第27話・8/14修正版
お互いのステータスを確認しおえたので、テオドールたちは移動を開始した。
(アシュレイのレベルが97で、リュカが383、レイが86、リーズレット様が112か……)
リュカとテオドールが異常なのであって、冒険者としてはアシュレイたちが一般的な数値だ。むしろ初級冒険者では高いレベルと言っていいだろう。
(レイやリーズレット様もなんだかんだで魔術は使えるしな……)
西部では女性も必要最低限の戦い方として魔術を学ぶことが多い。中央の貴族令嬢は場合によってはレベル一ケタ程度だろう。
(まあ、あくまでこのレベルってダンジョン攻略に向いてるかどうかの数値だからな……)
政治的なコミュニケーション能力などは反映されない。それでも、100前後あれば、必要最低限の体力や筋力はある。レイチェルもリーズレットも西部生まれの貴族令嬢なのだ。
「私、ダンジョンは初めてなのだけど、本当に空とかあるのね……」
リーズレットの言葉にレイチェルも「わくわくしますね」と微笑んでいた。
「あまりはしゃいで体力を使わないほうがいいよ。冒険者って歩くのが仕事みたいなもんだから」
「こ、これでも領主代行として、いろいろ歩いたりしてるし!」
リーズレットの言葉に「疲れたら、すぐに言ってください」と微笑みながら答えた。
「テオ様、ダンジョンというのは、いろんな階層があると聞いたのですが、ずっとこういう平原なのですか?」
レイチェルの言葉に「いや、階層によって違う」と答える。
「砂漠だったり荒野だったり、よくわからない地下迷宮だったりいろいろだよ。それこそ、外では見ない植物が生えてたりするし、なんかブヨブヨした肉みたいな地面だったこともある。でも、まあ、下層は外界とそんなに変わらないことが多い」
ダンジョンの広さは階層によってマチマチであり、一日で踏破できるものもあれば、踏破に数ヶ月かかるものもある。
テオドールたちが三時間ほど歩くと森にぶつかった。リュカを斥候にしつつ森の中へと進んでいく。
(神柱の中というより、本当にどこか別の空間に飛ばされてるって感じなんだよな……)
神柱は謎が多い。
いったい誰が作り、いつからそこにあるのか、誰も知らない。一般的には神が作ったとされ、この神柱信仰が、七神教という宗教を生み出した。
不意に前を歩くリュカが手をあげ、止まるようにハンドサインを示してくる。一同は足を止め、警戒態勢に入った。
(雰囲気からしてゴブリンとかその辺か……)
斥候はリュカに任せているが、テオドールも
あらゆる生物には魔力と呼ばれる生命エネルギーがあり、この魔力を使い、魔術という現象を起こすことができる。生物によって魔力の流れ方や放出の仕方は違うため、これらを感知する魔術を
人によって、この
また、一般的に
以前、リュカにやり方を教えたが「ご自分にできることが全て他人にもできると思うのは、テオ様の悪いところかと」とたしなめられた。
リュカたちにはテオドールのような
(初遭遇の魔物がゴブリンは、まあ、悪くない流れだな……)
距離は二百マトルといったところだろう。
木々に隠れており、視覚での把握は難しいが、動きから察するにこちらの接近には気づいていないようだ。
リュカがハンドサインで「二時の方向。距離、二百。数は四」と情報を示してくる。「どうしますか?」と言いたげな視線をテオドールへと向けてきた。
(ぶっちゃけ、ゴブリンなら、この場で殺せるんだが……)
だが、それでは実習にならない。
(俺とリュカ以外に任せるか……)
テオドールは皆を近づけ、声を落としながら口を開いた。
「さて、アシュレイ、君はリュカの情報から、どう考える?」
アシュレイは少し考えてから口を開いた。
「四匹、ということは群れで活動する魔物である可能性が高い。第一階層にいる魔物からするとダイアウルフかゴブリンだと思う。でも、ダイアウルフは夜行性だ。ゴブリンも基本は夜行性だが、昼間に狩りをすることも多い。だから、魔物は武装したゴブリンだと思う」
「俺も同じ読みだ。そのうえで、どう対処すべきだと考える?」
「ゴブリンは音もなく排除しないと危ない。仲間を呼ばれれば厄介極まりない相手だ」
