭いがするぜ」と言い、シャンカラは魔力感知サーチを奔らせる。


「とりま、魔力感知サーチに引っかかる何かは無いよ」


 そのまま建物へと入っていく。入り組んだ通路を抜けると、透明な壁が勝手に開いた。その奥には何か台のようなモノの上に、黒いアーティファクトが置かれている。


 これまでの倉庫は、たくさんのアーティファクトが陳列されていたが、この部屋は違う。明らかに特別な何かが置かれていた。


「あれって……」

神機オラクルの可能性があるね。シャンカラ、罠が無いか魔力感知サーチを頼むよ」

「了解」


 シャンカラが魔力感知サーチを奔らせた瞬間、周囲が赤く光り、ビービーと今まで聞いたことの無い音が流れ始めた。


「なになに!? あーし、しくった!?」


 更にわけのわからない言語が辺りから聞こえ、今まで開いていた透明な扉が閉まり、白くなって向こう側が見えなくなる。


「やばいやばい! これやばくねーか!?」


 シローの言葉と同時に通路の奥から何かが現れてくる。


異跡守護者ゴーレム!?」


 シローの言葉を聞くのと同時にリリアは叫ぶ。


「逃げるよ!!」

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