第15話・8/14修正版
テオドールは、わざわざベアルネーズをマグダラス邸に連れていき、介抱してやった。
先ずは風呂である。裸のつきあいを通じて、健闘をたたえ合うことにした。
「う、家に帰してください……」
「まあまあ、そう怖がる必要は無い。背中を流そうじゃないか」
恐怖に涙を流すベアルネーズに「君はすばらしい」「君はよくやった」と優しい言葉をかけてやりながら背中を流してやった。風呂から上がったあとは、当然、丹精込めてマッサージもしてやる。その後、料理を振る舞ってやったところで、ベアルネーズは泣きながら「俺が悪かったので、ほんと、もう勘弁してください」と心のこもった謝罪を述べてくれた。
これで改心は完了だ。
その後、レイチェルに対する態度は良くなかったことと、今後、このようなことが続けば、再び、今日のような決闘を申し込むことになると伝えた。
「もう二度としません!」
テオドールはニッコリと微笑みながら「わかった」とうなずき、言葉をつづける。
「では、明日から放課後に時間を作ってほしい。君たち中央貴族のレベルは理解したので、俺が稽古を見てやろう」
「え?」
「やたらめったらと周りを威圧したり、攻撃するのは良くない。それは、元気がありあまっている証拠だ。どうせなら、騎士として正しき道を進むべきだと俺は思うんだが、どうかな?」
ベアルネーズは絶望の表情を浮かべたが「それとも、また決闘したいか?」と微笑みかけたら「よろしくお願いします!」と泣きながら喜んでくれた。
「あ、それと君の周りにいた連中も連れてこい。逃げたら今日と同じ決闘だと伝えておいてくれ」
「……はい」
「なに、怯える必要は無い。これは、君たちのためでもある」
「……あ、ありがとうございます」
「これから、よろしく頼むよ」
「はい……」
泣きながら喜んでくれた。
中央でも「本気で殺し合ってこそ友」という文化は存在しているらしい。これこそ、男の友情である。
(よし、これで、生まれて初めて、同年代の男友達ができた)
今のところ、まだ恐怖によるコントロールではあるが、アメとムチを使い分けていけば、そのうち勝手に尊敬してくるようになるだろう。
男というのは単純だ。
圧倒的な強者から認められるだけで、勝手に忠誠心を持ってくれるのだから。
夕食の後、一緒の部屋で寝ようと誘ったのだが、泣きながら「一人じゃないと寝られないんです!」と言われたので、個室に案内した。
(……少し距離を詰めるタイミングを急ぎすぎたか? まあいい。ベアルネーズ、君がどう思おうと俺は君を友達にすると決めた)
そんな決意をしながら自分の寝室に戻ってきたら、リュカが二人掛けのソファーに座っていた。
「まだ起きてたのか? どうしたんだ?」
「……ベアルネーズ様にテオ様を取られまいかと心配になったので」
「お前、まだ俺が男色家だと勘違いしてるのか?」
「……してはいません」
「即答しろよ」
ため息まじりにリュカの隣に座る。
「ベアルネーズと、その取り巻きを俺の友人にしようと思ってな」
「なんのために? 侍従や護衛でしたら、私で事足りるでしょう?」
リュカは無表情だが、声に棘があった。
リュカは宣言どおり、女性に対して嫉妬しないが、男性に対して嫉妬することがあった。特に自分より能力の低い家臣が、テオドールにかわいがられていると、ふて腐れる。
リュカのテオドールへの愛情は、主君に対する忠誠心のそれに近いのかもしれない。だからこそ、幼い頃から男装して戦に参加し、テオドールの側で働いてきたのだろう。
「そうむくれるなよ。俺にとって一番大切な家臣はお前だったぞ」
「過去形ですか?」
「今は家臣と主君の関係じゃないからな」
テオドールがリュカの髪を梳くように頭を撫でると、リュカがもたれかかってきた。身を寄せながら「学園はどうでしたか?」と尋ねてくる。
「講義内容に関しては特筆すべきことは無いな。広く基礎教養を学ばせる場としては機能しているだろう。でも、なんというか……まだ見習いとはいえ、下級貴族のレベルが低すぎる。あれでは、戦で使い物にならんだろう」
