第20話・8/14修正版

「はああっ!」


 撃ち込まれるアシュレイの木剣を、テオドールは無造作に受け流した。アシュレイの姿勢が崩れ、生じた隙を突くように木剣でトントントンと三点を突く。


「くっ!」


 痛みは無いだろう。そうするように意識していた。

 だが、アシュレイは必死の形相で更に打ち込んでくる。


 アシュレイを西部騎士道クラブに受け入れてから二十日が経った。


 これまで、特に政治的な話を振られたことも無かったし、背後の貴族からの接触も無かった。派閥への誘いなどいろいろ予想していたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。


(根性はあるんだ、根性は……)


 アシュレイの人となりはだいたい把握していた。

 中性的な見た目に反して負けん気が強く、愚直な性格であり、物おじしない胆力を持っている。更に絶対に自分から音を上げない根性を、テオドールは高く評価していた。


 だが、圧倒的に体力と筋力が足りなかった。小柄だし、腕も細い。


 顔つきも少女にしか見えないため、時々、遠巻きに女子生徒が西部騎士道クラブを見学していた。


 どうやらアシュレイのファンらしい。まあ、舞台役者でもしていそうな顔つきなので、それも理解できる。当の本人は婦女子の目があろうと気を抜かず、愚直に稽古に専念しているのがいい。そういう浮わついたところが無いのは好印象だった。


(だが、まあ、じゃっかん狂気じみてるところはあるんだよな……)


 眼光に危うさを感じることはあるが、昔の自分も同じような感じだったし、それを変えようとは思わなかった。一念専心でなければ、大業は成せない。それが故に視界が狭いのは考え物ではあるのだが……。


 アシュレイが木剣を中段に構えた。その剣を強く弾いた瞬間、反発しようとアシュレイが木剣を動かす。その力を利用して、テオドールはアシュレイの首に自分の木剣を突き付けた。


「ぐっ……」


 アシュレイは悔しそうに歯を食いしばる。


「……どうして、僕は君に勝てないんだ?」

「もし俺が君の敵なら、君の望む答えを得られると思うか?」


 テオドールの返答にアシュレイは黙り込んでしまう。


「先ずは、自分なりの答えを出せ。そのうえで答え合わせをするならいい。だが、最初から他人に答えを求めてはダメだ。常に考える癖は作れ」

「……わかったよ。考えてみる」


 苦笑いを浮かべながら汗をぬぐうように前髪をかきあげた。


(タメ口のやり取りって超新鮮!!)


 稽古を始めた当初、アシュレイもベアルネーズたち同様、テオドールを「先生」と呼んできたが、それは強引にやめさせた。我々は志を同じくした同志であり、上も下も無い、という理屈だ。

 それでもベアルネーズたちは頑なに「人生の師だと思っています」とか抜かし、先生呼びをやめてくれなかった。


 洗脳が効きすぎたか? と思ったので、アシュレイに対して追い込みは行わないことにしたのだ。どうやら、人というものは、自分を追い込んだ存在を友達とは認識してくれない生き物らしい。


(吟遊詩人として人の心を学んだよ……)


 反省の結果、こうしてアシュレイとは対等な雰囲気で会話ができている。


(これはもう友達と呼んでもいいんじゃなかろうか? いいよな? いいと思う)


「先生! 俺の槍も見てください!」


 ジャンの言葉に「ああ、かかってこい」とご機嫌に応えながら、ジャンの槍を木剣で受け流した。


(ジャンは一番武術の才がある)


 槍を突き出す動きに無駄が無くなってきている。別に細かく教えたわけではない。

 テオドールが使う槍の動きを見て、自分なりに盗んで身に着けたのだろう。教えられるのを待たず、自ら研究し、訓練する者は放っておいても伸びる。


(なんだかんだで素質はいいんだよな、みんな)


