第19話・8/14修正版

「アシュレイ・ボードウィンです。よろしくお願いします!」


 小柄な美少年は溌剌とした声を張り上げ、勢いよく敬礼していた。


「というわけで、今日から我々西部騎士道クラブに入ることになったアシュレイだ」


 癖毛のジャンが「厳しくいくぞ」と脅し、銀髪のエリックが「ま、仲良くやろうぜ」と微笑みかけ、赤髪のロジャーが「気合は充分だな」とうなずいた。黒髪のスティーブは無言のままアシュレイを観察している。


 そんななか、ベアルネーズだけ浮かない顔をしていた。


「ちょっと先生、いいですか?」


 と二人きりで話があるような雰囲気だったので、準備運動をアシュレイに教えるようジャンに伝えて、その場を離れた。


 中庭から離れた校舎裏に来たところでテオドールは「どうした?」とベアルネーズに尋ねる。


「どうしたもこうしたも廃王子じゃないですか……」


 廃王子とはアシュレイのことだ。


「派閥争いとか関係ない俺でも、ヤバいってことは知ってるレベルですよ。本当にクラブに入れるんですか?」


 それはテオドールもいろいろ考えたが、とりあえずベアルネーズの考えを尋ねてみることにする。


「君はどうヤバいと考えているんだ?」

「事情を知らないんですか?」

「いや、概要は知ってるが、中央貴族として君の所見を聞きたい」

「わ、わかりました」


 とうなずき、ベアルネーズが説明を開始する。


「アシュレイ王子は国王陛下と舞台女優の間に生まれたそうです」


 アドラステア王国国王チャールズ・ヴァンダミア・アドラステア十八世は、文治の王と称される賢王であり、中央の文化的、経済的な発展の礎となった人だ。


 そんな賢君チャールズが舞台好きなのは西部でも有名なことだった。


 趣味が観劇であり、そんな趣味を楽しんでいる最中にトップ女優ナタリアを王が見初めたらしい。結果、二人の関係は燃え上がり、ナタリアはアシュレイを孕んだ。


 そこまではいい。

 いや、よくはないが、最悪、愛妾として囲って終わりだった。


 だが、不運なことにナタリアは悪漢に襲われ、顔に深い傷を負い、もう舞台に立てない体となってしまった

 嫉妬に狂った王妃のヴェルモンテが暗殺を企てたとか、ナタリアの狂信的なファンの暴走だとか、いろいろな噂が流れているが、真相はわからずじまいだ。


 だが、たしかなことが一つある。


 その事件の結果、ナタリアは壊れてしまった。


 舞台を愛する女優は全てを奪われた結果、今まで注いでいた情熱を自分の子供にぶつけた。


「――狂ったナタリアはアシュレイ王子の王位継承権を主張したんです」


 当然、平民と王の間の子が次期王になるなど、貴族が許さなかった。だが、陛下はナタリアとアシュレイを見捨てることもできず、どうにかその命だけは救おうと奔走した。


 結果、公的にアシュレイは王とナタリアの子ではない、ということにされた。別の種の子だという形になったのだ。アシュレイから王位継承権の芽を摘むことで、暗躍する貴族たちから愛する者たちの命を守ろうとした。


 だが、ナタリアは納得などできなかった。


 ナタリアは陛下にも裏切られたと思い、アシュレイを次期王にしようと更に躍起になったのだ。だが、しょせんは平民だ。そこで終わっていれば、まだ良かった。誰もが相手にさえしなければ、王に裏切られた不幸な女の物語で終わっていただろう。


 しかし、現実は甘くなく、それに乗っかる貴族も出てくる。


 要するに次期王の継承をめぐった派閥争いを貴族どもが始めたのだ。


「やっかいなことにアシュレイ様以外の王子が、揃いも揃って問題を抱えていると言いますか……」


 アシュレイを含めて王子は三人いる。


 第一王子フィリップは、容姿端麗で頭脳明晰だが、やや引っ込み思案な性格だった。それだけなら真っ当な後継者だ。


 問題は極度の女性嫌いであり、男色家ということだ。


 噂話によると、フィリップ王子は女装趣味を持っているらしい。夜な夜な、女装したまま昵懇にしている娼館に忍び込み、娼婦の真似事をしながら、なにも知らずにやってきた客の男と強引に交わるのだとか。

