第25話・8/14修正版

 テオドールは真っ白な<神柱>を見上げながら「何度見てもデカいな」と声をもらした。


「七神柱のうちの一つですからね……」


 リュカの言葉に改めて神柱を見上げる。


 白い巨大な塔が、そびえ立っている。その太さはクロフォード学園の校舎くらいはあるだろう。高さは747マトル。巨大な白い樹を思わせる柱の根本には、木製の扉がついていた。

 本来、あそこにあるのは空洞で扉は後に人の手によってつけられたらしい。


「西部にも神柱はありましたけど、ここまで大きくはありませんでしたからね」


 リュートを背負ったレイチェルも驚きの声を上げていた。


「七神教のうちの一つヴェーラ教の大神柱。世界に八つある大神柱のうちの一つよ」


 リーズレットが補足を入れていく。

 知識としては知っていたし、中央で生活していると嫌でも目に入る白い柱だが、改めて近くで見ると、その巨大さに圧倒される。


「大神柱だけあって、未だにダンジョンを完全踏破した人はいないそうね。今のところ最高階層は百二十七階だそうよ」


 神柱の中にはダンジョンに繋がるゲートがある。

 そのゲートをくぐると、まるで別世界のような場所に飛ばされるのだ。その別世界には魔物と呼ばれる怪物がおり、宝物であるアーティファクトが転がっている。

 この世界には様々な人種がいるが、人間以外の亜人種は全てダンジョンからこの世界に流れてきたのではないか? とされる説もあった。


 ヴェーラ大神柱はヴェーラ教徒たちにとっても聖地であり、普段は観光地として周囲もにぎわっている。周囲は公園として開放されているのだが、今日は冒険者実習ということもあり、公園は閉じられ、そこに多くの冒険者志望たちが集まっていた。


 ダンジョン内実習は二週間に渡って行われる。


 ダンジョンの一から五階層の範囲内でより多くの魔物を討伐し、アーティファクトを集めこなければならない。規定以上の数値を越えることで初級冒険者の免許をもらえるらしい。その後も実績に応じて昇級試験を受け、下級、中級、上級、特級、神級とあがっていくそうだ。


 戦場に冒険者が出てくることもあるため、等級ごとの強さをテオドールは把握している。上級冒険者になると難敵であり、特級辺りから勇者指定冒険者と同程度の実力になる。神級は世界でも十人いないとされる伝説の冒険者であり、その実力はバケモノじみているそうだ。


(とりあえず初級の免許をもらってしまえば、こっちのものだ)


 やっとヒモ生活からの脱却が見えてきた。


「貴様! 誰に向かって口をきいてる!!」


 という怒声に目を向けた瞬間、テオドールはため息をついた。


 なにやら、ベアルネーズたちと、貴族らしき集団が諍いを起こしているのだ。

 近づいてみれば、上級貴族と思われる青年にベアルネーズは胸倉をつかまれていた。その後ろでアシュレイがジャンたちに羽交い絞めにされていた。友のピンチとなれば、首をつっこまざるをえない。


 すぐさまリュカに「アレは誰だ?」と尋ねれば「マッカーシー伯爵家のご嫡男、リアム様です」と答えが返ってくる。

 伯爵家以上の情報は頭に入っているので、記憶の中の情報を確認しながら騒ぎの元へと近づいていく。


「どうなさりましたか?」

「なんだ、貴様……」


 ニキビ面の赤髪の青年、リアムは見下すような視線をテオドールに投げてくる。


「放せ!! そいつだけは許さんっ!!」


 騒ぐアシュレイをジャンたちは「落ちつけ!」と押さえつけていた。


「アシュレイ、おちつけ」

「でもっ!!」

「おちつけと言っている。感情に流されるのが君の騎士道か?」


 ドスを効かせた声を発したところでアシュレイは、暴れるのをやめた。それでもニキビ面の貴族をにらむのはやめない。


「貴様が西部騎士道クラブなどというお遊戯会のリーダーか?」

「はい。テオドール・シュタイナーと申します。リアム・マッカーシー様」


 うやうやしく頭をさげた。


「西部の出身だかなんだか知らんが、売女の子供が騎士道を述べるなど、ありえんな」

「貴様っ!!」


 アシュレイが再び暴れ出した。テオドールは目で制しつつ、ジャンたちがアシュレイを押さえる。


 たしかに罵詈雑言である。


だが、事実ではある。


 売女という表現は確かに差別的な表現だが、舞台女優は高級娼婦のようなものだ。パトロンである貴族から金をもらい、妾になる者もいるし、その金で劇団の運営を行う。

 事実を突きつけられたのに怒るのは、ただの感情論でしかない、とかつての合理的な思考で考えてしまう。


 だからと言って、テオドールが怒っていないわけではない。

 友を愚弄されて看過できるほど、薄情ではないつもりだ。


「マッカーシー様、お言葉ですが、出自がなんであろうと功をあげてしまえば騎士にはなれます。マッカーシー様のご先祖様とて、元は平民ではありませんか?」

「私をアレと同じだと愚弄する気か、貴様……」


「いえ、事実を述べているだけです。出自が貴族でなければ、騎士道を述べてはならないとおっしゃるならば、多くの方々が騎士道を捨てねばなりません。それは、忠孝の教えに反し、ひいては国家衰退の原因になる思想です」


