第55話

 テオドールたちが崖から降り、異跡メガリスへと近づく中、魔物と遭遇することは無かった。多少の違和感を覚えつつも、一行は異跡メガリスへと歩を進めていく。


 異跡メガリスの圏内に踏み込んだところで、その大きさに圧倒された。

 ちょっとした街サイズの異跡メガリスは、西部のダンジョンでは見たことも無い規模だった。


 それはテオドール以外も同じようで、皆一様に辺りをキョロキョロ見ながら、目を輝かせている。厭世観漂わせているリリアでさえ、少女のようにペタペタと建造物に触れていた。


 足元の道一つとっても意味がわからない。


 石畳なら、切れ目や継ぎ目があるはずだが、それが無いのだ。足にひっかかりやすい特性の光沢を帯びた石らしきモノが道を作っている。風化も経年劣化もしていないが、他の建造物との継ぎ目からは草木が生えていた。


 こういうところに技術を上回る自然の強靭さを感じたりする。


 未知との遭遇と感動。これぞ冒険。詩を作る時のために、異跡メガリスの光景を脳に焼き付ける。


「リリア、道はこっちでいいのか?」


 シローの言葉にリリアは地図を見ながら答える。


「地図によると、右のほうだね」


 地図があるということは、ここに来た冒険者がいたということだろう。森の魔物の多さや危険度から察するに最低でも複数の上級冒険者がいたパーティーだろう。中級冒険者だけのパーティーで来るのは、かなり無謀な冒険である。


 あの地図も結構な額だったに違いない。


「その地図、異跡メガリス全域を網羅してるんですか?」


 テオドールの問いかけに「一部だよ」とリリアは答える。それに続いてシローが微笑む。


「この地図に書き足せば、またいい金になるってわけだ。王国も地図までは買い取れないからな」


 王国が徴収するのはアーティファクトに関わるモノだけだ。地図や情報は冒険者たちの資産としてやり取りされる。


 地図を持つリリアを先頭に角を曲がった。何やら扉があったと思しき穴をくぐり、建物らしき構造物の中へと入っていく。リリアが足を踏み入れた瞬間、暗い室内に灯りが灯った。


 思わず構えたが、攻撃ではないようだ。リリアは舌打ちを鳴らして、その場で立ち止まる。トラップではないが、リリアに反応して光がついたということは、何かしらのシステムが反応したのだろう。


 下手したら死んでてもおかしくない。だが、それよりも一同は部屋の中へと視線を向ける。


 中には様々な台が並んでおり、そこには服のようなモノから貴金属のようなモノ、よくわからない板のようなモノなど、ざっくばらんに並んでいる。


「よっしゃああああ!!」


 シローが叫ぶ。どうやら、ここはアーティファクトの保管庫のようだ。だが、喜びながらもシローは冷静にトラップの類が無いか調べていた。


 その様を見つつもテオドールは不思議に思っていた。この部屋の灯りには光源が無いのだ。でも、明るい。まるで空気が光っているようにも見える。そういう魔術技術を使っているのだろう。


「大丈夫そうだな。良かったな、リリア、ミスって死ななくてよ」

「あげ足取るんじゃないよ」


 立ち止まっていたリリアも保管庫の中へと入っていく。遅れてテオドールたちも室内へと入っていった。


「台に仕掛けがあるかもしれない。トラップがあるか調べてからアーティファクトを手に取りな」


 リリアの言葉にアシュレイが「どうやって調べればいいの?」とテオドールに尋ねてくる。


異跡メガリスのトラップは基本、魔術と同じ仕組みで発動する。だから、大きく分けて二つの方法でトラップがあるかを見極めるんだ」


 言いながらテオドールは台に触る。


「一つは魔力を使って魔術式を調べる。小規模の魔力感知サーチを使って、魔力の流れがあるかを調べるんだ」


 台を魔力感知サーチで調べたが、魔力の流れは無い。どうやら台には魔術が使われていないらしい。

 横にいたアシュレイとリーズレットも「魔力感知サーチ」と口にして魔力を調べていた。調べながらアシュレイが「二つ目は?」と尋ねてくる。


「それは、部屋に入る前にシローがやってた方法だな。魔力の塊をぶつける。早い話、適当な魔術で攻撃する。物理的に破壊しないような威力のモノをな。それで反応する場合は、トラップがあるってことだ。ま、基本は魔力感知サーチだよ。ただ、規模が大きかったりすると難しい場合は、強引に調べることもある」


 テオドールは魔力感知サーチを常時使えるが、一般的に魔力感知サーチは瞬間的に使うものだし、その範囲が広いほど消費魔力は増える。

 一般的な冒険者の魔力感知サーチは二、三メートルが限界らしい。シャンカラやリュカのように魔力感知サーチが得意な者でも数百メートルが限界だ。


「台にトラップは無いわね。これ、なにかしら?」


 リーズレットが拾い上げたのは光沢のある金属板だ。大きさは手のひらサイズで、紙のように薄っぺらく、振ればペラペラと音を立てる。近づいてきたリリアが、リーズレットの持つアーティファクトを見て「それはゴミだね」と答える。