 百歩譲って、そういう趣味はまだ黙殺できる。


 クリティカルな問題はフィリップ王子が子供を作る気が無いということだろう。フィリップ王子が王位を継げば、直系の者が生まれない可能性があるのだ。


 その証拠に、フィリップ王子は夜伽にあてがわれた女を斬り殺してしまったこともあった。


「趣味と性癖以外はまともな人だという噂ですが……」

「まともねぇ……いくら嫌いでも女性を斬っちゃダメだろ、かわいそうに」

「まあ、フィリップ様もアレですが、次男のケルヴィン様もまた……」

「ああ、西部でも噂になってるよ……」


 王妃ヴェルモンテの寵愛を受けて育った第二王子ケルヴィンは、乱暴者で我儘で尊大な性格らしい。そのうえ色情狂。女好きは父親譲りかもしれないが、ケルヴィンのそれは度を越えており、趣味は農婦などの平民の娘を拉致ってきて手籠めにするということだそうだ。

 そんな人を人と思わないケルヴィンだが、厄介なことに頭はキレるらしく、末は邪知暴虐の王だと、周りの貴族たちは噂している。


 リュカ曰く「頭脳明晰で更に邪悪なスヴェラート様です」ということだそうだ。関わりたくないと全力で思った。


「要約すると王位継承権の無いアシュレイが、人間的に一番まとも。ただし、ナタリアっていう頭のおかしい母親がいるってところですね」

「まあ、感情的に彼を担ぎ上げたくなるのは、わからなくもないが……」


 どう見たって、アシュレイが王になる未来はありえない。


 既に王位継承権を剥奪されているのだし、事実はどうであれ、王家の血ではないと烙印を押されているのだ。フィリップもケルヴィンも問題を抱えてはいるが、絶対に王にしてはいけないわけではなかった。


 中央は貴族による官僚政治の仕組みが完成しているため、どれだけ王が愚鈍だろうと、政治不全を起こさない形になっている。


 この辺りが西部と中央の大きな違いと言えるだろう。

 西部の政治形態は、ヴォルフリートの代で既存の官僚的な政治を破壊し、完全なるトップダウンの能力主義へと変貌した。


 結果、革新的な変化が多くなり、すぐに対応する順応性は増したが、同時に脆弱性もはらんでしまった。西部のやり方は、各人材の能力に依拠することが多いため、重要な人材が欠けると機能不全に陥る。

 中央の政治は歯車が欠けても、代替可能だが、西部の政治は歯車そのものが特別であるため、抜けた場合の損失が大きい。


 ヴォルフリートもその辺を理解しており、政治形態の仕組みを作り変えるつもりだったようだが、それを実行する前に最も重要な人材である本人が亡くなってしまった。


 そのため、次期当主が無能問題において、中央と西部は、被害の大きさが全然変わってくるのだ。


「で、ここから先は今さっき思いついた俺の推論なんですが……」


 とベアルネーズが続ける。


「どう考えてもアシュレイ派閥の貴族に勝ち目はありません。もっと強力な力なり、なんなりが必要になります。そこで、目をつけられたのが先生なんじゃないかと」


「アシュレイが西部騎士道クラブに入ってきた理由が俺ということか……」

「はい。正確には先生の主人である……」


 ベアルネーズの言いたいことは、なんとなくわかった。


「テオドール・アルベインが目的だな……」


 本人は認めたくないことだが、失踪した今も中央でのテオドール・アルベイン人気は衰えていなかった。小説の新刊は出ているし、舞台は封切られている。貴族と平民の階級闘争がある中央において、例外的に人気のある貴族がテオドール・アルベインなのだ。

