第21話・8/14修正版
歴史の講義を聞き流しながら、テオドールは昨夜のことを思い返していた。
(しかし、まったくもってうんともすんとも言わなかったな……)
リュカと一緒に風呂に入り、甘い声で褒めながら背中を流した。その後、丹念にマッサージをして体中もみほぐしてやったが、テオドールの股間は存在を消すかの如く、ピクリとも動かなかった。
(まあ、リュカの機嫌がよくなったのはいいけど……)
基本的に無表情のリュカだが、今日は朝から微笑んでいたし、テオドールを見る目がいつもより優しかった。いろいろ褒められながら歓待されたのが、嬉しかったのだろう。
当然、昨日のお姫様だっこ事件は、目撃者も多かったこともあり、レイチェルの耳にも入っていた。
ぽつりと「いいな」と漏らすレイチェルに対して「人前で無ければいくらでもやるよ」と譲歩案を先んじて提示しておいた。すぐさま、微笑みながら「今夜は是非当家にお越しください」と微笑まれる。
(リュカの家とレイチェルの家を行ったり来たりする俺はなんなんだ……?)
完全に貴族令嬢をたらしこんでいるヒモである。
(おかしい。こんな風になる予定じゃなかったのに! さっさと冒険者になって小金を稼いで、吟遊詩人として詩を作って、なんか超すごい感じになって歌劇で使う歌曲の作曲依頼とかが来るようになって……)
などと妄想していたのだが、人生そんなにうまくいかないようだ。ため息まじりに頭を垂れ、これから先の人生をどう生きるべきか修正案を並べていく。
授業の終わりを告げる鐘が鳴り、歴史の教師は「今日の講義は以上です」と声をあげた。
「なお、明日から君たちはダンジョンでの実習期間に入る。次の授業は二週間後だな」
その言葉にテオドールは顔をあげた。
(そっか、ダンジョンの実習か……)
この実習を越えることで、初級冒険者の免許がもらえるらしい。
その免許さえ手に入れば、多少の制限こそあるが自由にダンジョンに入ることが可能となる。そうなれば、冒険者ギルドから依頼を受けることだってできるのだ。
(とにかく金だ。金を稼ぐ必要がある。リュカへの借金を返してしまえば、俺も自分をヒモだと思わないで済む!)
すぐさま立ち上がり、ベアルネーズへと視線を投げた。
「ベアルネーズ! クラブの者を集めて集合だ! 実習に関する会議を開く」
「委細承知しました!!」
いい声で応えたベアルネーズは、他クラスにいるクラブメンバーへ連絡しに走っていった。
「ダンジョンの実習ですが、どうなさるおつもりですか?」
右隣に座っていたリュカがポツリと尋ねてくる。それに呼応してテオドールの左隣に座っていたレイチェルも口を開いた。
「たしか、五人で一パーティーだそうですよ」
「え?」
ベアルネーズたち元不良貴族たちは全部で五人。これで一つパーティーができあがってしまう。
「じゃあ、俺、アシュレイと組む」
「またアシュレイ様ですか? 最近、お好きですね、アシュレイ様のこと」
かすかに不機嫌そうなリュカの言葉にテオドールは「好きって言うか、親友だし」と、目を逸らしながら答えた。そんなテオドールをフォローするようにレイチェルが苦笑を浮かべる。
「仲のいいご友人ができることは素晴らしいことかと」
「だろ?」
「それに、ケイティさんが言ってました。テオ様とアシュレイ様のカップリングはアリだと」
「カップリングってなに?」
「オリジナル小説で恋愛関係として描くことだそうです」
「やめさせろよ!! 違うよ! 俺は男色家じゃないよっ!!」
「まあ、そういう対象として見ているのでしたら、私としてもアリですね。男の妾として迎え入れるくらいの器量はあります」
とリュカがしれっと答えた。レイチェルも「ですね」と悪ノリしてくる。
「違うから! 俺が好きなのは――」
「なに騒いでるのさ、テオ」
その声にトゥンクと心臓が高鳴った。
振り返れば、爽やかな微笑を浮かべたアシュレイが立っていた。相変わらずの美少年っぷりに軽く引く。
「あ、アシュレイ……」
「どうしたのさ? 変な顔して」
「いや、別に……」
ダメだ。アシュレイを前にすると、うまく話せない。
嫌われて、絶交されるのが怖い。
「どうしたの? なんか本当に変だけど……」
怪訝そうに眉根を寄せるアシュレイにリュカが「テオ様は、今、初めてのご友人候補を前に緊張しているだけです」と言った。
「ち、違うよ! そんなんじゃねーし! 普通に友達とかいたし! たくさんいたし!!」
「テオと違ってボクはこれまで友人なんていなかったよ。テオたちが初めてさ」
「アシュレイ……」