「黙れ! こざかしいことを申すな!!」

「こざかしかろうと、私は事実を述べているだけです。騎士道とは即ち、主君への忠義の道。たとえ、貴族でなくとも騎士道を持つということは、陛下への忠誠を示すことと同義です。それを否定なされるということは、すなわち王権の否定と取られかねませんが?」


「その売女のガキを庇うことが陛下への叛意ではないか!」

「なぜでしょうか?」

「あの売女がそいつに継承権があると喧伝しているではないか!」


「……それをあなた様は信じていると? 要するに陛下が否定なされたことを、あなたは信じているということですか? あなたのやっていることは、王の言葉を信じていない証左となります。叛意を持っているのは、いったいどちらでしょうか?」


「ぬぐっ!」


 口論の基礎は揚げ足を取り、ひたすら攻めることである。こちらに都合のいいロジックさえ構築してしまえばいいのだ。多少、頭が回れば、テオドールの論理に穴があることには気づくだろう。だが、なんの考えもなしにアシュレイにからんでくる辺り、リアムの頭はそれほど良くないので、問題なかった。


「アシュレイ・ボードウィンがなんであれ、私の友であることに変わりはありません。その友を、あなたは王の名のもと、愚弄した。それは虎の威を借る狐の所業。ましてや、そこに忠誠心すら無い!」


「貴様、私を愚弄するか!」

「愚弄しているのではなく、真実を述べているだけです。マッカーシー様」


 顔を真っ赤にし、プルプルと震えだしていたので、少しばかり気が晴れた。

 人前で論破すると、このようにプライドを傷つけてしまう。最悪、刃傷沙汰になりかねないので、逃げ道は作ってやることにした。


「……ですが、マッカーシー様の言葉がなんであれ、あなた様は貴族。平民が意味無くたてつくことは許されますまい。それこそ王権の法に反する行為です」

「そうだ! そのとおりだっ!!」

「ここで、その是非を問うのは、周りにも迷惑がかかります。よって、決着は、この実習を通して行いませんか?」


 リアムの眉間のシワが更に深くなった。


「この実習において、どちらが優秀な成績を得たかで、決着といたしましょう。私が勝った場合、マッカーシー様はアシュレイへの侮辱を撤回し、詫びていただきたい」

「いいだろう。だが、私が勝ったらどうする?」

「この命をご自由にしていただいてかまいません」

「ほう……では、私が死ねと言えば死ぬということか?」

「はい。騎士に二言はございません」

「よかろう。皆も聞いていたな」


 リアムのパーティーメンバーは「はっ」とか「確かに」とうなずいていた。どうやら子分で固めているらしい。


「俺が勝ったら、お前は死ね! 私はそう命じるぞ!」


「かまいません。マッカーシー様も負けた場合は、お約束を違えないようお願いします」

「はっ! ありえんがな!! その時は犬にでもなんにでも頭を垂れてやるさ」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、リアムとその一団は去っていった。

 笑顔を貼り付けたまま彼らを見送っていたら、アシュレイが近づいてくる。


「テオ、ごめん……僕のせいで……」

「母上をバカにされて腹が立つのはわかるさ。だが、自制心は持ったほうがいい」

「ごめん……でも、許せなくて……」

「許す必要は無いよ。ただ、怒りを怒りのまま発露するのは悪手だ。怒りは相手の警戒を招く。本気で敵を葬るつもりなら、あえて笑顔で近づくべきだな」


 正々堂々と正面から挑むのが騎士道だと勘違いされているが、戦場ではそういう奴から死んでいく。騎士の一騎討ちは戦場の華だが、そうなる前に数で圧殺し、遠距離から仕留めるほうが確実だ。

 とまで言うと、引かれそうだから言わない。


「作り笑いでも笑ってるうちに許せることもあるしな。そうなれば、無駄な血が流れなくて済む。まあ、俺もムカつきはしたが……」

「賭けてたみたいだけど、大丈夫なの?」

「さあ、わからん」


 マッカーシー家は、そこそこ力を持っている家柄だ。取り巻きの家臣以外にも、家臣団パーティーがいくつもあるだろう。

 各パーティーで合格最低点を確保したら、余剰分の成果をリアムに集める可能性が極めて高い。


「ただ本気でやるだけだ。君は俺に、ついてこれるか?」

「ああ。テオを負かせるわけにはいかないよ」


 力強くうなずくアシュレイを見ながらテオドールは思った。


(超友情! これこそ、まさに男の友情っ!! 友情汁が迸ってる!!)


 共通の敵を持つというのは、それだけで意思が統一でき、連帯感が生まれる。打倒リアムの旗印のもと、アシュレイとの友情が更に深まるのを感じた。


(ありがとう、マッカーシー伯爵。俺の友に喧嘩を売った時は、マジでぶっ殺そうかと思ったが、キレなくて良かった……)


 力を合わせてピンチを克服するという演出こそ、親友への道である。


「ベアルネーズ、聞いていたとおり、俺は本気で行く。お前も俺を越えるつもりで命を賭けろ!!」


「了解しました! 理屈で考えるな!!」

「「「「力で考えろ!! 命を燃やせっ!!」」」」


 こうして西部騎士道クラブは心を一つにし、ダンジョン実習へと挑むこととなった。


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