 ベアルネーズは武術も魔術も、たいていのことを人並み以上にこなす。更に思考の深度が割と深いため、政治や謀略などに向いているだろう。まだ、物事の視座が低いため、もう少し俯瞰して見ることができるようになれば、社交界に出しても、そこそこやっていけると思う。タイプで言えば、参謀タイプだ。


「先生、よろしくおねがいしゃっす! 隙ありぃぃってあるわけねえっすよねえええええっ!」


 赤髪のロジャーは一番体が大きい。その割に実はムードメーカーだ。くだらない冗談を言いながら、いつも場を明るく取り持ってくれる。騎士団において、こういう人の気持ちを察するのがうまい者は重宝する。


「え? 次、俺? わかりました。見てろよ、お前ら……俺、散ってくるぜ」


 銀髪のエリックは弁が立つ。思考の瞬発力があり、すぐさま答えを導き出す。パニックに強く、臨機応変に対応してくれるため、前線の指揮官に向いているタイプだろう。もう少し深く考える癖をつけ、胆力を鍛えれば、もっと化けるかもしれない。


「……お願いします」


 無口なスティーブは魔術の才があった。既に古式の魔術式をいくつか覚えており、戦闘中でも混乱せずに冷静に扱えるようになっていた。まだ基礎レベルの魔術だけだが、慣れれば実戦でも使えるレベルに達するだろう。


(トータルまだまだではあるんだが、だいぶマシにはなってきたな)


『他人の成長を見守るのも、なかなか面白いものだよ』


 と、かつて魔術の師に言われたことを思い出した。当時のテオドールは自らの成長にしか興味が無かったので、その言葉を聞き流してはいたが、今なら理解できる。


(楽しいな……って、ダメだろ! それじゃあ、師匠になっちゃうじゃん! 俺は友達の欲しい吟遊詩人だろ!!)


 ベアルネーズたちはもうダメだ。


 テオドールを完全に師匠かなにかだと勘違いしている。クラスの男子もテオドールを腫れ物を扱うかのような態度だ。


 だが、アシュレイは、まだタメ口を使ってくれる。


 アシュレイだけは絶対に逃がすわけにはいかなかった。


「テオ、いろいろ考えてみた。もう一回、手合わせを頼む!」

「ああ、来い! アシュレイ!!」


 なにより、テオドールのことを「テオ」と呼び捨てで呼んでくれるのがいい。「テオ」と呼ばれるだけで、テオドールの脳内に友情汁が迸り、なんでも言うことを聞いてやりたくなってしまう。


(これはもうただの友達ではなく、噂に聞く親友なる関係性も狙えるかもしれん! いいな、それ……親友のために詩を作ろう!)


 などと考えながらアシュレイの剣を受け流し、軽くやり返す。


(友達と木剣を打ち合うのって、こんなに楽しかったんだ……)


 実力差がありすぎて自分の訓練にはならないのに、とても胸が躍った。


「はははは、もっと打ち込んでこい! アシュレイ!!」

「はああああああっ!!」

「楽しいなぁ! こんなに楽しいのは久しぶりだぞ、アシュレイ!!」


 笑いながら木剣で打ち合っていたら、他のメンバーが全力で引いていた。


「……どうして、まだ、あんなに動けんだよ……先生はさ……」

「……バケモノ」

「西部おっかねぇ」


 と勝手に心の距離を拡げていく。

 もうダメだ。こいつらは、自分の友にはなってくれない。それなら、それでしかたがないし、彼らのことは諦めよう。


 なぜなら、今、目の前には必死な形相でテオドールを叩き殺そうと木剣を振るう親友候補がいるのだから。


「楽しいなぁ! アシュレイ!! 明日の朝まで続けよう!!」

「負けるかぁぁぁっ!!」


 と、アシュレイと打ち合っていたら、不意に背後から殺気を感じ、すぐさまアシュレイの剣を強く打ち据え、叩き落した。

 同時に殺気のほうへと視線を向ける。


 リュカだった。

 リュカが無表情に校舎の角から、こちらを覗いている。


(なんだ? 俺、なにかやらかしたか? リュカが怒ってる気がするんだけど……)


