第22話・8/14修正版

 実習前夜、レイチェルの邸宅に呼ばれることになった。

 普段、リュカは一緒ではないのだが、今夜はレイチェルに呼ばれたため、同道することとなったのだ。


 中央のローエンガルド家の別邸は、地方とはいえ侯爵家であるため、とにかく大きく豪奢である。リュカと一緒に世話になっているマグダラス商会の邸宅も大きかったが、ローエンガルド家は、それ以上だった。


 門扉を越えたところで、執事服を着た男装の麗人が、うやうやしく頭を下げる。


「テオドール・シュタイナー様、リュカ・マグダラス様、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」


 と先を歩く執事に隙は無い。


 名前はカーマ・フィラメンテ。


 褐色の肌に黒髪、そして妖艶に輝く紫の瞳というアドラステア王国では珍しい人種だ。耳は尖っていないが、おそらくダークエルフの血が流れているのだろう。そんな彼女はれっきとしたローエンガルド家の騎士である。


 二人いるレイチェルの侍従兼護衛であり、普段から男装をし、男の振りをしながらレイチェルを見守っていた。


 カーマに連れられ、屋敷に入ると、犬耳獣人のメイドが立っていた。クリーム色の髪の毛を背中まで伸ばし、腰元からは大きな尻尾が飛び出している。嬉しそうに尻尾をパタパタ振りながら頭を下げた。


「わふっ! お待ちしておりました、アルベイン様!」

「パフ! シュタイナー様です」

「はっ! すみません! 以前の癖で……」


 シュンと耳を足らしているのが、パフィー・シーガーだ。

 見てのとおり、犬狼族の獣人であり、彼女も歴としたローエンガルド家の女騎士である。そして、レイチェルの侍従兼護衛だった。


「ではでは、アルベ、シュタイナー様、リュカ様、こちらにどうぞ。主人がお待ちです。わふ!」


 ほかにもメイドや執事は雇っているようだが、中央で調達した人材らしい。通りすぎる度に立ち止まって目礼されるのが、決まりが悪かった。

 西部の貴族は執事もメイドも、場合によっては戦闘要員となるため、もっと雑な感じだった。礼儀を失することは無かったが、もっと距離感が近かったように思う。


 そんなこんなで客間に通されれば、レイチェルがソファーに座って待っていた。


「リュカ様、無理を言ってお越しいただき、申し訳ありません」

「いいえ。お気になさらないでください。こちら、つまらないモノですが……」


 と、リュカがレイチェルに土産を手渡していた。本来なら侍従の者が持ってくるのだが、体裁的にリュカは平民なので、自分で持ってきたようだ。

 あの箱の中身がなんなのかはわからないが、おそらく食べ物かなにかだろう。


「それで、リュカまで呼んで、どんな話があるんだ?」

「それはご夕食の後にお話しいたします。それより、明日から実習ですが、準備のほうはどうお考えですか?」

「必要なモノはリストにしてある。マグダラス商会のほうで準備してくれるそうだ」


 どんどんとリュカに返すべき借金が増えていくが、しかたがない。

 金が無いのだから。


「あ、その件で一つ確認なのですが……」


 とリュカが口を開き「なにが?」と尋ねた。


「リストの中にリュートが入っていたのですが、本当に持って行くのですか?」

「当然だろ。楽器は必要だ」


「アルベイン様、なにとち狂ったこと言ってるんだわん?」

「パフ! 本音は隠しなさい」


 カーマの叱責にパフィーはシュンと耳を垂らしていた。


「あのな、確かに明日は冒険者の実習かもしれない。だが、それ以上に重要なのは俺が吟遊詩人を目指しているということだ」


「え!? アルベイン様!! 正気ですか!?」

「パフ! 本音!」

「でもでも! あのアルベイン様ですよ? 三度のご飯より戦が大好きな人間兵器の!」

「別に戦は好きじゃないよ。俺って、どんなイメージなんだよ……」

「はっ! わかりました! アルベイン様は音を使った魔術で敵を皆殺しにするんですね! ソンケーします!!」

「音楽で人は殺さんし、そんなことで尊敬しないでくれ」


 ため息まじりに肩を落とした。


「何度も言うが、俺はビッグな吟遊詩人になるのが夢なんだ。そのためには、冒険者として働きながら歌を作ろうと思ってる」


「そんなになりたいなら、既に歌の一つや二つ作ってると思います。それって、なりたいって言ってるだけのヒモカスわふっ!!」


 カーマの手刀をパフィーが驚きながら躱していた。カーマはビキビキと音を立てそうなくらい青筋を立ててパフィーをにらみつけている。


「この駄犬がっ! 腐っても客人相手に礼儀を忘れてんじゃありません!! ぶち殺しますよ!?」


「だって、ホントのことだもん! てか、カーマも今、腐ってるとか言ったよ? アルベイン様に対して失礼!」

「揚げ足取ってんじゃねーぞ、犬っころ。徹底的に躾るしかねーか? お?」


 パフィーはヘラヘラ笑いながら殺気をまとう。


「カーマが私を躾ける? おっもしろーい! やれるもんならやってみそ?」


 犬狼族は主に対して絶対的な忠誠を誓うが、それ以外の人間に対しては、かなりフランクだ。そのため、歯に衣着せぬ物言いをすることもザラだった。

 そのうえ、パフィーは頭がよろしくないので、言われたことをすぐに忘れてしまう。だが、戦場ではこれ以上無いくらい働くのだ。


 キレたカーマがパフィーに殴りかかり、それをパフィーが捌いて躱す。獣人の身体能力は人間とは比べ物にならない。だが、カーマもカーマで魔術による身体強化をしているのだろう。目にも止まらぬ速さで腕を振るっていた。