 しかも、貴族を首になって流浪の身になったことが、また平民からの人気に拍車をかける結果となってしまっていた。

 いつの間にか理想の騎士として描かれており、本人はそういう情報を目にするたびに「もう絶対名乗り出られないじゃん」と思っている。


「我が主をアシュレイ派閥に取り込むことで民衆を味方につけるということか……」


「逆転の目は、それくらいじゃないかと。そのために先生に近づいてきたと考えるのが妥当じゃないでしょうか?」

「なかなかいい読みじゃないか、ベアルネーズ。君は優秀だな」

「いや、どうも……恐縮です」


 照れていた。

 改心と啓蒙の結果、ベアルネーズは、その才能を開花しはじめている。じゃっかん、政治寄りなのは否めないので、稽古は厳しくつけようと思った。頭でっかちな騎士はダメだ。最後は体力と胆力がモノを言う。


「だが、君の考察は正しくもあり、まちがってもいる」

「どういうことですか?」


「まず、テオドール・アルベイン様はスヴェラート公爵様に、仕官差し止め状を出されている。この点が厄介だ。アルベイン様を引き込めば、それだけでフロンティヌス公爵家という大貴族を敵に回すことになる」


「それは、たしかに……」

「だが、そのうえで、引き込むという選択をアシュレイ派閥の貴族が選ぶ可能性は大いにありうる。というのも、西部は常に戦争状態だ。タイミングによっては、フロンティヌス家の介入を阻止したまま、王位簒奪も可能、と考えるかもしれない」


「じゃあ、やっぱり……」

「だが、厄介なことに、スヴェラート様はテオドール・アルベイン様を周囲が引くほど憎んでいるので、自分の領地がどんな状況だろうと、テオドール憎しで行動する可能性が極めて高い」


 普通はそんな選択をしない。だからこそ、スヴェラートならやりかねなかった。


「まあ、スヴェラート様の気質をそこまで読んでないなら、アシュレイ派閥の連中はテオドール・アルベインを引き込むという愚策を犯しかねないな」

「引き込んだらどうなるんですか?」


「フロンティヌス公爵家が中央に派兵してくる可能性すらある。そうなれば、最悪、この国が滅びる」


「え?」

「西部は戦争中だ。そんな状況を無視してフロンティヌス家が王家の内乱に介入してきたら、それこそ敵国にとっては攻め入るチャンスだ」

「いくら、なんでも、フロンティヌス公爵家が、そんなバカな選択……」


「するかもしれないんだな、これが……どんなに希望的観測で見繕っても五割くらいの確率でそういう無茶な選択をする。かなり追い込まれていれば、さすがに自重はするだろうが、その状況はその状況で国家存亡の危機でもある」


「そんなに西部ってヤバいんですか?」

「ヤバいよ。そうでなくても、まちがいなく西部は衰退する。そこから持ち直すかどうかは、中央貴族の援助や援軍次第だが……」


 ため息まじりに続ける。


「その中央貴族たちも、王位継承の派閥争いやら貴族と平民の階級間闘争やらで、ゴタついてる。いい流れとは言えない……」


 露骨にベアルネーズのテンションが下がっていた。


「国の未来に不安はあるだろうが、だからこそ備えることができる。諦観より先にあがけるだけあがくべきだぞ、ベアルネーズ」

「はい」


 気を取り直して「で、アシュレイ王子の件はどうしますか?」という問いかけにテオドールは「放っておけばいいだろ」と答えた。


「いいんですか?」

「アシュレイやその裏の者にどんな思惑があれ、俺の主人は派閥に参加はしないさ」


 貴族の政争に巻き込まれるなんて、まっぴらだった。


 それ以上に一介の冒険者や下級貴族を王位継承の派閥争いに巻き込んだところで、駒にもなりえないだろう。中にはテオドールの正体に気づいている中央貴族もいるかもしれないが、飼いならせるとは思っていないのではないだろうか。