 アシュレイが拾おうとした木剣をテオドールは足で蹴り飛ばし、ノールックでアシュレイの首筋に木剣を添えた。そのまま、リュカに微笑みかけた。


「や、やあ、リュカ、どうしたんだい?」

「……楽しそうですね」


 言いつつこちらへと近づいてくる。殺気は無い。でも、怖い。

 リュカは基本、無表情だが、今のリュカはニッコリと微笑んでいた。それが逆に怖かった。


「え、いや、別に楽しいわけじゃあ……」

「私にも一つ稽古をつけていただけませんか?」


「おいおい、女が先生相手に勝てるわけ――」


 エリックが言い切る前にスパンと音が鳴り、リュカが隠し持っていた棒手裏剣が突き刺さる。座っていたエリックの股間数センチ手前の地面に。


「女の私が、本当のテオ様の稽古というものを、皆様にお見せいたします。よいでしょうか?」


 テオドールはビビりながらも表情には出さず「あ、はい」とうなずいた。


「では、無手の演武式で」

「あ、はい」


 瞬間、リュカが踏み込んできた。突き出される拳を捌きながら、打ち返す。息つく暇も無い応酬に、アシュレイたちは瞠目していた。


 演武式というのは、一種の約束稽古である。受け側があえて隙を作り、そこを撃ち込ませ、それを捌いて返す。次は相手があえて隙を作り、そこに打ち込む。

 隙を見抜く訓練であり、同時に敵を誘い込む技術を高める。

 達人同士が演武式を行うと、それこそ典雅な舞いのような動きになるのだ。


 辺りに響くのは互いの拳や蹴りを受け流す音に風切り音。地面を蹴る音に合わせて、二人は舞うように互いに打ち合い、捌きあう。


 どれだけ舞っていただろうか。とうとう、リュカの体力に限界が来て崩れた。テオドールの拳を捌こうと受けた瞬間、リュカがその場に膝から落ちた。


 触れた瞬間にリュカの肉体の内側に力を通し、体重をかけて崩したのだ。


「はあ、はあ、はあ……参りました……」


 空を仰ぎながらリュカは恍惚の表情を浮かべていた。


「大丈夫か?」

「……立てないので背負って家まで送ってってください」


 ただ倒れただけなので立てないことは無いだろと思ったが、言うのも野暮だ。


「わかったよ」


 苦笑まじりにアシュレイたちに視線を向けた。なぜか、惚けたような顔でテオドールを見ていた。


「ああ、すまない。俺は先にあがる」

「は、はい……」


 そのまま倒れているリュカに手を差し出し、引き起こす。


「どうしたら僕はテオみたいに強くなれる?」


 その言葉に視線を向ければ、アシュレイが真剣な面持ちでテオドールを見ていた。


「……俺のように強くなる必要は無い。お前はお前なりに強くなればいい」

「でも、強くなりたいんだ」


 アシュレイは複雑な境遇だ。強さに執着するのも無理はない。

 その真摯な思いを無碍にするのもはばかられた。


「……わかったよ。じゃあ、特別メニューを考えとく」

「ありがとう!」


 その天真爛漫な微笑み、思わずドキリとしてしまう。さすがは母親がトップ舞台女優だけあって、その美少年ぶりには気おされてしまった。


「先生! 俺も特別メニューを!」


 ベアルネーズが手をあげ、それに続いてジャンたちも「俺も」「俺も」と手をあげてくる。内心「うわ、めんどくせ」と思った。だが、しかたがない。

 露骨な贔屓は家臣の心が離れるので、やるなら平等に対応する。貴族時代の思考に流されながら、テオドールは肩をすくめた。


「わかったよ。お前らの分も考えとく。体はきちんとほぐして帰れよ」


 と言ってリュカを背負おうとしたら「違います」と言われた。


「なにが違うの?」

「背負うのではなく、姫君を抱き抱えるように家まで送ってってください」


 いわゆるお姫様だっこと呼ばれる運び方を所望されているようだ。


「え? 目立つよ? 恥ずかしくない?」

