第9話・8/14修正版

 テオドールとリュカが王都についた頃には、二人の関係も多少変わっていた。


「テオ様、王都での御身分はマグダラス商会の縁戚ということになります。テオドール・シュタイナーと名乗ってください」

「ああ、わかった」


 基本、リュカに頼り切りなのである。いや、頼りたいわけではないのだが、気づけばリュカが全てのことを手際よくこなし、テオドールが対策を講じる前に動いているのだ。


 王都ドミトリまでの旅路は過酷を極めると、勝手に思っていたのだが、思いのほか快適な旅路だった。


 というのも、道中、野盗に襲われたり、悪徳坊主に騙されたりしてから、リュカが旅の方針を変えたようだ。それ以降は、大きなアクシデントは発生しなかった。王都への道すがら様々なところに蟲の巣があり、リュカがハンドサインと挨拶をするだけで、ほぼ顔パスで歓待を受けた。


(観光をする余裕まであった……)


 立ち寄る土地の絶景ポイントや遺跡まで紹介されたほどだ。


 現に王都についてからも、そのままマグダラス商会の邸宅へと連れていかれ、支配人と思われる男性と会わせられた。これまでの道行きと変わらず笑顔で迎えいれられ、こうして豪奢な部屋の椅子に座っている。


「……俺が思ってた旅となんか違う」


「いきなりどうなされたのですか?」


 荷物を片づけていたリュカが怪訝そうな顔をテオドールへと向けてきた。


「いや、俺はさ、もっと過酷な旅になると思ってたんだ。スヴェラート様の追手との戦いや、野盗との戦い。関所を越えるのも大変だろうとか……」

「はい。そうなると思って事前に全て手は打っておきました」


 ニコリと微笑まれた。


「そういうことじゃないんだよ……」


 思わず言ってしまう。


「いや、ありがたいよ。すごくありがたかった。でも落ち着かないって言うかさ……だいたい、長く馬に乗る時って行軍がほとんどだったし、斥候放ったり、奇襲に備えたり、いろいろ大変だったから、肩透かしと言うか……」


「追手もありましたし、野盗が出ないわけではありませんが、そういう危険は可能な限り排除しておいただけです」

「いや、ありがたいんだけどさ……俺って吟遊詩人になりたいわけじゃん?」

「はい。だいぶ、リュートもお上手になられましたよね」

「いや、いろいろ教えてもらったのは感謝してるんだけど、歌って、こう波乱万丈な経験から生まれる気がするんだよ」

「冒険がしたかったのですか?」

「したかったというか……幾多の危険を乗り越えた結果、王都についたのなら感動もひとしおなんだろうけど……あまりにぬるい旅すぎて、ものすごくあっけない」


 リュカが苦笑を浮かべてため息をつく。


「テオ様のこれまでの人生こそ異常です。もう少し、幸せや楽しさを受け入れられるようになるべきかと……」

「わかってはいるんだけど……」


 常にあらゆる最悪な状況を想定し、その全てに対処できるように想定に想定を重ねて生きてきた。でないと死ぬからだ。


(今もこの屋敷を軍勢に囲まれた時のことを考えて落ち着かない。こんな屋敷、すぐに落とされる……)


 心魂に染みついた人生観が、安穏としたものを受け入れがたいものにしていた。


「テオ様、西部と中央は違います。そう簡単に人は死にませんし、生き死にを天秤にかける状況も、そうそう起きません」

「そうなんだろうな……」


 西部と中央の大きな違いは、平民の表情だ。決して明るいわけではないのだが、西部の平民のようなくすんだ瞳をしてはいない。戦火にさらされないだけで、ここまでの違いがあるのかと驚くほどだ。


「それで、クロフォード学園への編入手続きはしてもよろしいでしょうか?」


 冒険者育成のための学園だ。身分を問わず、広く門戸を開いているらしい。冒険者としての戦う技術だけではなく、一般教養なども学べるのだとか。


「……ああ、進めてくれ。入学金は必ず返済する」

「承知いたしました。学園では、私はテオ様の侍従兼護衛という体裁でいきます。そちらのほうがいろいろと欺けると思いますし、多少、無理を通せるでしょうし」

「普通に兄妹とか親戚でいいんじゃないのか?」

「いずれ正式に妻となるのですから、血縁関係があると世間体もよろしくありません」

「え?」

「今の、え? はどういう意味でしょうか?」

「いや、その……リュカは本当にいい女だと思う」


 一瞬、リュカが面食らったように目を見開き、頬を赤らめた。だが、すぐさまいつもの起伏の乏しい表情に戻る。


「王都までの旅もお前がいなければ、もっと大変だったと思う。世話になりっぱなしだし、その、なんというか……心苦しいというか……今の俺にはなにもないというか……」

「テオ様はいろいろなものをお持ちですし、仮になにもないとしても、私の気持ちが変わることはありません」


 そう言ってこちらに近づいてくるとテオドールの前にひざまずき、手を握ってきた。


「私はテオ様を愛しております。身分や政治など関係ありません」

「でも不能だし……」

「その件も焦る必要ありません。テオ様の心の傷が癒されれば、きっとよくなるかと。仮に、その問題が解決せずとも私がテオ様をお慕いすることは変わりませんよ」


 慈愛に満ちた笑みを浮かべて、抱擁を求めるように両手を差し出してきた。


「以前のようにママと呼んで甘えてもいいのですよ?」

「その過去は忘れてくれ!」


 叫んでしまった。


「……二人きりなのですから、恥ずかしがる必要はないかと?」

「そういうことじゃない! あの頃は俺もいろいろいっぱいいっぱいだったんだよ!」


 鬼嫁アンジェリカの罵詈雑言と、鬼畜生大貴族たちの無茶振りに、精神がすり減らされ、いきなり涙が流れるくらい追い込まれていた。そんなメンタルがぶっ壊れていた時に優しくされれば、ぶっ壊れたまま甘えてしまうのも無理はない。


「ですが、殿方は女性に母性を求めるものかと……」

「かもしれないけども! 俺はもう大丈夫だから! お前やレイを母親代わりにしていたのは、消したい過去なんだよ!」

「そんなに強がらずとも……」

「強がりもしますよ! お前を妻とするなら、俺だって、もっときちんとしなければと思うわけでして……」


 不意にぎゅっと抱きしめられた。


「テオ様~、ママがぎゅっとしてあげますよ~」

「ま、ママ……じゃないっ!! やめろー! 俺を甘やかそうとするなっ!!」


 言いつつ抱擁しかえしてしまう。


(くぅ……落ち着く……なんて落ち着くんだ。ちくしょう……ダメになる。リュカは俺をダメにすりゅ……)


 わかっているのだが、背中を優しくぽんぽんと叩かれ、さすられるだけで、刺々しかった心が丸くなっていくのを感じてしまう。


「今まで無理ばかりしてきたのですから、これからは肩の力を抜いていきましょう。テオ様はもう少し不真面目でいいんですよ。体裁を取り繕わずとも、心の赴くまま私に甘えてください」


「……お、お前は俺をどうしたいんだ?」

「ほら、そうやってすぐに人を疑う……そういうテオ様だから、私が与えられるだけのものを与えたいのです。ゆっくりでいいので、人を信じられるようになりましょう」


 ささやくような言葉のせいなのか、緊張が解けたのかわからないが、眠気に襲われる。


「……なんか眠くなってきた」

「おねむですか? なら、お昼寝しましょうか?」

「あやすような言い方は……やめろ……」


 抗議の言葉もむなしく睡魔に抗えない。そのまま椅子の上で寝落ちした。


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