第18話・8/14修正版

 西部騎士道クラブのモットーは「楽しく強くなる」である。

 不良貴族というものは、エネルギーが有り余っており、そのはけ口がわからなくなっているだけだ。よって、正しい放出先を作ってやればいい。


 主にテオドールによる武術の訓練や魔術の講義である。

 普通にやっても面白くないので、簡単なゲーム性をまぜた特訓方法で彼らの能力向上に努めた。不良をやっていただけあって、もともと度胸はあり、身体能力も高い。

 正しい戦い方を教えてやったら、めきめき上達していった。


 そんな風に一月ほど交友を続けた結果……。


「先生! おつかれさまです!!」

「あ、ああ、おつかれ」


 テオドールは、なぜか友達であるはずの西部騎士道クラブのメンバーに「先生」と呼ばれていた。廊下ですれ違う度に、敬礼をされる。


(あれ? なんかこれって……友達じゃなくない?)


 と挨拶される度に思ったので、その度「いや、先生とかいいから、テオドールでもシュタイナーでもいいから、もっと打ち解けた感じで呼んでよ」と言うのだが「畏れ多いです」とか「ありえねっすわ」とか「タメ口とか怖くて使えないっす」とか言われる。


 隣にいたリュカがしれっと口を開いた。


「最近、テオ様の家臣団の評判もいいようですよ。以前のような問題を起こさなくなったと……」

「彼らは家臣団じゃないから! 貴族じゃないんだし!」

「では、弟子でしょうか? 先生と呼ばれているようですし」


 そういう表現が一番しっくりくるかもしれない。


「師弟じゃなくて友達になりたかったのに……」

「こんなこと言いたくはありませんが……テオ様、今まで同年代のご友人っていましたか?」

「西部の友情はさ、ほら、相手を認めたら、認めた相手の武功になって死にたい、みたいなワケわからん文化じゃん」


 西部騎士の友情は気が狂っている。

 友と認め合ったならば、戦で敵同士となり、本気で槍を交わしあい、相手に殺され手柄になることを至高とする。端的に言うと「お前を殺すのは俺で、俺を殺すのはお前だ。俺はお前に殺され手柄になるし、お前は俺に殺されて俺の手柄になれ」みたいな誓いが西部騎士の友情だった。


「ああいう西部の狂気じみた友情は嫌なんだよ……普通の年相応な友達がほしいのに、クラスの男子も俺のこと、全力で避けてくるし……」


「あんな決闘を見せつけたり、実技の授業で講師以上の魔術を使ったりすれば、誰も近づきたいとは思いませんよ」


 リュカの言うとおり、テオドールはいろいろやらかしていた。


 強さをアピールすれば、それに憧れた男子が、友誼を結びに来ると思ったので、魔術の講義はで雷霆疾攻・改参テラ・ボルトという上級魔術を無詠唱の古式で行使したり、武術の講師をワンパンでぶちのめしたりしてしまった。


 これだけやればチヤホヤされると思い、ドヤ顔でキメたのだが、周囲の反応はドン引きを越えて恐怖の表情を向けてきた。


「どうしてだ!? 男って強い男が好きなんじゃないのか!? 西部では強敵の首を取ったり、城落としたりしたら、みんな寄ってたかって褒めてくれたじゃん! ほとんど、おっさんだったけど!!」


「西部と中央では強さの水準が違いますし……」

「だからって引かなくてもいいじゃん! 俺はそこそこ強い程度だろ!!」


「そこそこというご認識に疑問しかありませんよ……テオ様の場合、西部でも強いじゃないですか」


「はあ? 普通に戦場で死にかけたこととかありますが!?」


「でも、それって勇者とか転生者とか、それこそ人の形をした人外との戦いじゃないですか。最終的に引き分けたり、勝ってましたし……」

「それはそうだけど……」


 勇者とはアウレリア法王国教皇が魔王と定めた神敵を討滅するために認定される冒険者のことだ。故ヴォルフリート・フロンティヌスは魔王認定されており、そのため西部の戦に勇者が駆り出されたのだ。神機オラクルと呼ばれる超強力なアーティファクトを教皇から与えられるため、一般的に人の形をした戦略兵器と言われている。


