第10話・8/14修正版
扉の開く音で目が覚めた。
目を閉じたまま侵入者へ意識を向けつつ、自分の剣をどこに置いたか頭の中で確認する。
(枕の下に短剣を隠してはある……でも、こいつ、足音無いな……)
暗殺者の可能性がある。
いざとなれば、奇襲で制する心の準備だけはしつつ……。
「テオ様、起きてください。朝ですよ」
「なんだ、リュカか……」
目を開けて、元妻の少女を見上げる。今まで見たことのない服を着ていた。
「起きていたのですか?」
「足音を消しながら近づいてくるのはやめてくれ。暗殺かと思う」
「それは申し訳ありません。以後、気をつけます」
蟲としての歩法が癖になっているのだろう。テオドールはあくびを噛み殺しながらベッドの上で身を起こした。
「ところで、どうしてリュカが俺の部屋に?」
元夫婦とはいえ、別々の部屋を用意してもらっておいたはずだ。屋敷の侍従の者が起こしにくるかと思っていた。
「テオ様の寝顔を、満足に見ることもできなかったので」
「だって、お前、一緒に寝たら、俺の不能を治そうといろいろしてくるだろ?」
「夫婦の問題ですからね。当然、できうる限りの努力はいたします」
朝だと言うのに、テオドールの愚息はうんともすんとも言わない。
「……今はそっとしておいてほしい」
「はい。承知しておりますから、こうして別々の部屋を用意しています」
無表情に言ってから「それと」と続ける。
「本日から学園に通うことになりますので」
「ああ、そうか……そうだったな……じゃあ、その服が」
「はい。こちらが女子生徒用の制服となります」
「スカート短いね……」
「中央の流行りだそうです」
冒険者育成のためのクロフォード学園。
身分を問わず、冒険者を志す者に広く門戸を開いている。結局、無一文でなんの後ろ盾もないテオドールは、リュカに入学金を借りることになった。
(このままだと、マジでヒモだな……)
とはいえ、今は頼るしかない。
そのままテオドールはベッドから出て、寝間着を脱ぎ捨てた。本来なら侍従が持ってくるはずの着替えをリュカが持っていたので、それを受け取り着替えていく。どうやら、男子生徒用の制服のようだった。
「それと、蟲からの報せが一つ……」
テオドールが着替えを終えたところで、リュカがポツリとつぶやいた。
「……デイビーズ様がフロンティヌス家を裏切ったそうです」
マーシャル・デイビーズ伯爵のことだ。
デイビーズ伯爵領はフロンティヌス公爵領とアウレリア法王国、モルガリンテ獣王国、三ヵ国の境界にある領地のことである。軍事的要所であり、このデイビーズ領を押さえているかどうかで、その後の戦略にも大きな影響を与える。
当然、三ヵ国ともあの手この手でデイビーズ伯爵領を自軍に取り込もうとしてきた。
「マーシャル様、バカは嫌いだからな……」
もともとマーシャルはアウレリア法王国の傘下に入っていたのだが、テオドールが調略して仲間に引き入れたのだ。
というのも、マーシャルが戦で亡くした息子とテオドールの雰囲気が似ているというのが大きかったらしい。更にテオドールの才能を愛し、なにかと交流を求めてきた。最初はテオドールをアウレリア法王国に引き入れようとしていたようだが、最終的にはテオドールが交易特権などを餌に、フロンティヌスへと引き入れた。
「デイビーズ様の離反は想定どおりと言ったところですか?」
「考えるまでもない当然の流れだろう? マーシャル様の娘を俺が側室にもらう予定だったんだぞ。その婚姻同盟をスヴェラート様が潰したんだ」
戦略的要所だからこそ、常に攻められる可能性がある。その保険としてフロンティヌスの三翼と称されたテオドールとの婚姻関係なのだ。保険が利かなくなれば、当然、敵に転ぶ。
(転ぶのがマーシャル様だけで止まればいいが……境界戦線の辺りって、ほぼ俺が落としてるからな……)
調略に武略で片っ端から落としてきた。言うなれば、境界戦線周囲の領主たちにとって、テオドールがフロンティヌスとのつなぎ役だったのだ。
言い換えれば引き留め役を失ったともいえる。
「ま、腐っても公爵家だ。うまいことやるだろうさ。やってもらわないと困る」
「まだ主家を気になさるのですか?」
「フロンティヌス家がどうなろうとかまわないが、レイのことは心配だ」
側室だったレイチェルの父親グスタフは、フロンティヌス家の重鎮である。
「彼女には幸せになってほしい。まともな貴族と再婚してくれることを切に願うよ」
リュカはジッとテオドールを見てからため息をついた。
「本当にレイ様の再婚をお望みなのですか?」
「そりゃまあ……」
「本当に?」
リュカの視線から逃げるようにテオドールは視線をそらす。
「いや、まあ、その……複雑といえば、複雑ですよ? 彼女はとても優しくていい子だったから、そりゃあね……男として少なからずの独占欲が無いと言えば嘘になるが……その、なんだ、お前の前でレイの話はやめよう」
「……今さら嫉妬などしませんよ。そういう感情は側室として邪魔になりますし」
実際のところ、貴族の結婚は一夫多妻が基本だ。特に西部の貴族は男児が生まれても、ダンジョンの訓練や戦で命を落とすことがあるので多産が推奨されている。それに政治的にも婚姻同盟はよく利用されていた。
「とにかく、レイのことはいい。幸せを望みはするが、もはや俺とは無関係な方だ。今となっては身分も違うしな」
「身分でいえば、私も貴族令嬢ですが?」
「お前は俺になにを言わせたいんだよ?」
リュカは口元をわずかにだけほころばせた。
「レイ様の幸せを願うだけではなく、テオ様が自ら幸せにすると言ってほしいですね」
「無茶なことを言うな。今の俺はお前のヒモだぞ? そのうえ、他の女を幸せにするなんて言えるわけがないだろ」
リュカは無表情にテオドールを見てから目を伏せつつ微笑んだ。
「わかりました。今はそういうことにしておきましょう」
「今はって……これから先ずっとだよ。俺は平民として! 吟遊詩人として生きてくんだから」
「はい、わかりました。では、朝食にしましょう。準備はできております」
部屋を出ていくリュカをテオドールが追っていく。
「それにしても学校、楽しみですね」
リュカの言葉に少なからずの違和感を覚えつつも「そうだな」とうなずいておいた。
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