「……え? 恥ずかしい? なにが恥ずかしいのですか?」

「え? 恥ずかしいなんて誰が言ったんだ?」


 しれっと前言を無かったことにする。

 ヒモはパトロンに強く出れないのだ。


 テオドールはため息まじりにリュカを抱きかかえた。リュカもテオドールの首に腕を回してくる。無表情だが、頬がやや紅潮していた。どうやら恥ずかしいらしい。なら、しなければいいのに、と思ったが、野暮なので言わない。


 ベアルネーズたちの視線を背中に感じながら、テオドールはその場を後にする。

 不意にリュカがテオをジッと見ながら口を開いた。


「テオ様……」

「なに?」

「あのアシュレイ王子がいいのですか?」

「いいってなにが?」


「男色の相手として」


「……どうしてそう思うんだい?」


 優しく問いかけてみる。


「だって、ドキッとしてたじゃないですか。男装ですか? 私が男装したらいいんですか?」

「誤解だよ。アシュレイは、ほら、初めてできた対等な友達だから、ちょっといろいろ探ってる感じなだけだよ」


 たしかにドキリとしてしまったが、決して男色家ではない。

 時々、アシュレイに意味のわからない色気を感じてしまう瞬間もあったりするが、決して男色家ではないのだ。

 そんなテオドールの胸中を見抜いているのか、リュカが白い目を投げてくる。


「あの者たちより、私のほうが強いし、かしこいし、有能だと思います。主観的にではなく客観的事実として……」


「うん、そうだね。リュカのほうが優秀だよ」

「本気で思ってますか? 私はテオ様に忠誠を誓っています。この命だって喜んで差し出せるほどに敬愛しています。あんなポッと出の者たちと覚悟が違うのです。そこのところ、本当にわかっていらっしゃるんですか?」

「わかってるよ」

「……めんどくさいとお思いかもしれませんが、私は家臣として誰かに負けるのは嫌なんです。実際、負けてるならまだかまいませんが、どう考えても私のほうが優秀です」


 ふくれっ面になってダダをこねていた。

 要するに最近、西部騎士道クラブの活動にかまけて、リュカの相手をしていなかったことを怒っているのだろう。

 それはヒモとして反省しなければならない。


「リュカ、俺はお前を頼りにしてるし、誰よりも優秀だと思ってるよ」


「じゃあ、あのベアルネーズ様にやったよう、私を歓待してください」

「風呂で背中流してマッサージとか、そういうやつ?」


「それです。あの日から、ずっと気にかかっていました。私だって主に背中を流してもらったことも、マッサージしてもらったことも無いのに……あんな不良貴族がテオ様の歓待を受けるなんて、いささかズルいかと」


 ぷんすか怒るリュカに対して、ヒモができるのは、ご機嫌とりの平謝りだけだ。


「ごめんよ、リュカ。君が望むなら、いくらでも歓待するさ」

「……私だって、こんな風にダダをこねたいわけじゃないんです。ただ、テオ様が最近、クラブ活動にばかりかまけて……」

「リュカはかわいいな……」

「かわいいとかじゃなくて、もっとベアルネーズより優秀だとか、アシュレイよりできる奴だとか、そういう褒め方を所望します」

「リュカは誰よりも優秀だよ」

「もっとください。私をダメにするつもりで! 王子のように耳元で甘くささやくように……」

「君はすばらしい人材だ」

「……私、テオ様のために死にたくなってきました」

「え? 鼻血?」


 でも表情は一切が無だからすごい。じゃっかん、頬は紅潮しているが。


「すみません。忠誠心が迸りました。あの、もっと続けてください」


 リュカの言っていることがテオドールにはよくわからなかったが、言われたとおり甘い褒め言葉をささやき続けることしかできなかった。


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