 また、転生者はよくわからない技術や明らかにおかしな天慶スキルを使う異界からの来訪者のことを指す。こちらも勇者同様、明らかに逸脱した特殊天慶ユニークスキルを備えていた。モルガリンテ獣王国が雇った傭兵の中に転生者がおり、戦場で相まみえることとなったのだ。


 転生者との戦闘は痛み分けで終わったが、勇者は最終的に一騎討ちで首を取った。勇者を討伐した結果、テオドールはアウレリア法王国に魔王指定候補にされてしまったので、あの国にだけは絶対に行けない。


「でも、俺だって、あんなバケモノどもともう二度と戦いたくない! ほら、普通の感覚だろ? 普通って言ってくれよ!」

「アレらと戦って生き残ってる時点で普通じゃありませんよ。それだけ強いと戦場でもなければ恐怖の対象です。アリとドラゴンの間に友情は成立しないかと……」


「別にドラゴンなんざ怖くないだろ?」

「……そういうところですよ」


 呆れられてしまった。

 さすがに自分の思考や認知が歪んでいることは把握できた。要するに、これまでの友達作成計画は失敗したらしい。


「しかたがない。計画を修正するしかないな。今から友となるためには、やはり戦場で共に死線をくぐり抜けるしかないか……たしか、一月後にダンジョンでの演習授業があったな……それを利用すれば……」

「……今さら遅いかと思いますが?」


 リュカの言葉にテオドールはため息をつく。


「城一つ落とすことより、友達一人作るのが、こんなに難しいことだったなんて……人生で初めての挫折かもしれない……」


「テオ様って、時々、天然ですよね……」

「……今のリュカみたいな感じのやり取りを同年代の男子としたいんだ。いいじゃん。人生楽しそうで……クソうらやましい……」


 リュカは盛大なため息をつき、テオドールの腕をつかんできた。


「そんなに男友達が欲しいなら、もう男装した私でいいじゃないですか……ほら、行こうぜ、テオドール!」


「声まで変えるな。あのな、リュカ、俺をこれ以上、お前に依存させようとしないでくれ。ちょっといいかな、って思っちゃったじゃないか」


「テオ様がお望みなら、男友達でもなんでもなると言っているだけですよ。幼い頃は、そんな感じだったじゃないですか」

「リュカに不満があるってわけじゃなくて……男友達のいない吟遊詩人とか、ちょっとイタくない?」

「恋愛の詩だけ歌っていればよいのでは?」

「そういうのは、少し恥ずかしいじゃん。モテない奴のモテ自慢みたいでさ……」

「実際、女子生徒からはよく話しかけられてるじゃないですか? 充分、おモテになられてるかと思いますが?」

「それは、お前やレイの近くにいるからだろ。本当にモテてるわけじゃないことくらい、自分でもわかってる」


「テオ様って、時々めんどくさいですよね……」


 と冷たい目で言われた。


「あ、あの……」


 その声に振り返ると、小柄な少年が立っていた。


 金髪に蒼い瞳、見た目は女性にしか見えない中性的な顔つきだが、着ている制服は男のモノだ。男色の気がないテオドールでも、その美貌に少し面食らってしまった。


「……俺になにか?」

「テオドール・シュタイナーさんですよね? 西部騎士道クラブのリーダーをやってる」

「ああ、そうだけど……」


 勢いよく敬礼をされた。


「ぼ、僕も強い男になりたいんです!! 西部騎士道クラブに入れてください!」

「ああ、かまわないよ」


 断る理由は無い。多少、非力に見えはするが、鍛えればいいだけの話だ。


「ほ、本当にいいんですか!? 僕ですよ!?」

「西部騎士道クラブは来る者を拒まないよ。基本、中庭で集会をしている。雨の日は渡り廊下での開催だ」

「あ、ありがとうございますっ! がんばりますっ!!」


 勢いよく頭をさげ、「やった!」と弾んだ足取りで去っていった。


「……テオ様、本当にいいのですか?」


「なにがだ?」


「あの方、王族の関係者ですよ?」


「はえ?」


「正確には王と平民の間に生まれた私生児です。王位継承権はありませんが、王の子供であることは公然の秘密となっております」


「マジすか?」


 そんな人物がいるのは知っていたが、まさかクロフォード学園の生徒だとは思わなかった。凝然と固まるテオドールを見ながらリュカは小さなため息をつく。


「中央貴族の政争に巻き込まれないといいですね……」


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