マジか、と思った。
お互い初めて同士。これはもはや運命なのかもしれない。
「あ、アシュレイは、その……明日からの実習のパーティとか決まってるの?」
「それを決めるために召集したんだろ?」
「あ、ああ、そうだったな……じゃ、行こうか。リュカにレイは決まってる?」
「決まってませんし、当然、テオ様と組みます」
「リュカ様と同じです」
二人にはニコリと微笑まれた。
どうしてだか、少し威圧感があったような気がした。
そのまま中庭へと集まり、西部騎士道クラブのメンバーとリュカとレイチェルを前に立つ。
「明日からのダンジョン実習だが……」
言い切る前にベアルネーズが「はい!」と手をあげた。
「どうした、ベアルネーズ……」
「先生には悪いんですが、俺たち、五人でパーティ組もうと考えてます」
(え? 俺のことハブるってこと? いや、最初から、五人で組んでもらうつもりだったけど、なんか、それは違うんじゃないかな……)
少し驚いたが、表情には出さず、微笑で「意図は?」と尋ねた。
「先生と一緒だと俺たちは足を引っ張るだけかと思いました。それに、先生がいなくても、結果を出してこそ俺たち西部騎士道クラブの名もあがるとは思いませんか?」
「別に名をあげるつもりなんて無いんだが……」
「いや、ダメですよ! 俺たちが有名になれば、先生の主人であるテオドール・アルベイン様の耳にも届くはず!!」
ベアルネーズの言葉にジャンが続く。
「アレイスター君の言うとおりっすよ! 俺たち、先生とアルベイン様を再会させてあげたいんです! 今の俺たちにできるのは、少しでもクラブと先生の名前を上げることしか考えつかなくて……」
エリックが男泣きに泣き始めた。
「めっちゃ尊いじゃないっすか!! 主家を潰されても、忠義一筋で主人の後を追うなんて、めっちゃ尊いじゃないっすか!! それでこそ騎士道っすよ!!」
「あ、そう……」
今さら同一人物だと言いづらい空気になっていた。
ぶっちゃけ、あまり目立ちすぎるのもどうかとは思うのだが、本人たちのやる気に水を差すわけにもいかない。
とはいえ、アシュレイがこのことを知っていなければ、ちょっとしたイジメである。だとしたら、親友としてベアルネーズたちをしばき回さなければいけなかった。
「アシュレイは外れるが、それでいいのか?」
「事前に聞いてるよ。先輩たちの想いはわかるから」
「まあ、君たちがそれでいいなら、俺はかまわないが……」
もともと、そういう想定だった。それならそれで、話を続けよう。
「パーティーの構成は理解した。お前ら五人は五人で固まれ。俺たちは、俺とアシュレイ、リュカ、レイ、あと一人は……レイ、君の護衛の中から一人選べるか?」
レイは少し考えてから「わかりました。明日ならば、ギリギリ合流可能だと思います」とうなずいた。
なにやら含みのある言い方だったが、そこはレイチェルに任せよう。
「それと、クラブメンバーに関しては、実習の成績トップを取れなかった場合、特別調練を命じる」
ベアルネーズたちが凝然と固まった。エリックが勢いよく「はい!」と手をあげる。
「特別調練ってなんですか?」
「ベアルネーズとの決闘と言えば、内容はわかりやすいか?」
五人がそろって白目を剥き、ベアルネーズがガタガタ震えだす。
「し、し、死ぬ気でトップもぎ取るぞ!!」
「当然、俺たちもトップになれなければ、同じ調練を行う。本気で来いよ、お前ら。俺とアシュレイも力は抜かんぞ」
ベアルネーズたちは「やってやるぁぁぁっ!」と奮起していた。
「でも、テオ、大丈夫なの?」
「なにが?」
「今回の実習は上級貴族も参加するよ。それに、学校外の冒険者志望の人たちも……」
「まあ、中には強い奴もいるかもしれないが、やるからにはトップを目指さないとつまらんだろう」
「それも、そうだね……」
「不安か?」
「……いや、そんなことは無いさ。ただ、いろいろ迷惑をかけることになるかもしれないから」
悲しげに笑うアシュレイの肩に手を置いた。
「君の境遇を理解したうえで、俺は君を友として迎え入れた。なにが起きようと、君に責任は無い」
「……ごめんよ、テオ」
「友人同士に謝罪はいらない。一言、礼を言ってくれよ、アシュレイ」
「うん、ありがとう。テオ」
穏やかに微笑むアシュレイにテオドールも微笑みかけた。
リュカが「やっぱり」とか言っていたが、なにが「やっぱり」なのか気になった。だが、あえて聞かずに受け流すテオドールだった。
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