西部のフロンティヌス家が崩壊すれば、嫌が応でも中央貴族は援軍として派兵される。ベアルネーズたちの戦闘レベルでは、敵国の騎士に打ち勝つことはできず、あっけなく戦死の憂き目にあう。
せっかく出会ったのだから、そういう未来は極力避けたい。
「クロフォード学園にもクラス分けがされていますからね。もう一つ上のクラスでしたら、上級貴族が少しはまともな授業を受けてると思います」
「家庭教師を使わず、あえて学園に通わせるのは、若い頃からの人脈作りと友情という名の派閥の形成か……」
子爵以上の家ならば、家庭教師を雇って教育を施すことが普通だ。実際、テオドールはそうだった。それをしないと言うことは、すなわち登校することに利があるということだ。たしかに幼い頃から友情を育んできた家臣は、そう簡単に裏切らない傾向にある。
「中央貴族の皆さまは政治がお好きですから」
「政治もいいが、騎士に必要なのは武力だ。中央の文化的な先進性は素直に賞賛するが、平和ボケと断ぜざるをえない。もし、ヴォルフリート様が存命だったら、王に反旗を翻す可能性もあったな……」
あと十年長くヴォルフリートが生きていたら、そういう未来もあったと思うし、おそらくスヴェラートは
考えただけで、ぞっとした。
「……平民になったと言うのに、まだ国の行く末を考えるのですか?」
「あ、愛国的な詩のためだよ。そういうのもウケがいいし……」
「首を突っこみすぎて貴族の政治に巻き込まれないといいですね」
リュカはテオドールの手をにぎってくる。その手を握り返しながら「ああ、かかわりたくないよ」とため息まじりにボヤいた。「なのに、腐っても貴族のアレを使うのですか?」と不快そうな声でリュカはつぶやく。アレとはベアルネーズのことだろう。
「吟遊詩人の詩を作るにあたって、やはり友情や青春というのは、大事なテーマだと思うんだ」
「……男の友情を私が理解できないとでも? お望みならば、ずっと男装しますよ。幼い頃は一緒に駆け回ってたじゃないですか」
「そりゃあ、まあ、そうなんだが……でも、そういうことじゃなくて……」
「冗談です。少しテオ様を困らせたくなっただけです……」
いたずらっぽく笑うような口調だった。
「充分、困らせられたよ。レイと再会した時は驚いた」
「そのくらいは甘んじて受けてください。レイ様の心痛は私の比ではありませんでしたから」
反論しようがないし、そのとおりだと思うので黙り込んだ。
「今後、どうしますか? レイ様と一緒に暮らしますか?」
「いきなりなにを言ってるの?」
「日替わりで家を行き来する形にしますか? 両方とも妻とお認めになられるのでしたら、レイ様を本妻、私は側室という立場で邸宅についていきますけど……」
「いや、それは……ますますもって貴族令嬢をすけこますヒモ野郎じゃないか……レイにも変な噂が立つだろ」
「本日の一件で充分大きな噂になるかと思いますが?」
「……そんなにイジメるなよ」
「時々、こうしてテオ様をイジメたくなるんです」
「リュカって猫耳族みたいにマイペースだよな」
「にゃあ……」
もたれかかってきたまま、リュカがテオドールの首筋に口づけしてきた。そのままクスリと笑い、身を離す。
「このままだとテオ様を襲ってしまいそうなので、今夜は失礼しますね」
「お、おう……」
「では、おやすみなさいませ、テオ様。また明日」
「ああ、おやすみ。また明日」
そのままリュカはテオドールの部屋を後にした。
一人残されたテオドールは自分の股間へと視線を落とす。
(リュカのことは大好きなのに……まったく、うんともすんとも言わない……)
テオドールは天を見上げた。
(まあ、今はこれでいいのか……リュカやレイに手を出そうものなら、なし崩し的に貴族に逆戻りしそうな気がする……)
二人のことは愛している。
だが、またあの生活に戻りたいとは死んでも思わない。
(平民のまま二人と結婚できたらいいのに……って考える俺はほんとにクズだな……)
ため息をつきながらソファーから立ち上がり、自分のベッドへと倒れ込んだ。
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