「どうしてわかるの?」

「この異跡メガリスは、以前に人の手が入ってる。その際、出土したアーティファクトのリストがあるんだよ」


 そう言うリリアは手に冊子のようなモノを持っていた。


倉庫ボックスの容量は限られてる。大きさに関係なく、一つは一つだ。どうせ持ち帰るなら戦闘向けのモノを選びな」

「それで、この板はなんなの?」

異跡メガリス語で料理のレシピが見れるらしい。いわゆる本のようなモノだね」


 異跡メガリス語とは、異跡メガリスで使われている言語のようなものだ。ただし、階層やダンジョンによって異跡メガリスの文化は違うため、一切、統一されていない。

 この階層の異跡メガリス語がどれだけ解析されているかは知らないが、一応、内容がわかる程度の解析は進んでいるらしい。


「本のレシピか……使えそうな気もするけど……どうやって読むの?」

「魔力を込めてみな」


 次の瞬間、リーズレットが持つアーティファクトに字らしきモノが浮かび上がってきた。更にはかなり精巧な絵も浮かび上がっている。


「すごい!」

「ま、読めなきゃ使えないし、戦闘向けじゃないね。私らと一緒に戦うってんなら、戦力になるもん、探すんだね」

「そんなの、どうやって見分けるのよ?」

「どの時代も武器ってのは、基本、同じような形状をしてるもんさ。剣だったり棒だったりね。特に武器のアーティファクトは魔力を込めると使い方が頭に流れてくる……らしいよ」


 アーティファクトも基本は魔力で動く。ただし、魔術と違って消費魔力が少なく、デタラメな事象を起こせるのだ。


「片っ端から魔力込めてみな。特に使い方が頭に浮かんでこないのは、普通の暮らしで使うもんだよ。それはそれで金になるもんもあるが、今は武器だ」


 と言って、離れていった。

 テオドールも並んでいるアーティファクトに魔力を込めたり、魔力感知サーチで魔術式を確認したりしたが、これといって兵器転用できる物は無さそうだった。


(これ、なんだ?)


 箱に入った一対の小さな輪っかだった。二つの指輪のようにも見える。魔力を込めても反応せず、魔力感知サーチを奔らせても、魔術式が複雑すぎて把握できなかった。他のアーティファクトは魔術式で、おおまかな使い方や効果は把握できたのに、この指輪はわからなかった。


 それがテオドールの好奇心と負けん気に火をつけてしまう。うなりながら魔術式の解析を進めるが、知らない魔術式が多すぎて意味がわからない。


「なにか見つけたのかい?」


 リリアの声に「指輪っぽいんだけど、使い方がわからん」と言いつつ箱を見せる。


「装飾具はつけてみて反応することもあるしね。ハメてみたらどうだい?」

「なにかわからん指輪を考えナシにハメるほどバカじゃないよ。あなただってそれくらいわかってるんだろ?」


 リリアはイタズラっぽく笑いながら「かまってみただけさ」と言った。


「なあ、この指輪、もらってもいいかな? どうせ、倉庫ボックスに入らないモノは置いていくんだろ?」

「……貸してみな」


 言いつつリリアが指輪を手に持つ。魔力を込めているのだろう。そのうえで、しばらく目をつぶって魔力感知サーチを使ったが、ため息をつきながらテオドールに返してきた。


「ま、少なくとも戦闘用のモノじゃなさそうだね。こんなものが、どうして欲しいんだい?」

「使い方がわからないからだよ。ここまで全容を理解できない魔術式は珍しい」

「……まあ、いいさ。もし、使い方がわかって戦闘用のモノだったら、寄越しなよ。あと、倉庫ボックスには入れんじゃないよ。君たちの空き容量をどう使うかも、こっちが決めるんだからね」

「ああ、わかってるよ」


 言いつつ服のポケットへと仕舞っておく。

 そのままいろいろ調べた結果、その倉庫にあるモノで戦闘に使えそうなモノは衣服や装飾品の類だけだった。術式相殺オフセットが編み込まれた肌着など、割とポピュラーな肌着や、物理的な衝撃や脅威から身を守るために障壁が展開されるネックレスなどだった。


「でかい割にしょぼいね」


 リリアの言葉にシャンカラが「他の倉庫に行くべ」と声をあげる。


「そうだね。みつけたもん、整理してから次に行くよ」


 リリアの言葉を受けながらもテオドールは一人、指輪の解析を続けていた。


(クソ、わからん。なんだ、この魔術式……どんな公式にも当てはまらん……)


 未解析技術群に敗北したくはないので、必死に魔力感知サーチを奔らせることしかできなかった。

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