第54話

 リリアたちと共にテオドールも森の奥にある異跡メガリスへと向かって歩いていた。獣道すら無い鬱蒼とした森を、丁寧に索敵しながら進むのだから、移動に時間はかかる。


 面倒だな、と思った。


「こんなペースじゃあ、異跡メガリスにいつ到着するかわからないですよね? 周囲にいる魔物、全滅させていいですか?」


 そんなことを言ったら、リリアに「なに言ってんだ、こいつ」という鋭い視線を向けられた。


「冗談につきあってる時間は無いんだよ」

「冗談じゃないですよ。半径500マトル以内になら、雷霆疾攻ボルト系の魔術を任意で放てるんだ」

「どうやって相手を補足するってのさ?」

魔力感知サーチで」

魔力感知サーチしながら雷霆疾攻ボルト使うってのかい? そんなデタラメなこと――」


 瞬間、雷霆結界レヴィン・グレイヴを発動。対象への攻撃魔術を雷霆疾攻ボルトではなく、雷霆疾攻・改弐メガ・ボルトにしたため、一斉に雷鳴が轟いた。


「何匹か殺しきれなかったけど、動けないと思う。トドメをさせって言うならさすけど、どうする?」


 リリアは目を見開き、テオドールを見ていた。


「リリア?」


 テオドールの問いかけに正体を取り戻したのか、慌てて「シャンカラ、状況は?」と問いかける。


「マジこわ……魔物の気配、消えてるし……」


 シローは信じられないモノでも見るかのような目でテオドールを見ていた。


「おい、お前……魔力量的に考えて、聖級魔術だったりするのか?」

「オリジナルの魔術だから魔術の等級はわからないけど、俺自身は天魔級ですけど?」


「「「「「はあ!?」」」」」


 リリアたちだけではなく、リーズレットやアシュレイまで驚いていた。


「天魔級って、その歳でかい?」

「まあ、師匠がヴァーツヤーヤナってエルフだったんで」


 その言葉にシャンカラが「マジで!?」と叫んでいた。


「ヴァーツヤーヤナって使徒じゃん! 八賢人じゃん! 神級の大魔術師じゃん!!」

「そうですね。まあ、変人でしたけど……」


 一般的には伝説の人物らしい。生ける神話とも呼ばれているそうだが、テオドールは個人としてのヴァーツヤーヤナを知っている。師として尊敬しているが、人としてダメな部分も知っているので、言うほどありがたがる存在か? と思わなくもなかった。


 シローが呆れたように笑う。


「嘘をつくなら、もう少しマシな嘘をつけって言いたいところだが……マジっぽいな、こいつ……」


 シローの言葉にリリアが肩をすくめる。


「で、さっきの魔力感知サーチ雷霆疾攻ボルトの魔術で魔力切れはしないのかい?」

「体調は万全ですからね。魔力感知サーチは継続で三日くらいまでならいける」


 その言葉を受け、シャンカラが「イカレてる……」とボヤいていた。


「シャンカラ、斥候及び迎撃はテオドールに任せる。君は休んでるんだね」

「へーい。ま、楽できるなら、それはそれで……」


 シローも苦笑いを浮かべつつ「俺の仕事も無くなりそうだな」とつぶやいた。


「気を抜くんじゃないよ。雷霆疾攻・改弐メガ・ボルトで仕留めきれない魔物だって、ここにはいるんだ。それは、私らで迎撃する必要がある。テオドール、君は索敵と露払いに専念するんだね」


 専念する必要は無いと思ったし、なんなら雷霆疾攻・改参ギガ・ボルトに威力を上げることはできた。おそらくテオドールの能力的に雷霆結界レヴィン・グレイヴに専念しなければならないと思っているのだろう。

 だが、強いと思われ過ぎるのもどうかと思うので黙っておくことにした。


(ある程度のイニシアチブを取れそうだな……)


 冒険者は実力主義だ。能力の無い者の意見や言葉は聞いてもらえない。

 今のテオドールの言葉なら、対等以上の力関係で話せるはずだ。


 そんなことを考えつつテオドールは森の中へと進んでいく。

 テオドールの雷霆結界レヴィン・グレイヴのおかげで、それまでのペースより早く進むことができた。道中、雷鳴が轟きまくり、絶え間なく閃光が奔っていたため、かなり賑やかだった。


 半日ほど歩いたところで森を抜ける。


 窪地となった平原に魔術式にも似た幾何学的な模様の入ったオブジェクトが並んでいた。家屋にも見えるし、林立する塔にも、機能的な街にも見える。


 異跡メガリスだ。


 一部、風化したり、草木に侵食されたりしているが、それでも未解明技術の粋を集めた何かであるというのは、容易に想像ができた。


「あの異跡メガリスは活きてるんですか?」


 テオドールの問いかけにリリアは「一部は活きてるらしい」と答える。


 異跡メガリスはダンジョン内にある未解明技術施設群である。中にはその機能を残し、動いているモノもあった。活きている異跡メガリスは、危険だ。


異跡守護者ゴーレムはいないそうだ。話によると、アーティファクトの製造機能が動いてるそうだけどね」

「それは宝の山じゃないですか」


 なんて都合のいい異跡メガリスだろうとテオドールは思った。大概、活きた異跡メガリス異跡守護者ゴーレムはつきものだ。


 異跡守護者ゴーレムが厄介なのは、とにかくひるまないということだろう。魔物は命の危険を感じたら、逃げるなどしてくれるが、異跡守護者ゴーレムにはそれが無い。戦場で言うところの死兵のように、破壊されようが、なにされようが、敵と判断したら、動かなくなるまで攻撃してくる。


「まあ、ここに来るまでが基本、地獄だからね。私らだってあの異跡メガリスを見るのは今回が初だよ」


 リリアの言葉にシローが「お前がいなけりゃ、来れたとしてもあと二日くらいはかかってたんじゃねーの?」とつぶやく。リリアは小さなため息をついた。


「バチバチうるさくないみたいだし、近くに敵はいなさそうだね……」


 リリアの眼前に半透明の空気の膜がいくつか並ぶ。視覚を強化し、遠くを見るための魔術を使ったのだろう。


「……特になにかが動いてるって気配も無さそうだね」


 そう言って遠視の魔術を切った。


「さて、冒険者の醍醐味、異跡メガリス荒らしにでも行くかね」


 リリアは、ニヤリと笑いながら自らの倉庫ボックスから縄を取り出し、崖を降りる準備をはじめた。

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