第11話・8/14修正版

 冒険者育成教育機関クロフォード学園は、身分を問わず広く生徒を受け入れていた。


(豪奢な作りだ……)


 などと考えつつ教室の前に立った。


「では、私に呼ばれたら入室してください」


 担任教師のマリィの言葉に「わかりました」とリュカと一緒にうなずいた。


「テオ様、なにやら楽しそうですね」

「ああ、この冒険者教育機関というシステムを考え付いた者に脱帽している。俺は戦ばかりで政治を蔑ろにしていたようだ……」

「どういうことですか?」


「ロムールでも平民用に学校を開いてはいたが、一部は勉強しても金にならんと参加しなかっただろう? だが、中央は違う。冒険者になれば金になるというのが、平民に刺さっている」


 統治者がいくら学問を奨励しても、民が自ら進んで学ばなければ意味が無い。ある種、即物的な褒賞を用意してやらねばならないのだろう。


「冒険者の免許制など既得権益以外の何物でもないと思っていたが、それを利用しての教育システムとは素直に脱帽だな。まあ、西部ではそのまま真似するわけにはいかないが」


 だが、やりようはある。


「アルベールに手紙で伝えよう。もし、学校を建てるなら、職業学校だと喧伝し、学んで金になるアピールこそ大事だと」

「そうですね」


 とリュカが微笑んだところで、ハッと気づいた。


「まあ、今の俺には関係ないな。俺は吟遊詩人になるんだ。政治に感動するより、もっとなにか違うものに感動しよう。そうしよう」


 などと会話をしていたら、教室の中から「入ってきてください」という声がかけられる。その言葉を受け、扉を開いた。


 教室はなだらかに階段状になっており、教壇を中心に放射性に広がるように長い机が並んでいた。テオドールとリュカは黒板の前に立ち、頭をさげる。


「テオドール・シュタイナーです。今日から共に学び――」


 不意に固まってしまった。


「え?」


「シュタイナーさん、どうしましたか?」


 教師の言葉に「いや、どうしたもなにも……」と口ごもってから、隣に立つリュカへと視線を投げた。リュカはシレっとすまし顔で立っている。


(――どうしてここにレイがいるのかな!?)


 元側室であるレイチェルがニコニコ微笑みながら、テオドールの真ん前に座っているではないか。


「テオ様、がんばれ」


 小声で声援を送ってくるレイチェルに驚きながらも、咳払いを一つ。全力でパニックだが、感情を理性で押し殺す術には長けている。


「すみません。少し緊張していたようです。今のように私は西部から出てきた田舎者。中央での生活には慣れていませんので、皆様のご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 レイチェルは一人だけ盛大な拍手をし、それに呼応するようにパチパチとまばらな拍手が鳴った。続いてリュカがペコリと頭を下げる。


「リュカ・マグダラスです。テオドール様の侍従となります。主ともどもよろしくお願いいたします」


 拍手が鳴ったあと、リュカがサムズアップし、それに呼応するようにレイチェルがサムズアップした。


(あ、二人とも最初から知ってたんだ……)


 レイチェルがクロフォード学園にいるのは偶然ではないだろう。


 リュカの策謀かどうかはわからないが、誰かしらの意図を感じる。レイチェルの父であるグスタフか、あるいはリュカの父であるザルフ・ヘリオドールの思惑があるのかもしれない。


「では、空いてる席に……」

「ここが空いてます! ここで良いかと!」


 レイチェルが勢いよく手をあげ、ニコニコ笑いながらテオドールを見つめてきた。犬なら尻尾をブンブン振り回しているような顔だ。さすがに断わるわけにもいかず「ありがとうございます」と他人行儀に微笑みながらレイチェルの隣に座った。その隣にリュカが座る。


「お会いできて光栄です、テオ様」


 レイチェルは小声でつぶやいた。頬を赤らめながら幸せそうに目を細めている。その目じりには薄っすら涙の気配があった。


「あ、ああ……俺もだよ……レイ……」


 まだいろいろ混乱しているが、とりあえず、今は授業を聞くことしかできなかった。


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