(ベアルネーズとの決闘や、俺が授業でやらかしたことも耳に入ってるだろうし……頭のおかしい西部騎士と映っていれば、俺を取り込もうとはしないだろう)


 やり過ぎた、と反省したことが結果的に抑止効果になっているのかもしれない。

 だが、それ以上に……。


「俺の個人的な見解だが、アシュレイの行動は半ば天然だと思うぞ。誰かに言われて俺たちに近づいてきたとは考えにくい」


「どうしてそう思うんですか?」

「腹に一物抱えてる人間は、雰囲気でわかるんだよ」


 ある種の読心術だ。確実ではないが、嘘を見抜く術は叩き込まれてきた。


「俺に話しかけてくる彼の目には憧れしかなかった。まあ、中には魔術で自己催眠をして騙してくる者もいるが……」

「そんな魔術もあるんですか?」

「あるよ。蟲……間諜の中には、本気で別人格になって敵地に根付く者がいる。そこまでやってるとはさすがに思えないけど……」


 テオドールは小さくため息をついた。


「俺としては、彼や彼の周りの意図がどうであれ、迎え入れたいとは思う」

「理由をお聞きしてもいいですか?」


 同年代の男友達が欲しいからだ。


 ベアルネーズたちとは、既に師弟関係という関係性が構築されてしまっている。これを崩すのは難しい。そのうえ、クラスの男子からは怖れられてしまい、話しかけても逃げられる。自ら近づいてくる男子というだけでアシュレイは貴重な友人候補だった。


 だが、そんなことは言えないので、それっぽいことを言うことにする。


「彼の境遇はなかなかに悲劇的だ。自分の意思とは関係ない大人の思惑に翻弄されている。結果、政争に巻き込まれ、最悪、殺されるかもしれない」


 ベアルネーズも沈痛そうに黙り込んだ。


「だが、彼が我らが目指す騎士のように強ければ?」


 ベアルネーズは目に希望の光を灯らせる。


「超余裕で生き残ります」


「だろ? さすがに中央貴族の暗殺なんて、たかが知れてる。城ごと爆破を暗殺と言いはったりはしない」


「それは暗殺じゃなくて城攻めなんじゃあ……?」

「城攻めじゃないさ。なんせ、味方の城だったからな」

「あいかわらず、狂ってますね。西部おっかねえ……」


 同意見だ。

 だが、そんな豪快すぎるうえ、被害がバカでかくなることを中央の騎士はしない。だったら、暗殺者をしばき倒せば、死ぬことはないのだ。あとは毒殺に気を付ければいいだけの話だった。


「とにかく政治だとか未来への不安だとか、そんなものはパワーで吹き飛ばせばいい! ベアルネーズ!! 我ら騎士に必要なのは!?」


「胆力! 体力! 筋力! 知力!!」

「理屈で考えるな!」

「力で考えろ!! 命を燃やせっ!!」


 西部騎士道クラブの掛け声が完璧に決まった瞬間だった。

 ちなみに「理屈で考えるな。力で考えろ」がクラブの思想なのだ。だからといって脳筋になれと言っているのではない。力の中には当然、知力も含まれている。

 だが、何事かを成す者に最も大切なのは胆力であり、その次に体力、そして筋力、飛んで知力だとテオドールは思っている。


「そうだ。四の五の言わずに、とにかく鍛えればいい。俺がしばらくアシュレイに稽古をつける。他のことは頼むぞ、ベアルネーズ」

「はい! 頼まれましたっ!!」


 嬉しそうに敬礼するベアルネーズを見て「ああ、こいつのノリはもう友達じゃなくて完全に家臣とか部下だ……」と少しだけ悲しくなった。


(アシュレイ……お前だけは絶対に俺の友達にしてやるからなっ!! 政治とか、そういうの全部抜きでっ!!)


 決意を固めたテオドールとベアルネーズは、中庭へと戻っていった。


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