 いきなり喧嘩を始め出したが、西部ではそんなに珍しいことではない。割と日常茶飯事であるため、相当なことでない限り、喧嘩に仲裁は入らない。

 以前、ローエンガルド家当主であるグスタフが「仲間も殴れない奴は敵も殺せない」とか、わけのわからないことを言っていた。


 要するにローエンガルド家は、そういう家風である。


「パフィー、俺だってなにもしてないわけじゃない。リュートの練習だって毎日してるし、自分なりに作曲や作詞だってしてる」


 カーマの手刀を捌いて躱しながら「なら、どんな曲作ったんですか?」と尋ねてくる。あの二人のやり取り、止めなくていいのか? と思ってレイチェルに目を向けたが、ニコニコ笑っているだけだった。レイチェルもレイチェルで西部の貴族だ。


「俺も作詞や作曲に何度も挑戦しているが、最後までできあがらないんだ。なんだろうな、伝えたい想いが無い。そういうモチベーションを作るために友達とか冒険が必要だと思ったんだよ」

「でも、真面目に冒険者になりたい人からすると、リュート持ってくるアルベイン様とか微妙だと思うわん」


 カーマとパフィーは無表情に殴りあい、捌きあい、躱し合っている。


「え? 微妙ってどういうこと?」

「空気読んでねーってことですわん」


「だから、言い方ってもんがあんだろうがよぉぉぉっ!!」


 カーマの掌底がパフィーの胸を打つ。ドスンという鈍い音とともにパフィーはふっとび、仰向けに倒れた。


「ふぅ……失礼いたしました、シュタイナー様」


 カーマは襟元を直してから深く頭を下げた。


「パフィーは少々、戦場暮らしが長く、礼儀を知りません。数々の無礼、お許しください」

「いや、気にしてないって。パフには戦場でも世話になってたしさ。それに、カーマもだいぶ強くなったじゃないか。パフをノせるなんて、身体強化の使い方がうまくなった証拠だ」

「……お、お褒めいただき光栄です。その、大変、恐縮です」


 カーマは照れながら白目を剥いてるパフィーをズルズル引きずり、部屋を出ていった。


「あの二人のやり取り見てたら、西部のことを思い出した」

「二人のおかげでいつも賑やかなので、寂しくはないですね。さすがに客人であるテオ様への口の悪さはどうかと思いますが……」


 レイチェルが苦笑を浮かべていたが、パフィーに関しては昔からの知り合いなので、特に気にしていない。


「もう一人のパーティーメンバーって、カーマかパフィーのどっちか?」

「その件につきましては、夕飯後に説明いたします。それより、テオ様のリュート、ダンジョンで聞くの、楽しみです」

「でも、さっきパフィーが空気読んでないって言ってたし、持ってくの、やめようかな……」


 リュカが「別にいいのでは? リュートが壊れる可能性はありますが」と言う。


「でも、アシュレイに不真面目な奴だって思われたら、絶交されるかもしれないし……」

「そんなことで絶交なされるなら、最初から友達ではないかと思いますが?」


 リュカの発言に「そういうもんかな?」と力なく返す。


「その反応でテオ様のご友人にふさわしいか、判断したらいいだけです」


 というリュカの言葉に「そんな博打みたいなことできないよ」とため息をついた。


「テオ様らしくもない。戦場では無茶な突撃を何度も敢行していたではありませんか」

「いや、友人作るほうが戦より難しいって……しかも、西部と中央じゃあ文化が違うし、変なこと言って嫌われるかもしれないって怖くて……」

「もじもじしてるテオ様も、おかわいいですね」


 というレイチェルの言葉に「恋する乙女のようですね」とリュカはつぶやいた。


「いや、だって主君と家臣は役割が最初から決まってるだろ? だから、決まり切った感じで振る舞ってれば事足りるけどさ、友情とかって偶発的に自然発生するじゃん。動き方がオリジナルすぎて、どうしたらいいのかわからん。兵法書みたいなマニュアルが欲しい……」


「調略するつもりで振る舞えばいいのではありませんか? お得意でしょう?」


 リュカはなんでも合理的に考える。それはテオドールも同じなのだが……。


「それは俺も考えたけど! 調略の時って利と情と自尊心をうまく使うじゃん! なんか、それで友達になってもさ……調略で成功して落とした城主と同じなんだよ……そういるロジカルなモノから詩は生まれない」


 詩はいつだってリリカルなのだ。悩んでいたらレイチェルが「では……」と口火を切る。


「……テオ様が持っていかないのでしたら、私が持っていき、テオ様にリュートを弾いてもらうよう、おねだりすれば良いのでは? それなら、テオ様の評判は落ちなくて済むかと」

「でも、レイが空気読めない奴みたいに思われるんじゃあ?」

「テオ様やリュカ様以外の方々にどう思われてもかまいませんよ。それに、私もテオ様のリュートを聞きたいですし」


 レイチェルのような女性を良妻と呼ぶのだろう。甘えることに少なからずの抵抗はあるが、それ以外に方法は無さそうだった。


「……じゃ、じゃあ、頼めるかな?」

「はい。お任せください。元妻として、テオ様のご友人を作る作戦に参加できて、とても嬉しいです」

「この借りは必ず返すよ、レイ」

「いえ、お気になさらず。私はテオ様が喜んでくれるだけで幸せですから」


 思わず「レイママ!」と叫んで抱きつきたくなったが、自重した。


「では、そろそろ時間ですので、夕飯にしましょう」


 レイチェルの言葉にうなずき、テオドールたちは客間から食堂へと移動した。


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