ゴブリンは人間の五歳児程度の知能があり、社会を形成している。一つの巣には最低で十匹、最大で百を超える群れを形成する。
非常に好戦的で人間にも恐れず襲い掛かってくるため、初級冒険者の死亡原因のトップを占めるのがゴブリンだ。
西部では子供が戦のやり方を覚える相手としてゴブリンが最適とされており、テオドールも幼い頃に数えきれない数の巣を潰してきた。
「僕としては魔術や弓による遠距離からの攻撃で仕留めたい」
「そうだな。レイ、ペンローズ様、アシュレイ、君たち三人でゴブリンを仕留めてくれ」
その言葉にアシュレイは「テオとリュカはどうするんだ?」と尋ねてくる。
「俺とリュカが手を出せば、すぐに終わる。それじゃあ、君たちの実習にならない。サポートはするよ」
レイチェルが「それはかまいませんが……」と口を開く。
「テオ様は賭けをなさっているではありませんか? テオ様とリュカ様のお二人で行動したほうが効率は良いかと思いますが……」
リュカも同じ意見だと言いたげな視線を投げてくる。
「ぶっちゃけ、第一階層の魔物の点数は低い」
魔物を討伐することで魔晶石と呼ばれる石が生じる。
魔晶石には魔物ごとに
今回の実習では第一から第五階層に存在する魔物全てに点数がつけられており、その討伐難易度によって得点が変わっている。
一人、五十点が実習合格ラインであり、ゴブリンは一匹三点だった。
「そのうえ、マッカーシー様は家臣団を使って魔晶石を自分に集めるだろう。一階層でチマチマ狩ってたら物量的に勝ち目が無い。だから、五階層で大物を狩る」
「大物ってまさか……」
アシュレイの言葉に「ああ、レッドドラゴンだ。一匹で千点だからな。十匹程度狩れば、余裕だろう」と言ったところで「正気?」とか言われた。
「まあ、アシュレイが驚くのもわかる」
ドラゴンは魔物の中でも最強の種族だと言われているが、種類によって脅威度はピンからキリまである。それこそエルダードラゴンやカイザードラゴンなどになれば、討伐には国家規模の軍隊が必要になり、テオドールでも尻尾を巻いて逃げ出す。
だが、レッドドラゴンはポピュラーな竜種なので、特殊な力を使ってこない。ファイアーブレスなどの炎系の魔術攻撃を使ってくるが、どうとでもなる相手だった。
そもそも西部ではダンジョン試練における卒業試験がレッドドラゴンの討伐なのだ。子供の頃はさすがに一人で戦わなかったが、今なら余裕で討伐できるとテオドールは思っている。
「この実習の前半は君たちの合格点分、二百点を集める。残りは俺一人でドラゴン狩りを……」
「私もご一緒します」
というリュカの言葉に「まあ、リュカと二人でドラゴンを狩ってくるよ」と微笑んだ。
「でも、ドラゴンなんて……」
「会話はいいが、ゴブリンに逃げられるぞ。早く動いたほうがいい」
「わかったよ。ペンローズ様、ローエンガルド様……」
「リーズでいいわ。同じパーティーなんだし」
とリーズレットが言い、その流れでテオドールをにらみながら「テオ、あなたもよ」と言われた。畏れ多いと言いかけたが、アシュレイが「わかったよ、リーズ」と答える。その流れでレイチェルも「私もレイでかまいません」と言った。
アシュレイはうなずきながら二人に指示を出していく。
「魔術に関しては君たち二人のほうが実力は上だ。でも、君たちは古式魔術だから、発動まで時間がかかるよね?」
アシュレイの問いかけに二人は「はい」とうなずく。
「僕が迂回してゴブリンの背後に近づく。その間に二人は魔術式を構築。僕が背後から弓で奇襲し、混乱が生じたところに遠距離から狙撃してくれ。ただし、二人同時には撃たないように。まずれはレイが攻撃して、撃ちもらしをリーズが片づけてくれ」
悪くない指示なのでテオドールはなにも口を挟まず、三人のやりたいようにやらせる。
「リュカ、今のゴブリンたちは?」
「動きがありません。どうやら休憩中のようです」
「ありがとう。それじゃあ、行こう」
アシュレイの言葉にレイチェルたちもうなずくと、アシュレイは足音を殺しながら草むらの中へと入っていった。それに呼応してレイチェルとリーズレットも動き出す。
テオドールは
ゴブリンたちにバレることなく移動し、弓を構える。どうやらゴブリンに狙撃は成功したようで、一匹、動きが無くなった。騒ぎはじめる前にレイチェルの
(音も無く殺すなら、貫通力のある魔術のほうがいいんだけどな……
即死させるならレイチェルが使った
ゴブリンの断末魔がテオドールの耳にも聞こえてきた。だが、すぐにその絶叫も消える。アシュレイの矢がゴブリンを射抜き、黙らせたのだ。
アシュレイが剣を構えながらゴブリンたちに近づいていき、確実にトドメを刺しているようだった。
しばらくすると四匹分の魔晶石を持った三人が戻ってくる。
「うまくやれたよ……」
言葉の割にアシュレイの顔色は優れなかった。
「どうした?」
「え? いや……ゴブリンって思った以上に人型だったから……その……」
「ああ、最初は気になるよな……」
罪悪感や殺傷行為への忌避感が生じているのだろう。
無理も無い。
だからこそ、西部ではゴブリンなど人型に近い魔物を率先して狩らせるのだ。当然、ゴブリンの巣には家族もいる。赤子もいる。それらの巣を何度も潰し虐殺していくうちに、慣れていくし、疑問も感じなくなるのだ。
想像力を働かせれば、たしかにゴブリンも人間と同じような社会性を持った生物なのかもしれない。だが、言葉は通じないし、幼い頃に仲間を目の前で殺され、その遺体を食われたことがある。
それ以降、ゴブリンに対する慈悲やら共感は失せた。
全ての魔物は害獣であり、自分たちが騎士になるための贄でしかない、と冷徹に切り捨てた。それからは魔物の殺害は作業になった。
テオドールが戦場であれだけ人を殺せたのも、あのダンジョンでの訓練があったからだと思う。騎士は人を殺すのが仕事であり、殺人は作業だと思い込んでいた。敵兵もゴブリン同様、自分や仲間を脅かす害獣でしかない、と変換して戦っていたのだ。
「魔物は魔物だ。虫の形をした魔物も人型の魔物も殺せば魔晶石になる。姿かたちに囚われてると、人間に擬態した魔物と出会った時、死ぬことになるぞ」
「そうだね……」
「魔物は人間じゃない。害獣だ。そのうち慣れるし、作業になる。それまで繰り返すしかないさ」
それでも、アシュレイは意気消沈とした表情をしている。
「気にするな、と言っても気にするだろうけど、あまり深く考えないほうがいい。思考や感情も繰り返せば習慣になる。いい習慣になることもあれば、いざという時に自分を殺す悪習になることもある」
テオドールも幼い頃は、暴力の正しさについて深く考えた。生き残るため、仲間を守るため、と理由をつけても、命を奪う行為が果たして正しいのだろうか? などと考えた。それこそ、どうして戦は無くならないのだろうか? なども考えに考えた。
例えば、兵士一人を育てるのに最低でも十年以上はかかるし、収穫するに足るダーツ麦を育てるのには一年、豚だって食べられるようになるまで数年はかかる。だが、殺し、収穫し、屠殺するのは一瞬だ。殺して奪い、生き永らえるというこの世界のシステムは、あまりにもコストパフォーマンスが悪い。百歩譲って食うために殺すのはいい。だが、戦争で人を殺すという行為は、ただ命を浪費しているようにしか思えなかった。
子供心なりに、世界の有様があまりにも愚かに映ったし、人智を越えた神が作るには、不完全なシステムだと思った。
「あらゆる生物には破壊や暴力を求める欲動というものが存在するんだ。その欲動によって生物は獲物をしとめ、空腹を満たす。それらは自分を生き残らせるための衝動であり、否定しようがない。そして、君のように暴力や殺害を忌避する理性もまた生物には存在している。それらの機能は配偶者や子供を守るための愛情などとも呼ばれる。全ての命にはその両方があるんだ」
幼いなりに考えに考えた結果、生物はただ純粋に暴力を肯定し否定する存在なのだという結論に至った。今もその答えは、ほぼ正しいと思っている。
「捨てることができない機能なら、受け入れて諦め、うまいこと使うしかないさ」
「ああ、わかってるよ」
アシュレイは深呼吸をしてから表情を引き締めた。
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